第23話:メイド悪魔
如月の交渉は成立した。
SCP-X1751-JP-A収容室の隔壁は全て開放され、SCP-X1751-JP-Aは如月の先導でSCP-X1751-JP"異世界の門"が存在する区画へ向かう事になった。廊下には複数の職員が往来している。如月はSCP-X1751-JP-Aの手を取り連れ立って歩く。手を取ったのはSCP-X1751-JP-Aが能力を発動中ではない事を往来する職員へ見せ示すことで混乱やパニックを起こさせない為だ。
収容違反の警報は鳴っていない、交渉が成立した場合このような護送手段になることを事前に田所管理官の承認を得ているからだ。
如月がSCP-X1751-JP-Aと連れ立って歩いていると、どうも職員たちの様子がおかしい。廊下ですれ違う職員たちはパニックを起こすどころか、どうみても顔がほころんでいる。わざわざ研究室から顔を出してスマホで撮影などしている者もいる。次第に職員の数は増え始め、思い思いにSCP-X1751-JP-Aに手を振ったり声をかけたりしている、投げかけられる言葉は「似合ってる」だの「カワイイ」だの好意的なものばかりで、SCP-X1751-JP-Aは満面の笑みで手を振り返したりしてご機嫌だ。
仮にもオブジェクトクラス:Euclidアノマリーがなぜこんなにも職員に人気なのか……?
(しまった……)今のSCP-X1751-JP-Aの姿はプニキュアだった事を如月は失念していた、着替えさせてから連れ出すべきだったと後悔したが今更引き返すのも面倒なのでこのまま護送することにした。途中SCP-X1751-JP-Aに触れようとする者まで現れる始末だったが、如月は鬼の形相で寄ってきた職員をSCP-X1751-JP-Aから距離を取らせる、完全に不審者から娘を守るお母さんムーブだ、事情をよく知らない職員からすれば非常にほほえましい光景だったであろうが、何かSCP-X1751-JP-Aの不興を買うことがあれば真っ先に消滅するのは自分だ、如月は必死だった。
研究室区画を抜ける頃にはだいぶ野次馬も減り、如月は先ほどの交渉中にも気になっていた件をSCP-X1751-JP-Aに尋ねてみた。
「あの右腕は……結局何だったんですか? ただの生体サンプルではありませんよね」
「あれはな、わらわの分体……写し身とでもいうべきか」
「写し身ですか、それを使って現在の調査団の動向を探ることは出来ませんか?」
如月は写し身と言われてもピンとこない、だがその言葉の響きからこの異常存在ならそれくらいのことは出来るのではないかと思いそう尋ねた。
「それも無理じゃな、あれはもうわらわとは別個体、どちらかというと桐生の体の一部じゃ」
「そうですか……」
生体サンプル破壊実験における右腕の挙動から、別個体であろうとの推測は付いていた。気になるのは桐生の体の一部という発言だが、第五層までの桐生はSCP-X1751-JP-Aの右腕を何かに活用している様子は見せていなかった、本人は気付いていたのだろうか、気付いていたら何かしらの魔法を行使出来ていたのだろうか……謎が深まるばかりである。
「ところで如月 華よ、わらわの収容室に置いてきた蔵書や衣装はちゃんと運んでくれるのであろうな?」
「もちろんすぐに運ばせますが、コスプレ衣装は……その身体に不適切と思われるものは没収です」
SCP-X1751-JP-Aはそれを聞き、見た目年齢相応なションボリ顔を見せ、やはり見た目年齢相応な抵抗を試みるが如月には全く効果がなかった。
SCP-X1751-JP"異世界の門"収容区画まで到着すると、如月はそこに常駐している機動部隊員から敬礼で迎えられる。
「如月研究員、SCP-X1751-JP-Aの護送、ご苦労様です」
如月は塞がっていない方の手で見よう見まねの敬礼で応える。
常駐する機動部隊員の中には、い-2の残存部隊も含まれており、中には綾戸村の戦闘を経験している者もいる、先ほどの野次馬研究員たちと違ってSCP-X1751-JP-Aと適切な距離を保ち過度な接近をしてこない、如月は感心する。
「SCP-X1751-JP内空間との通信環境はその機能を維持しています」
隊員の一人がそう言うと如月に翻訳アプリと連動させたインカム、胸部カメラを装着させる。
(ん? 私はここまでSCP-X1751-JP-Aを護送するだけの段取りの筈だが?)
如月はそう疑問を抱いたが、機動部隊員達は"異世界の門"へ如月を誘導するように両脇に整列し微動だにしない。
(ん? んんー?)
「極秘任務SCP-X1751-JP内世界調査団救出作戦、ご健闘をお祈りします、一同敬礼!」
一斉に両脇に並ぶ機動部隊員達が如月に向けて敬礼をする、さすがにこの光景をみせられると如月もSCP-X1751-JP-Aの手を離して自分だけその場から立ち去ることは出来そうになかった。
(ここから先は私が居ても居なくても関係ないんだけどな……)
そう思いながらも、流れに抗えず如月はSCP-X1751-JP-Aの手を引き、勢いで"異世界の門"をくぐってしまった。
そこは相変わらず真っ白い空間だったが、モニター越しで見たほど眩しくはなかった。
入ってすぐにクラウスが待ち構えており、膝をつき恭しくSCP-X1751-JP-Aを迎えた。
「おかえりなさいませ、我が主……!?」
クラウスがSCP-X1751-JP-Aの姿――衣装を見て固まっている。そして如月を一瞥しSCP-X1751-JP-Aに尋ねる。
「そちらの女は……?」
「あちらの世界でのわらわの保護者じゃな、名はキサラギ・ハナじゃ、丁重にもてなせ」
財団の理念は異常存在の確保・収容、そして保護だ、一応間違ってはいない。
「保護……者、ですか……従属者の間違いでは? それにその口調……」
クラウスは困惑した表情を見せたかと思うと、再度如月に視線を移す、非常に冷たい目つきだ。
如月はその視線に恐縮した、言いたいことはわかる、だがそれは自分のせいではないのだと言い訳しようにも相手はSCP-X1751-JP-Bを大量に使役する悪魔だ、威圧感が凄い、勢いで門をくぐってしまったことを激しく後悔した。
「クラウス!」
クラウスはハッと我に返ったように主の言葉に反応し、如月に対しSCP-X1751-JP-A同様に恭しく膝をつく。
「キサラギ・ハナ様、大変なご無礼、何卒お許しください」
おそらく誤解は解けていないであろうが、ひとまず危機は去ったとみて如月は胸を撫でおろす。
ふと横を見るとさっきまで無かったはずの応接セットが出現している、D-1564の時よりもだいぶ豪華だ。
クラウスはテーブルの椅子を引くと如月に着席を促し、その対面にSCP-X1751-JP-Aを着席させ、慣れた手つきで二人に紅茶を淹れる。そしてD-1564との対話時と同じポジションに収まった。
「さて如月 華よ、クラウスに何か頼み事があるようじゃな?」
(なっ……)
如月は面食らう、事前の打合せでは自分はこの空間には入らずSCP-X1751-JP-Aがクラウスに調査団の救出を命じる段取りだったからだ。
「キサラギ・ハナ様、如何なるご用件でございましょう」
如月はSCP-X1751-JP-Aの意趣返しに内心イラつきながらも、この状況では自分で頼むしかないと腹をくくる。
「あ、えっと……クラウス……さん……?」
「クラウス、で結構です」
「ク、クラウス、先日我々がこちらの世界に調査団を派遣したことはご存じかと思いますが……ダンジョン第四層突入後、消息不明になりました。その……調査団の捜索と帰還の手助けをお願いしたく――」
「お断りいたします」
クラウスが食い気味に拒絶し、こう反論する。
「あの者たちは勝手にこの世界へやってきて勝手に迷子になった。何故私がそこまで面倒を見なければならないのでしょうか」
ごもっともである、ごもっともではあるがこれが主であるSCP-X1751-JP-Aの命令であればどうだ? 如月はSCP-X1751-JP-Aにしきりに目配せをする。
「……クラウスよ、わらわからも頼みたいがダメか?」
クラウスは一瞬、体を硬直させたかと思うとすぐさま膝をつき平伏の構えを見せる。
如月はクラウスが一瞬見せた体の硬直が恐怖によるソレだとすぐに理解した。
「我が主よ! 何卒ご容赦を……」
「どーーしてもダメか?」
クラウスはさらに平伏し頭を床に擦り付けんばかりに許しを請い弁明する。
「わ、私はあの者たちに案内役まで付けました! おそらく地上に到達した者もいるはず! 私めでは星の数ほどいる現地人と異世界人の区別など出来ようもなく……何卒ご容赦を!」
如月はその光景を唖然として眺めている、確かにクラウスの弁明にも一理……どころかクラウスが全面的に正しいようにも思えた、無茶ぶりもいいところだと自身の要求ではあるのだが同情した。
「ふむ、困ったの……わらわは如月 華に約束してしまった、それなりの成果を見せてやらねば道理が立たぬ」
平伏するクラウスの体が小刻みに震えている。
SCP-X1751-JP-Aはそんなクラウスを尻目に如月に目配せをする。
「そうであれば仕方がない、ぷらんBじゃ」
(え? プランB? なにそれ……聞いてない)
「クラウス、面を上げよ」
「はっ!」
クラウスは片膝をつき平伏の構えを見せながらも顔を上げ返事をする。
「クラウス、そなたの眷属を一体、わらわに差し出せ」
「はっ! 御身のままに」
「そうじゃな……そこそこ賢く、とびきり頑丈な者が良いであろうな」
クラウスはSCP-X1751-JP-Aの言葉を聞くとすぐに床面に魔法陣を展開した。
「《
魔法陣から巨大な腕が伸びる、そしてその腕は床面を抑え込み、まるで風呂から上がるかのような動作でゆっくりと体を持ち上げ床面から這い上がってくる。グレーターデビルと呼ばれたそれは身長約3~4mそして身長と同じくらいの腹囲……超肥満体の巨大な体格、そして申し訳程度にコウモリのような翼を肩のあたりから生やした全裸中年男性のような姿をしていた。
(デビルとデーモンってどう違うんだろう……)
などと如月が呑気に思っていると、グレーターデビルと呼ばれたそれは如月に顔を向け涎を垂らしながら口角を引き上げ下品な笑みを浮かべる。
「召喚の対価が人間の女一匹……だがクラウス様にしては気が利いているな」
「ぐふふ」とも「げへへ」とも聞こえる醜悪な息遣いで全裸中年男性の見た目をした悪魔は如月に歩み寄り腕を伸ばす。
(まずい! あれは私を捕食あるいは何か淫猥な目的の対象と見ている!)
如月が席を離れようと椅子を引いたその瞬間、悪魔は腕を伸ばした姿勢のまま動きを止めた。
よく見ると全裸中年男性悪魔は額から脂汗を流し、小刻みに震え何かに怯えているように見える、おそらくSCP-X1751-JP-Aの存在に気付いた。
「おいデカブツ、その女に指一本触れてみろ、魂魄もろとも消炭にしてくれるぞ」
SCP-X1751-JP-Aが物騒な言葉で全裸中年男性悪魔を牽制し、クラウスはいつの間にか元のポジションに直立し、呆れたようにこう言い放つ。
「我らが主の御前である、平伏せよ」
全裸中年男性悪魔はその図体からは想像も出来ないような機敏さでSCP-X1751-JP-Aに平伏する。
「こ、これは偉大な魔力の根源たる原初の――」
全裸中年男性悪魔が何かSCP-X1751-JP-Aを讃えているであろう文言を唱えている途中でSCP-X1751-JP-Aがそれを遮る。
「やめよ。……クラウス、コレは本当に賢いのか? コレが如月 華に触れていたらそなたの首も飛んでおったところだぞ?」
おそらく物理的にという意味であろう。
クラウスもその額に冷や汗を流しながら再度膝をつく。
「誠に申し訳ございません……我が眷属の中では私に次ぐ実力者ではありますが、やはり悪魔でございます故、何卒ご容赦を……これ以後は我が主の御意向に背くようなことはないかと存じます」
「ふむ……如月 華、こやつの非礼、わらわが詫びよう、許してやってくれんか?」
如月は頭を激しく前後に傾け頷く。
「デカブツよ、如月 華の慈悲に感謝するんじゃな」
全裸中年男性悪魔はまたもその図体に見合わない機敏さで如月に平伏する姿勢を見せた。
「さて、そなたは今後わらわ直轄の眷属となる、異論はあるまいな?」
「ははっ! 偉大な魔力の根源たる原――」
「まずその口上を口にすることを禁ずる」
「はっ! 我が主の御身のままに」
「そなたにはこれから迎える客人への饗応役を命じる……が、その姿ではちと心許ないの……どれ……」
SCP-X1751-JP-Aがそう発言するや否や、全裸中年男性悪魔が宙に浮いたと思うとその巨体の胴体が瞬時に圧縮された、その様はまるで水圧実験などでよくみられる、ドラム缶が水圧で一気に圧縮される様とよく似ていた。
「おごっ! わ、我が、ゴフッ! なにと……ぞ……お許し……グフッ!」
全裸中年男性悪魔だった肉塊が静かになるも、まだ圧縮は続いている。如月、クラウスは共にその光景にただただ唖然とするしかなかった。
「こんなものかの……」
SCP-X1751-JP-Aがそう呟くと、そこには歳の頃は二十代中頃に見える、眼鏡をかけ髪を後ろで纏めた清潔感漂うメイド姿の女性の姿があった。
(性別が変ってる……)
元々性別があったのかは不明だが如月がその全裸中年男性悪魔であったであろう存在を見て真っ先に出てきた感想がそれだった。
全裸中年……いやメイド服姿の女性(?)はひどく疲れたような表情を見せながらもSCP-X1751-JP-Aに跪いた。
「そなたにはこれから存分に働いてもらうが……名前がないと不便じゃな……」
メイド服姿の女性はその言葉に反応しパッと顔を上げ目を輝かせている。
「ふむ、そなたの名は『アーデルハイド』じゃ、存分に励むがよいぞ」
「はっ! 新たな身体を創造して頂いたうえ、名前まで授けていただけるとは恐悦至極にございます」
アーデルハイドと名付けられた悪魔はそう感謝の意を述べ恍惚とした表情を浮かべている。
(たぶんアルプスの少女だ……)
如月はその名前に心当たりがあったが、特には言及しなかった。
「キサラギ・ハナ様、先ほどの非礼へのお慈悲、誠にありがとうございます」
アーデルハイドは先ほどのお詫びとばかりにメイドらしく如月の紅茶を入れなおす。
「あぇっ? はひ、ど、どうかお気になさらず……」
如月はその悪魔の変貌ぶりにどうも頭の理解が追い付かず、素っ頓狂な声を上げる。
アーデルハイドの紅茶を入れる所作はクラウスに負けずとも劣らず見事な所作であった、まるで初めからそうであったかのような自然な振る舞いだ、元々持っていた素養なのであろうか? "賢い"というクラウスの評価はどうやら間違っていないようだ。
アーデルハイドは如月の紅茶を入れなおすと、クラウスの反対側、SCP-X1751-JP-Aの左横に立ち待機姿勢をとった。
「グレーター……いやアーデルハイド、控えろ、不敬だぞ」
「何をおっしゃいますか、クラウス、私はあなた同様、主より名を賜った身、立場はあなたと同格……いや姿まで創造してただいた私の方が格上かと思いますが?」
クラウスとアーデルハイドがバチバチやりあっているが、自分とは全く関係ないので先ほどよりはだいぶ気楽な雰囲気だ、如月は気になっていたプランBとやらをSCP-X1751-JP-Aに尋ねることにした。
「ところでSCP-X1751-JP-A、先ほど言及していたプランBとは一体どのような計画ですか?」
クラウスとアーデルハイドが相変わらずにらみ合いを続けていてうんざりした様子のSCP-X1751-JP-Aが話に乗ってきた。
「ふむ、よくぞ聞いてくれた、ぷらんBとはな――――」
*
如月はプランBの計画内容を聞き、一応の納得はした。だいぶ回りくどい作戦だと感じたがクラウスの言う通り、直接、現地人の中から調査団メンバーを見つけるのはクラウスにしろアーデルハイドにしろ難しいのは確かだろう、おそらく現状考えられる作戦としては……ベストではないがベターではある、その作戦内容は……多少後ろめたい気持ちにはなるが致し方ない。
ざっくりとプランBを説明すると大体こんな内容だった。
【1】調査団生存者は現地勢力、おそらく冒険者を頼ると推測されるが、ここ百年の間、ここダンジョン第六層までたどり着いた冒険者はいないので、まずここまでたどり着ける人物・グループを探す必要がある
【2】【1】の手段としてクラウスでも見分けが出来る人物、例えば現地の王族などの要人を攫ってくる。
【3】要人を救出しに現地の実力者が編成されるので、彼らがダンジョン第六層までたどり着いたら要人を解放し地上へ帰還させる。
【4】百年ぶりのダンジョン踏破者が誕生することになる。
【5】調査団生存者は【4】のダンジョン踏破者に接触を試みる筈である。
【6】【4】のダンジョン踏破者に調査団生存者の帰還を手伝わせる。
如月はアーデルハイドが淹れた紅茶を飲み干すと席を立ち、やはりアーデルハイドに見送られながら"異世界の門"をくぐり基底世界へと帰還した。
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