第19話:魔法都市
原田とティアの二人はひとしきり泣きじゃくった後、この小部屋で死亡した筧、機動部隊員三名のドッグタグを回収し、地上に向かう算段を話し合った。冒険者狩りが使用した抜け道を使うことも考えたが、天井を塞ぐ巨石は原田だけでは動かせそうにないこと、まだ冒険者狩りが近くにいるであろうことを考慮して、正規のルートである検問所を通ることにした。
「大丈夫、いざとなったら、あたしが魔法で皆眠らせちゃうから」
「はは……頼もしいな……」
原田はティアの強硬策に相槌を入れながら、実際それしか方法はなさそうだと諦める。
二人は小部屋を後にして改めて検問所へ向かう、途中で現れるアノマリーもティアの魔法と原田の自動小銃でほぼほぼ敵なしだ、程なくして検問所に到着した。
検問所は基底世界における鉄道駅の自動改札のようになっており、自動改札の脇手にやはり駅員の詰所のようなものがある、詰めているのはもちろん駅員ではなく守衛の兵士だ。
自動改札的なものに冒険者証を読み込ませるであろうスロットがある、おそらく魔法で読み取る仕組みのようだが、当然原田は冒険者証を持っていない為、脇手の守衛が詰めている場所へ向かう。
さてどんな言い訳を考えようか……原田が思案を巡らせているとティアが勝手に守衛に話しかけていた。
強面の守衛が原田を睨みつけるような仕草を見せ、ティアの言葉にこう返答した。
「冒険者狩りに遭遇して、あんたら以外は全滅、装備品と一緒に冒険者証も奪われた、と」
冒険者証の部分以外は事実だ。
「まあ、よくあることだ……仲間たちは……残念だったな……」
意外にも守衛は原田達に同情を示しながらこう続けた。
「冒険者登録時の控え書類がある、再発行してやるから名前を言え」
まずい……控えの書類なんてある筈がない、そもそもここに来たのも初めてなのだ、誤魔化しようがない。どうする? ティアに守衛を魔法で眠らせてもらうか? 原田は焦りながらそう考えていると――
「ハラダ・タカフミ」
ティアが勝手に原田のフルネームを守衛に伝えた。
原田は仰天し、ティアにひそひそと耳打ちする。
(お、おい、冒険者登録なんてされてるわけないだろ!)
それに対しティアも原田の耳を引っ張り、耳打ちで返す。
(もしかしたらクラウス様が事前に細工してくれてるかも……)
そんなわけあるか!
「あったぞ」
守衛が思いもよらない言葉を発した。
(そんな馬鹿な!)
唖然とした表情の原田に、ティアが会心のドヤ顔を見せる。
あるはずのない書類に貼られた顔写真と、実物の原田の顔を交互に確認し守衛はこう続けた。
「ずいぶん古い書類だがあんたの顔で間違いない、若そうに見えたがだいぶ歳いってるな、おいこいつの冒険者証、再発行してやれ」
守衛は同僚と思われる別の守衛に書類を渡し、再発行の手続きを指示した。
「再発行してる間、悪いが少しだけ質問に付き合ってくれ」
原田は全く腑に落ちない現実に少し戸惑いながらも守衛の質問に答え、ざっくりと以下のような情報を得ることが出来た。
・冒険者狩りの人相や手口などから、最近頻発している犯行グループによる仕業である可能性が高いこと。
・何故か自分は15年前からこの国に住んでいることになっており、冒険者登録もその頃に済ませてあったこと。
・仲間の遺体は回収され共同墓地に埋葬されること、これは遺族への配慮というよりもアンデッド化を防ぐ目的で行われていること。
・蘇生魔法は存在しているが、伝説級の魔法でありそもそも使用できる術者がほとんどいない上、よほどの貴族や王族が大金を積んでようやく頼めるレベルであること、そしてあまり万能ではないこと。
守衛が持ってきた第一層の地図に仲間達の遺体の場所をマーキングしながら、第二層で死んだ楠、矢部、機動部隊員二名の遺体の回収は出来ないか守衛に頼んでみたが却下された。第二層以降で死んだ冒険者の遺体の回収はリスクが高すぎるとの理由だった。第二層がゾンビだらけだったわけも納得だ。
しばらく守衛の質問に付き合っているうちに原田の冒険者証は"再発行"され、自動改札のスロットに差し込むとあっさり検問所を通過することが出来た。
原田としては疑問だらけだったが、何事もなく通過できるならそれに越したことはない、足早に検問所を去ろうとすると、先ほどの守衛が原田に声をかけた。
「あんた、15年もこの国に住んでる割には……うーん、せめて共通語くらいは覚えろ、翻訳魔法は便利かもしれねぇが、他国の習慣を身に付けるにはまずその国の言葉からだ」
言葉に詰まった部分はおそらく『常識がない』とか『世間知らずだ』的な事を言いたかったのだろう、当然である、書類上では何故か15年在住ということになっているがこの世界の地上に足を踏み入れるのはこれが初めてだ。原田は愛想笑いを浮かべ守衛に軽く会釈をし、足早にその場を立ち去った。
