第20話:異世界調査記録
******
ティアと共にSCP-X1751-JP内地上世界に到達してしばらく経った。今俺たちは魔法都市エルドラシアを離れ、近隣の集落ブルド村に滞在している。拠点を移した理由はティアが人が多い場所は落ち着かないとの理由からだが、この世界において妖精は大変縁起が良い存在として扱われているため魔法都市エルドラシアのような都会では無法者に誘拐され地方の貴族などに売り飛ばされる危険性があると考慮した。ブルド村は人口も少なくその分、相対的にティアが誘拐される可能性は低くなるからだ。
ブルド村では妖精を連れた外国人ということで、ティア共々歓迎され村の空き家などを都合してもらうことが出来た。ティアは縁起物としてそこに居るだけでありがたがられる存在だが、ただの言葉の不自由な外国人である俺は何もしないわけにはいかないので、村の仕事を手伝いながら現地語の習得や現地の歴史などを村人達から学んでいる、当然それは財団職員としてSCP-X1751-JP内地上世界の調査も兼ねている。
そこで、いつか基底世界に帰還出来た時の為に、いくつか興味深い調査内容を報告書の草稿として書き記しておくことにした。
■SCP-X1751-JP内世界と基底世界の関係性。
SCP-X1751-JP内世界での時間の換算は60秒=1分、60分=1時間、24時間=1日、365日=1年と基底世界と全く変わらない時間概念が用いられている、これは基底世界における地球と同じ自転周期、公転周期を起源にしていると推測できる、また星座などの配置がやはり基底世界と全く同じであること、文化や慣習も基底世界のソレと非常に似通っている事も考慮すると、やはりSCP-X1751-JP内世界と基底世界はパラレルワールドの関係にあると考えてよさそうだ。
■生活水準について。
これまでに滞在した魔法都市エルドラシアとその近隣にあるブルド村を見る限り、中世ヨーロッパ風の街並みが作られており、見た目に関してはSCP-X1751-JP-Aの証言が正しいことが分かる。そしてやはりSCP-X1751-JP-Aの証言通り、魔法が一般化しているようで生活魔法と呼ばれる魔法が生活基盤に組み込まれている。具体的には照明、水道、冷暖房設備、調理器具などに魔法技術が応用されており生活する分には基底世界と大差ない水準である。水道に関しては魔法都市エルドラシアでは上下水道が完備されていた。今滞在しているブルド村では村の中央に水を発生させる魔道具が設置されておりそこから生活用水を各々の家庭が汲みに行く仕組みで、下水道は一応存在しているが、どこに繋がっているかは確認していない。
基底世界のインフラ設備との大きな差異として、魔力炉というものが存在しており、魔石や魔鉱から抽出される魔力をエネルギーへと変換し各家庭の照明や熱源設備などに利用されている。
このように生活インフラが充実しているのに対し、交通インフラは不自然に未発達であり、主な移動手段は徒歩か馬車、そして船である。
■魔石、魔鉱、及び流通貨幣について
魔鉱とはこの世界で産出される鉱石の一種で魔石と同様に魔力(魔素)の抽出が出来る、魔石が魔素含有率100%なのに対し魔鉱は魔素含有率1~10%と魔力抽出量が少ないが、魔石のように魔法生物由来ではなく、ダンジョン浅層や鉱山などから気軽に採掘できる為、主なエネルギー資源としては魔鉱が一般的である。ちなみに魔石は魔力抽出率が高いことに加えてその美しさから宝石としての資産価値も付加されており非常に高額で取引されている。SCP-X1751-JP-Bから回収した魔石の売却額は50金貨、日本円に換算するとおよそ400万~500万円。1金貨=10銀貨、1銀貨=100銅貨、屋台の串焼きが1本1銅貨で販売されていることからおよそ1銅貨あたり80~100円で換算した。ちなみに金銀銅貨の硬貨に加えそれぞれ紙幣が存在しており、普通に生活する上で多用される銅貨は10銅貨紙幣、50銅貨紙幣などが使われていて、それらの紙幣には偽造防止、耐久性などにやはり魔法技術が使われている。
■国家、軍事力について。
現在我々が滞在しているブルド村、最初に訪れた魔法都市エルドラシアは共にアストリア魔導国という国に属している。アストリア魔導国は国王を中心とした封建制国家であり、その国名が示す通り魔法技術を生活や軍事など幅広く活用した魔法先進国として知られている。
軍事力は基底世界の中世~近世に見られるような騎兵、歩兵、弓兵といった構成だがそれに魔術師が加わる。魔法による身体強化や攻撃魔法による遠距離攻撃など基底世界には見られない戦術が用いられており、一騎当千を地でいく戦闘が行われるため数万人規模を動員するような戦争は滅多に発生しない。仮にこの軍事力を持って基底世界へ侵略が行われた場合、相当な脅威ではあるが、SCP-X1751-JP-Bの例を考えると、この世界で用いられている魔法技術は基底世界ではその力を発揮できないと考えられるため、銃火器で武装した軍隊であれば十分対処可能であると思われる。
