第18話:妖精

 ダンジョン第一層、クラウスの証言が確かなら最後の階層ということになる。ここを超えれば地上だ。構造としては第五層同様に迷路状の回廊だ、第五層と違って人の出入りが多いのか、ろうそくの火が灯されていて人間が管理していることがうかがえる。

 この階層で見られるアノマリーと言えば、小型の人型実体――ファンタジー作品風に言うならばゴブリン、他には自走するキノコ、大型昆虫といったところだが、そのほとんどがシキオウジを警戒し近付いてこない。ごく稀に戦闘を仕掛けてくるものもいる、盾と剣で武装した骸骨、スケルトンとでも呼ぶべきか、人間と非常によく似た骨格を持っているがやや小柄で、そしてやはり頭蓋骨の形状が人間のものと異なる、どちらかというと犬の頭蓋骨に近い、三層にはオークがいたのでおそらくこの骸骨もそういった種族の骨なのだろう。骸骨が動く原理は不明だが、おそらくゾンビと同じ理屈で死体が死霊に乗っ取られたものであろうと推測される。第五層に現れた骸骨はその大きさや、人間の骨で作られたムカデといった合理性の欠片も感じない、そんな生物が存在するとは思えないので、あれはやはり魔法生物の類だろう。

 この階層はやはり浅層なだけあって、シキオウジさえいればほぼ何とかなる。この調子で進めば地上への到達はほぼ確実といった状況であるが、二層での出来事が一行の顔を曇らせる。

 原田は相変わらずマッピングを続けている、何かに集中していないと心の平穏を保つことが出来ないのだ、桐生達もそのことが分かっているのか特に原田の行動にいちいち言及したりはしない、ただひたすら陰鬱な表情で歩を進めている。


 どのくらい一層を歩き続けただろうか、ウィル・オー・ウィスプが案内をしているので道に迷うことはなかったが相当な距離を移動した、そろそろ地上への出口が見え始めてもおかしくないと皆が思い始めた頃、一行は回廊の分かれ道で複数の人型実体と遭遇した、それらはシキオウジの姿を見て警戒はしているが逃げ出す様子はない。

 戦闘になる――

 そう覚悟し自動小銃を構え一行に緊張感が走ったその瞬間、その人型実体の集団から意外な言葉が発せられた。


「待て待て、俺たちは冒険者だ、武器を下ろしてくれるとありがたいんだが……」

 その集団のリーダーと思しき男が両手を上に挙げ、そう話しかけてきた。

 言葉がわかる、おそらく翻訳アプリが機能している、人型実体と思われた集団は普通の人間だった。

 調査団一行はこの世界に足を踏み入れてから初めて、敵性生物ではない存在である人間に遭遇し、さらに相手の話している言葉が分かることにようやく安堵の表情が浮かんだ。

 すぐさま警戒態勢を解き、桐生が代表して初の異世界人と会話でのコンタクトを試みる。

「すまない……二層で仲間を失ったばかりで気が立っていた」

「……そうか、よく見りゃあんたも怪我をしているようだ、治癒術師は……そうか……」

 会話が成立した、翻訳アプリも正常に作動しているようだ。会話の内容から一般的に冒険者は治癒術師を随行させていて、その治癒術師を二層の戦闘で失った、と解釈されたようだ。

「ところであんたらずいぶん珍しい装備をしているな、言葉もそれは翻訳魔法だな。このあたりの国の冒険者ではなさそうだが……他の大陸から来たのか?」

 まずい、確かにこの世界の人間から見て財団機動部隊の装備は一般的ではないのは明らかだ、かといって異世界の国名、大陸名など何も知らない、どう切り抜ける――

「……国名は言えないが、とある機関からこの世界――このダンジョンの調査を任されている」

 胡散臭すぎる! 余計怪しまれるだろ! と原田は思ったが、では自分ならどう回答するのか、考えてもやはり気の利いた弁明は思い付かなかった。

 筧が腋に差した短刀に手を伸ばし、機動部隊員渡辺が再度自動小銃を構え警戒する姿勢を見せたところ、冒険者達のリーダー格の男の顔がにやりとした。

「はっはっは! そう警戒しなさんな、よくあることだ。このダンジョンは珍しいからな、そんなやつらは何人も見てきたさ。つまりお前さんたちは密入国者ってわけだ、この国の冒険者証も持ってないだろう? 偽造した冒険者証はすぐにばれるぞ」