検問所を抜けると、整備の行き届いた石造りの街道へと接続されていた。数キロ先といったところに大きな街が見える、とりあえずその街を目指し歩きながら、原田はふと思った。ティアは地上までの道案内役としてクラウスに召喚されたわけだからこれでお役御免なのだろうか、さすがに右も左もわからない異世界に一人残されるのは辛い、出来ればしばらく調査などにも付き合って欲しい、ひとまずティア自身はどう思ってるのかそれとなく尋ねてみた。
「なあティア、君のおかげて俺は無事に地上へ来れたけど、君はこれからどうするんだ? クラウスの元に帰るのか?」
「はあ? あんた、あたしにあの道のりを一人で帰れって言いたいの?」
何故かこの妖精はプリプリしながら極論で返答してくる、原田は困った顔をしながらそういうことを聞いたのではないと弁明する。
「いや、そうじゃないよ、もし行く当てがないなら、もうしばらく俺に付き合ってくれないか? さっきの守衛も言ってたろ、まず言葉覚えろって」
実際のところ翻訳アプリが入ってる端末のバッテリーが心許ない、一応予備のバッテリーはあるがそれだって長くは持たない、最低限の意思疎通が出来ないと異世界の調査どころではないのだ。
「ふーん、どうしよっかなー。どうしてもって言うなら考えてあげなくもないけどお~」
面倒くさい妖精だなと原田は思ったが、言葉の問題はかなり切実だ、なんとかこの妖精のご機嫌を取らなくては。
「前向きにご検討いただけると助かります、何かお望みのものがございましたら遠慮なく仰ってください」
原田は誠意を伝えるつもりで、わざと仰々しくお願いしてみたのだが、何故かティアは大笑いしている、何か妖精の琴線に触れる言い回しに聞こえたようだ。
「あはは! 何それ、急に畏まっちゃって。言葉くらい教えてあげるわ、どうせ暇だし、ついでに魔法も教えてあげよっか、あんたはあまり素質がなさそうだけど……」
大笑いしていたかと思うと急に語尾がしぼみだした、おそらく楠の事を思い出したようだ、あえてそこには触れないように話を続ける。
「ありがとうティア、本当に助かるよ」
「ねえねえ、お望みのものって例えば何をしてくれるの?」
「それは……君が望むことを叶えられるように可能な限り尽力しますって意味だよ」
幸い手元には五層で回収した魔石が残っている、如月から渡された魔石はオークの町で換金した分も含めて冒険者狩りに奪われてしまったが、これ一つだけでも相当な価値があることが分かっている、しばらくの間は金銭に困ることはなさそうだ。もしティアが金銭的な見返りが欲しいというならひとまず換金して、しばらくの生活費用を差し引いた残りを全部あげたって構わないくらいには思っていた。
だがティアの口から発せられた言葉は意外なものだった。
「あたし、あんたが居た世界に行ってみたい!」
原田は一瞬間を置き "
「だってさ、クラウス様のご主人様が遊びに行くくらいなんだよ、きっと楽しい場所に違いないわ」
クラウスのご主人様、すなわちSCP-X1751-JP-Aは「遊びに行く」的な感覚で基底世界に現れたということか……。
SCP-X1751-JP-Aは一応、収容中ということになってはいるが、アレはその気になればいつでも収容違反を起こせるのは間違いない。
SCP-X1751-JP-Aにとって収容施設は”楽しい場所”なのかというと、やはりそれも否定できない。いつでも出られるくせにわざわざあの場所に留まり、如月から提供されるオタクコンテンツを楽しんでいるように見えるからだが、それがティアにとっても同様に"楽しい場所"なのかどうかは大いに疑問である。
「ねえ、クラウス様のご主人様はあっちの世界で何をしているの?」
正直、それはこちらが聞きたいくらいだ。
「……毎日、漫画やアニメを鑑賞しているな」
「じゃあ、あたしもそれが欲しい!」
実際のところ、こちらの世界には漫画やアニメは存在してないようだし、ティア自身もそれが何なのかは理解していないようだ。単に自分の上司のさらに上司が娯楽としているものに何か特別感を感じているだけのように思える。
だが、その程度でティアのご機嫌が取れるなら安い物なので原田は内心ではホっとしていた。
(まあ、収容されないように便宜を図るくらいはしてやろう……)
「わかった、約束する。その為には帰還方法を考える必要があるな、頼りにしてるよ」
「わーい!」
そんな話をしている間に二人は目標として歩いていた街に到着した。城壁で囲まれた歴史ある西欧風の都市を思わせる立派な外観だ。入り口と思われる巨大な門は開かれた状態で、一応守衛は立っているが特に制約もなく誰でも自由に往来できそうな雰囲気だ。
ティアの解説によるとここは『魔法都市エルドラシア』この国でも有数の都市であり、ダンジョンからもたらされる魔石や魔鉱、魔物由来の魔道具素材の取引などで栄えている。ダンジョンのお膝元でもあることから冒険者組合の本部も置かれているらしい。そういえばオークの町で魔石の換金を行った際は冒険者組合の出張所だったことを原田は思い返しながら、冒険者証も入手できたことだし、ひとまず魔石を現金化するべく冒険者組合へ向かうことにした。
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