■地理について。
魔法都市エルドラシアにある図書館にこの国とその周辺国家との位置関係を示した、ある程度広域な地図を閲覧することが出来た。地図を見る限りこの国は基底世界でいう所のユーラシア大陸東側に位置しており、中国東北部~シベリア南部、極東地域諸島にあたる地域を支配領域に持つ広大な国であることが分かったが、その地形において基底世界と大きな差異を発見することが出来た。
ユーラシア大陸東側沿岸地域の地形が基底世界のそれとは大幅に異なっている、具体的な例を挙げると朝鮮半島、日本列島が存在せず、それらが存在していたであろう場所には小さな島々が点在しているのみで東方群島と一括りにされている、また黄海~東シナ海沿岸にあたる海岸線が大きく内陸方面へと抉れたような形となっており、基底世界では発生しなかった大規模な地殻変動が起こったものと推測される。
■人種について。
アストリア魔導国の国民はその大部分がコーカソイド系白人種であるが、この世界が基底世界のパラレルワールドであることを考えると、ユーラシア大陸東沿岸地域に存在する国としてはかなりおかしな状況で、本来であればモンゴロイド系黄色人種の国であるべきなのだが現状そうなっていない。考えられる仮説として過去において白人国家または勢力による大規模な民族移動や侵略があり、この地域が征服されたと考えると説明が付くのだが、現地住民にそのような歴史がないか尋ねても、ここは先祖代々受け継いできた土地である、といった返答しか返ってこない、複数人に確認しても同様であり、また嘘をつく理由も考えられない為、白人種による征服が行われたとしても遥か昔の出来事である可能性が高い。
ただ、圧倒的にコーカソイド系住民がこの国の人口の大部分を占めているにもかかわらず、モンゴロイド系人種はそれなりに認知されており、自分は普通に東洋人と呼ばれている。 かつてこの国に存在した大賢者キュリフと呼ばれていた英雄が東方群島出身であり、やはり東洋人であったことからか、珍しい人種として奇異の目で見られたり、差別を受けるようなことは今のところない。
■宗教について。
はっきり言ってしまうとキ〇スト教である。キ〇スト教という名称は使っていないし同名の預言者も存在していないが、基底世界におけるキ〇スト教に酷似した”神の教え”を信仰している。キ〇スト教と大きく異なる点としておそらくキ〇スト教伝来以前に民間で信仰されていた土着神"魔導の祖神"または"始祖様”と呼ばれる存在がキ〇スト教における"神"と共に信仰されている。日本における神道と仏教がごちゃ混ぜに信仰されている状況と似ているが、唯一神信仰であるキ〇スト教においてこの現象が起こっていることに驚かされた。だがこの現象はアストリア魔導国でのみ見られる現象で、他の純粋な唯一神信仰である周辺国家からは異端扱いされており、特に隣国である神聖ルミナリス王国とはこの宗教観の違いから小競り合いを繰り返している。
ちなみにこのキ〇スト教教会勢力とは別の宗教勢力とも言える"魔導の祖神”信仰――魔導神道とでもいうべきか――は、やはり日本における神道のような扱いで、代々アストリア魔導国王家であるフェブルウス家が宮司長を勤め、国を挙げて奉ってはいるが宗教というより"魔法に対する道徳観念”といった印象を受けた。
異世界人であり外国人でもある自分からしてみればだいぶ複雑な宗教事情のように思えるが、現地住民はあまり宗教という概念を意識していない。あくまでも信仰は神の教え(キ〇スト教)というのが一般的だ。
■魔導の祖神について。
宗教の項目でも触れたが土着神と思われる"魔導の祖神"は、後述する大賢者キュリフによりその実在が証明されており、女性のような姿で顕現しているとの証言から近年では"アストリアの女神”とも呼ばれているようだ。
魔導の祖神は、神話において神が隠匿していた魔法技術を神の意に反し人類に授けたことから、その原罪――魔法を使用する人類の罪を代わりに背負い贖っている存在とされていて、現在も"深淵の聖域"に封印されている贖罪の神という扱いである。だがそれは"深淵の聖域"を国内に擁するアストリア魔導国でのみ見られる道徳観念で、他国からは"原初の魔人"または単に"魔人"と呼ばれ、神の意に背いた反逆者として、やはり"深淵の聖域"に封印されていると伝わっている。
興味深いことに、贖罪の神であれ反逆の魔人であれ"深淵の聖域"に封印されていることに変わりはなく、さらに言うと"深淵の聖域"とは我々調査団が通ってきたダンジョンを指す名称であることから"魔導の祖神"または"原初の魔人"と呼ばれる存在はSCP-X1751-JP-Aのことで間違いなさそうだ。
■文化について。