 筧達はまだ警戒体勢のまま微動だにしない。男はこちらの警戒態勢を意に介さない様子でこう続ける。

「なあ、取引しないか? どこから入ってきたのか知らんが、この近くにも地上への抜け道がある。俺達はあんたらの事を検問所に報告しねぇ、ついでに外で待機してる仲間に治癒術師がいる、あんたらの傷はなかなか深そうだ、早く治療した方がいい」

 男はそういうと何やらハンドサインを見せてくる、話の文脈から考えるとおそらく金を要求するサインだ。

 桐生は筧達と顔を見合わせ、こう返答する。

「あいにくこういった物しか持ち合わせていないが……」

 自身の腰のポーチから如月に持たされた魔石の一つを手に取り男に見せる。

 途端に冒険者たちの目つきが変わったのがはっきりと確認できた。どうやらSCP-X1751-JP-Aの証言通り、魔石はこの世界では相当価値のある物のようだ。

「お、おう、そんだけありゃ十分だ」

 冒険者達は調査団一行を取り囲み、「じゃ、いこうぜ」と言いながら抜け道があると思われる方向へ歩き出したが、ここで原田が待ったをかけた。

「ちょっと待ってください、ウィル・オー・ウィスプが示す方向……おそらく正規のルートも一応マッピングしておきたいです」

 冒険者達のリーダー格の男は少し呆れているようにも見える表情で原田を見やる。

「おいおい、話聞いてたのか? 検問所なんか通ったら一発でコレだぞ」

 そう言いながら、両手を前に突き出しお縄になるジェスチャーを見せる。

「いえ、検問所を確認したら引き返しますので、ちょっと待っていてくれませんか?」

 原田が思ったより食い下がるので、男は諦めた様子で手下と思われる冒険者の一人に何か耳打ちをしている。

「一人で行かせるとアノマリーに襲われる可能性がありますので、僕もシキオウジと一緒に原田さんに同行します」

 矢部がそう提案してきた、シキオウジがいればこの階層はほぼ無敵状態である、原田は矢部に感謝を伝えた。

「ったくしょうがねぇなぁ、おいニック! この兄さん方が検問所を確認したらお前が抜け道まで案内してやれ、俺たちはケガ人を連れて先に行く」

 冒険者達のリーダー格の男は頭を掻きながら、手下とみられる男を呼び出し、その場にいる全員に聞こえるようにそう呼びかけた。

 ニックと呼ばれた男は、リーダー格の男に威勢よく「へい!」と返事をし、原田達の元へ走った。

 桐生、筧、渡辺も同意した、男の言う通り、死霊による同士討ちで負った傷は軽傷ではない、治療できるというのであれば早く治療してもらう必要があった。


 原田は桐生達と一旦分かれ、ウィル・オー・ウィスプが示す道を、シキオウジを先頭に原田、矢部そしてニックの順で隊列を組み歩いていた。検問所まではまだ距離があるようで原田は無心で周囲のマッピングをしていた。しばらく無言が続いていたが、ニックがその空気に耐えられなかったのか陽気な感じで話しかけてきた。

「へへ、そのゴーレムさんえらい強そうでんな、どっちの兄さんが操ってるんでっか?」

 何故エセ関西弁風の口調なのか? おそらく翻訳アプリがニックの口調を現地のニュアンスで日本語に翻訳しているのだろうと原田は推測した。

 無駄に高性能だな……と原田は感心しながら、あれは式神というものでゴーレムとは違う的なことを矢部がニックに説明している様子に聞き耳を立てた。

 現地の人間からしてみれば式神もゴーレムも同じようなものではないのだろうか、そもそも呼び方が違うだけで原理的には同じものかもしれない……そんなことを考えていると、目の前を先行して歩いていたシキオウジが突然、形代の姿にもどり、そして楠からもらった護符が燃えた。

(魔法攻撃を受けた!?)

 まさかの事態に驚き振り返ると、ニックが矢部の首元からナイフを引き抜き、矢部が首から血を噴き出して倒れる瞬間だった。

「お、お前っ……」

 衝撃的な光景に原田が言葉を漏らす、ニックは原田が魔法を無効化したであろう事実に"ありえない"といった表情を見せ硬直したかと思うと、すぐさま踵を返し原田に背を向け走りだした。

 原田は反射的に、背を向けて逃げるニックを自動小銃で原形を留めないほど蜂の巣にし、すぐさま矢部の元に駆け寄る。矢部は既に事切れていた。

 原田は矢部の死を悼む間もなく、今来た道を走りだしていた。

(あいつらは――追いはぎだ! 桐生博士たちが危ない!)

 混乱する頭で何とか状況を整理する、ニックは何かしらの魔法を使ったが矢部をナイフで刺していた、おそらく体の自由を奪うといった類いの魔法を使ったはずだ。生き残った五人中、護符の数は二枚、そのうち一枚は自分が持っていた、矢部は護符を持っていなかった為、体の自由を奪われ殺された、残り一枚は桐生博士たち三人のうち誰かが持っている筈だ、同じ手口で襲われていたら今自分がしたように誰かが反撃をしている筈……まだ誰か生き残っている可能性がある、原田はそう考え先ほど三人と分かれた場所を目指して走った。

 さっきの分かれ道まで戻ると、そこには誰もいない、抜け道の場所は……わからない、とりあえず追いはぎの連中がやってきた方向へ走ると先がT字路になっている、どっちだ? 全体通信を使って呼びかけてみるが応答はない、最悪の状況が原田の脳裏をよぎる。ヘルメットを脱ぎ捨て何か物音がしないか耳を澄ませる、重たい石を引きずっているような音が微かに聞こえる、音がする方向へ全力で走ると突き当りに木製の簡素な扉が見えた。扉を開けて小部屋に飛び込むとそこには数体の死体が転がっていた。


 おそらく護符を所持していたのは筧だ、彼女だけ刺さっている矢の数が尋常でない、渡辺の遺体は比較的綺麗な状態だが、装備品や荷物などは全てはぎ取られたうえ、腹部から出血が見られる、矢部と同様、魔法で体の自由を奪われたうえで刃物で刺されたと推測できる。桐生は研究の為に持ち込んでいたであろうSCP-X1751-JP-Aの右腕を抱き、やはり腹部から大量に血を流している。追いはぎの連中がSCP-X1751-JP-Aの右腕を持ち去らなかったのは……単純に気味が悪いからだろう。他の死体を確認すると四人、先ほどの冒険者と名乗る一団にいた顔ぶれだ、いずれも喉元を切り裂かれており、筧が短刀で反撃したのだと思われる、自動小銃を使わなかったのは……片腕では素早く自動小銃を構える余裕がなかったのだろう。筧の遺体を改めて確認する、刺さった矢の射角とその数の多さから天井付近から一斉射撃を受けたことが推測できる、部屋の隅に目をやると壁が崩れ天井まで這って登れそうだ、天井からは僅かに日の光が差し込んでいる、おそらく巨大な石か何かで塞いである、あそこから冒険者――追いはぎ連中の仲間が大量に矢を放ち筧を殺害し、装備品を剥ぎ取って立ち去った後、外から石で塞いだのだ。


 原田はそう結論付けた。何か受け入れがたい事実があると、事実を受け入れる前に分析を始めるのが彼の癖で一種の現実逃避だ。事実を受け入れきれないまま茫然と小部屋に立ち尽くしていると、原田以外の呼吸音が微かに聞こえることに気付いた、改めて周囲の遺体に目をやると桐生の胸部が微かに上下に動いていることが確認できた、すぐさま原田は桐生の元に駆け寄る。

「原……田……か?」

「桐生博士! 喋らないでください! 今止血します!」

 原田は自身のザックから救急ボックスを取り出すが、桐生はそれを制止するかのように話し始めた。

「原田……"修復タイマー”を……」

 原田の脳裏にSCP-X1429-JP"修復タイマー"を使用したことで怪我を負った機動部隊員を消失させてしまった出来事が鮮明に蘇った。

「あれは! 基底世界とは別の効果が発現して危険です!」

「消失した……隊員の……年齢……は……」

 年齢? 知らない! いやまて、機動部隊の選出資格は士官クラスを除けば30歳以下である事を思い出した。

「いいか……"無銘の妖刀"、"天狗の面"……それと矢部の式神……どれも基底世界の……それより、強力な……力を発現……した……おそらく……"修復タイマー"もそうだ……」

 原田は桐生の服をまくり腹部に強めに包帯を巻いていく。

「……ダイヤル……の1……メモリが……年……単位と……仮定すれば……」

 桐生の言いたいことは理解したがその仮説が間違っていた場合、やはり桐生は消失することになるのだ、原田はSCP-X1429-JP"修復タイマー"の使用をためらってしまう。

「俺は……もう……助から……ない……頼……む」

 包帯を巻いても出血が止まらない、確かにこのままでは桐生は死んでしまう。

 悩んでいる暇はない、桐生の仮説が正しいことに賭けるか――このまま死ぬのを見届けるか――

 原田はSCP-X1429-JPを手にし、ダイヤルを1にセットした。

「くそぉーー!」

 半ばヤケクソ気味にSCP-X1429-JPを桐生に押し当て、そして強制的にダイヤルを0に戻した。


 桐生がSCP-X1751-JP-Aの右腕と共に消失した。


「ああああーーー!!」

 原田はSCP-X1429-JPを地面に叩きつけ、自動小銃の銃床でそれを破壊した。

 飛び散った破片に何度も何度も銃床を打ちつけ粉々に砕いてもなお、地面に銃床を叩き付け続ける。

 その時、原田の脳裏に聞き覚えのない声が響き始めた。


「…………!」

「や…な……いよ!」

 声がどんどん大きく、そして鮮明になっていく。


「やめなさいって言ってんでしょ!!」


 原田の頬に少し強めの……自転車に乗っている時に何か大きめの虫がぶつかってきたかのような感じの衝撃が走った。

 衝撃がやってきた方向に原田が顔を向けると、泣き腫らしたかのように目の周りを真っ赤にさせた小さな人型実体が目の前を浮遊していた。


「ここまで一緒に旅した仲間を失って辛いのは分かるよ、でも……物に八つ当たりしたってしょうがないじゃない!」

 そう言うと、小さな人型実体は堰を切ったように泣き始めた。


 原田はこの小さな人型実体に全く見覚えがない。


「君は……誰……だ?」


 原田は目の前で泣きじゃくる小さな人型実体にそう問いかけると、激しい頭痛と眩暈に襲われた。

 脳裏に存在しないはずの記憶が次々と蘇ってくる。


******

「SCP-X1751-JP-D? なにそれ? はあ? 名前? もっと真面目に考えなさいよ!」

 *

「あんたの世界の妖精女王の名前? ふーん、まあいいわ、あたしは妖精ティア! 今後ともヨロシク、ね!」

******


 そうだ……俺が名付けた。

『ティターニア』を縮めてティアだ、多少省いたが嘘は言ってない。


******

「あれはクレイゴーレム、太古の魔法生物だね、あの子の結界ちゃんと機能してるよ」

 *

「楠ちゃん! 魔法の才能あるよ! 地上でちゃんと魔法の勉強したらきっとすごい魔法使いになれる! あたしがみっちりしごいてあげるから!」

******


 楠は照れながらも喜んでいた……。


******

「あの砦はね、オークの城塞都市。昔は人間を襲って食べてたみたいだけど、誰だったかな……大賢者ナントカって人が止めさせたみたい。今日はお外で寝なくて済むね!」

******


 オークの城塞都市で魔石を換金して……腹いっぱい食べて、そこそこいい宿に泊まった。

 見た目に反して気のいい奴らだった……。


******

「楠ちゃん! そんな術使っちゃだめだよ! 地上で魔法の勉強するって約束したじゃない!」

 *

「嫌だ! 楠ちゃんを置いて行くなんて許さない! あたしが魔法であの術を! 離して! 離してよ! いやだよ……楠ちゃん!」

******


 楠が自身の体に死霊を縛り付ける呪術を使用した。

 ティアは最後まで諦めなかったが、結局、俺がティアを掴んで逃げた、ティアまで死んでしまうことに耐えられそうになかったからだ。


******


「……ティア、すまない……俺は仲間を失って……気が動転して……記憶が」

 原田は泣きじゃくるティアの顔に優しく指をあて涙を拭ってやる。


に皆やられて、あんたまでおかしくなって、あたし心配したんだよ! あたし……うわああん!」


 それでも泣き続けるティアにつられるように、原田は肩を震わせ、手で口を押さえながら声が出るのを必死に押し殺すも……堪えきれず涙をこぼす。

 ……原田はようやく調査団が自分を残して全滅した事実を受け入れた。

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