大体基底世界における中世ヨーロッパ文化に近いものを感じる、庶民の娯楽としてはトランプやチェスなどに似たボードゲーム、読書、賭博、演劇、武芸試合の観戦などが挙げられる。既に活版印刷技術はあるようで書籍なども流通している。ただ演劇もそうだが小説などは基本的に神話や神学に基づいたテーマのものがほとんどで宗教色が強い、基底世界でもルネサンス以前のヨーロッパに見られたことだが、おそらく偶像崇拝への忌避感が人々の根底に根ざしており創作文化が育つ素地がないと思われる。こういった背景を考えるとSCP-X1751-JP-Aがアニメや漫画などの娯楽コンテンツを好むのも頷ける。SCP-X1751-JP-A自身、いわゆる唯一神との相性は良くないようなので創作物に対して現地住民が抱くような忌避感を持っていないのも理由の一つだろう。
■大賢者キュリフについて。
今からおよそ100年前にこの国に現れ、"深淵の聖域"を踏破しその最奥に封印されていた"魔導の祖神"の実在を証明した人物である。彼の功績により神話上の存在であった"魔導の祖神"はこの国の民にとって身近な存在となり、この国独自の信仰により拍車をかけた。そして先に触れた魔力をエネルギーへと変換する装置"魔力炉"の発明も彼の手によるもので、魔法技術の発展に大きく寄与しこの国を世界有数の魔法先進国へとのし上げた英雄でもある。
その功績から長くこの国の宮廷魔術師を勤めていたが50年ほど前に退任、同年死去したと伝わっている。
彼の功績は挙げればきりがないのだが注目すべき点は"深淵の聖域"を踏破したという部分だ。現状、調べた限りでは彼以外に"深淵の聖域"の第六層に到達した人物は確認出来ていない。彼は"深淵の聖域"の探索を冒険者に奨励し、なんと『深淵の聖域完全攻略ガイドブック』なる著書を残しているのだが、幸か不幸か"深淵の聖域"はすでに攻略済みのダンジョンであるという認識が冒険者間で常態化しており、現在において"深淵の聖域"へ足を踏み入れる冒険者は魔鉱掘り職人の護衛くらいで、わざわざ危険を冒して最深部を目指す者は非常に稀な存在となっている。その為、我々の基底世界への帰還、つまり"深淵の聖域"最深部へ到達する手段として、現地の腕の立つ冒険者を雇う計画を立ててはみたが望みが薄い状況である。
ただ彼の著書は基底世界への帰還に繋がる情報以外にも"魔導の祖神"ことSCP-X1751-JP-Aの正体にも触れられている可能性が高く、財団にとって非常に価値の高い文献であることは間違いないので、入手機会があれば必ず入手し精読する必要がある。
余談だが、大賢者キュリフの名前はアルファベットによく似た表音文字である現地の単語を無理やり日本語読みしたものを表記した、何故かというと現地語の発音が非常に分かりづらく、聞こえたまま表記するならキューリゥ、もしくはキーリュフが近い。現地語の発音は英語やドイツ語に近い発音なのだが、人によっては完全に日本語で夏野菜キュウリの発音をする、「キュウリですか?」と確認してみても「違う、キュウリだ」となる始末で、正確な発音がよくわからない為の措置である。おそらく某ハンバーガーチェーンのマスコットキャラクター『ロナウド』を日本人は『ドナルド』としか聞き取れない現象と同種のものであると推測している。
■魔法について。
SCP-X1751-JP内世界の地上に到達してしばらくの間、ティアに魔法を教わってはみたものの何一つ習得することが出来なかった。ティアが言うには素質の問題、そこを詳しく掘り下げていくと個々の体質の問題であることがわかった。教わった限りで魔法の原理を解説すると、まず発動したい魔法のイメージを思い描く、そのイメージを体内魔力を通じて体外に放出し大気中の魔力と合成させることでイメージした魔法が発現する。イメージを媒介した魔力を大気中の魔力と合成させるのに必要なのが魔法陣の詠唱、詠唱とはいっても口に出す必要はないらしい。ダンジョンで遭遇したアノマリーが魔法発動時に魔法陣を展開していた理由はひとまず理解した。
体質の問題というのはつまるところ魔法のイメージを具現化させるほどの魔力を体内に保持していてないことが原因らしい。自分は魔力に満ちていないとされる基底世界生まれ基底世界育ちであるので当然と言えば当然であるが、矢部や楠はどう見ても魔法を使っていたので、そのことをティアに尋ねてみると、矢部はこの世界の一般人レベルには魔力を保持していたらしい、楠に至っては大魔法使いレベルだとティアは絶賛していた。確かに基底世界においても魔力――魔素は微量ながら存在していた、おそらく楠の出自である神職の家系は古来より魔力の存在に気付いていた、魔力という名称こそ使っていないが霊力とか呪力といった名称で魔力を身近に扱ってきたことが推測される。ティアはしばらくこの世界で過ごしていれば飲食物や呼吸を通して身体が魔力(魔素)に馴染み、簡単な魔法なら使えるようになると励ましてくれたが、おそらく同情による気遣いのようにも思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます