第17話:霊能力者
ダンジョン第二層、そこは洞窟だった。洞窟とはいっても明らかに人の手が入っている坑道のような作りになっていた、先ほどまでのように日の光は差してこない、各々装備品であるLEDライトを点灯した。クラウスの証言が確かなら、もう"門"は存在しない、地上と繋がっている純粋な地下空間のはずだ。
付近を見渡すとアノマリーの姿を数体確認できた、歩く死体、いわゆるゾンビだ。ゾンビは基底世界でも稀にだが目撃情報があり、財団も散々調査してきたある意味おなじみのアノマリーだが、楠はゾンビが苦手なようで異様に怖がっている、当然と言えば当然だ、年頃の女子が好むようなアノマリーではない。
一口にゾンビと言っても、大方二種類に分類される、一つは生物兵器開発の副産物、通称”ゾンビウィルス”に感染した人間だ、財団の見解ではこれはあくまでもウィルスに罹患した人間で厳密には
いずれにしても攻撃力に差はみられない、どちらかというと動きが緩慢な分、生きた人間の方が脅威である、ゾンビを相手にする上で気を付けるべきことは絶対に囲まれない事、囲まれた上で距離を詰められると脱出が困難になる、奴らは痛みや恐怖を感じないので自動小銃の掃射でもひるまず距離を詰めてくる、そして全力で齧ろうとしてくる、そんな集団から体が接触するような距離で逃亡を試みると必ずどこかしらを嚙まれてしまう。だが囲まれないことを十分意識していればそれほど脅威ではい、今目の前をうろついているゾンビはおそらく自然発生タイプだろう、統率されている様子もないので呪術師が操っているとは考えにくい。
このタイプのゾンビが相手だと機動部隊員たちも手慣れたもので、自動小銃を狙撃モードに切替え、確実に頭を撃ち抜いていく、死体であるのに頭部を破壊されると死ぬのだ。
「あれはとても良くないモノです……急いでこの階層を抜けましょう」
楠がそう忠告してくる、もちろんこんな場所に長居する理由もないのでゾンビを処理しながら足早にウィル・オー・ウィスプの後を追う。
だがそれでもまだ原田には余裕があった、ゾンビらに注意を払いつつも、タブレット端末を用いて周囲のマッピングをしている、おそらく帰還時はウィル・オー・ウィスプの案内はないと考えられるためだ、実際のところ基底世界への帰還は絶望的な状況であることに変わりはないのだが、マッピングを行うことで幾分か不安を紛らわすことが出来たからという理由も大きい。
進路上をうろついているゾンビを掃討しながら、坑道を進んでいくと、やや広めに作られた通路に差し掛かった、通路の壁面には無数の横穴が掘られている、おそらく大規模な採掘跡のようだが、横穴のいくつかからゾンビが顔を出しているのが見える、通路の長さは200m弱といったところか、横穴全てにそれなりの数のゾンビが潜んでいるであろうことを考慮すると、悠長に通過している余裕はなさそうだ。
「進路上に立ち塞がったゾンビだけ対処しろ、他は無視して全力で駆け抜ける」
筧がそう指示するが、楠がぼんやりと中空を見つめながら立ち竦んでいる。
「大丈夫だ、やつらは足が遅い、全力で走れば振り切れる」
筧はそう言いながら、楠の手を取り一緒に駆け出した、原田達もそれに追従する。
全員が走り、通路の中程まで差し掛かった頃、思いもよらぬ内容の全体通信が入る。
「谷口隊長から通信が! 谷口隊長が二層までたどり着いています!」
その通信を聞いた全員が足を止めてしまった。
声の主は機動部隊員堀川だ。
ありえない、少なくとも原田は谷口の声を聞いていない、しかし万が一の可能性も……原田がそう思いかける。
「谷口、ここまで来ているなら全体通信を――」
桐生が全体通信を通して谷口に呼びかけ始めた途端、楠が叫んだ。
「幻聴です! 死霊達の声に耳を傾けないでください!」
楠が全体通信でそう呼びかけたにもかかわらず、堀川は踵を返し、迫りくるゾンビの群れに自動小銃も構えず飛び込んでいった。
楠が正しい、全員がそう理解したがすでに一行はゾンビに取り囲まれかけている。
「堀川は諦める! 完全に包囲される前にこの通路を全力で駆け抜けろ!」
筧が改めて全体に指示を出すも――
「複数の有翼人型実体が出現! 魔法陣を展開しています!」
今度は機動部隊員長谷部からの全体通信だ、当然ながら有翼人型実体は現れていない、しかし長谷部は自動小銃を構え、狙撃モードから連射モードに切り替えている。
「伏せろ!」
筧は楠を庇う形で身を伏せようとする、しかし皆が身を伏せる前に長谷部が自動小銃を掃射し始めた。
全員機動部隊標準装備である防弾ヘルメット、防弾ベストを着こんでいたが、それでも筧と桐生が腕や肩に被弾した。
シキオウジがその身に銃弾を受けながらも長谷部に向かって突進する、長谷部は幻覚に惑わされ、自身がゾンビに包囲されかかっていることに気付いていない。おそらく矢部が長谷部の救援の為にシキオウジに指示を出したと思われる。
シキオウジは突進するその勢いのままゾンビもろとも長谷部を殴り飛ばした。
ヘルメットの破片が鮮血と共に周囲に飛散する様がまるでスローモーションのように見え原田の目に焼き付いた。
「矢部! お前――」
原田が矢部の胸ぐらをつかむ、矢部の目の焦点が定まっておらず何かブツブツ呟いている。
(まずい! 矢部も幻覚をみせられている!)
一行の中央に制御不能となったシキオウジ、そして周りには無数のゾンビが群がってきている。
(全滅する――)
原田がそう確信してしまった瞬間――ガラスが割れるような音が坑道全体に響いた。
楠が結界を張るときに使用していた手鏡を地面に叩きつけたようだ。
その破裂音が周囲に鳴り響いたと同時に原田は、いやその場にいる全員が通路内にひしめき合う無数の死霊の姿を目視することが出来た。
まるで時間が止まったかのように、ひしめく無数の死霊、ゾンビらの動きが止まり、それらの視線はすべて楠に注がれている。
幻覚をみせられていた矢部も正気に戻っているようだ。
そして楠は死霊たちを直接にらみつけるようにヘルメットを脱ぐと、祓串を逆手に構え、自身の眼前で鈴を鳴らすように振り、何か呪文のような文言を口にしている。
「トホカミエミウチハラヒワケガレガウツハトナラム……」
原田はそれが結界を張る時に唱えていた文言と微妙に異なっていることに違和感を覚えた、そして瞬く間に楠の祓串が黒く染まっていくのが見える。呪術に詳しくない原田が見ても楠が何か禍々しい儀式を行っているだろうことは予想できた。
「楠! やめろ!」
ゾンビたちが一斉に楠に群がり始め、死霊たちは楠の体へ我先にと飛び込んでいく。
「私がこれらを引きつけます……今のうちに……逃げ……て」
楠の体が激しく痙攣し始め、目から……楠の穴という穴から血が勢いよく流れ出し始める。
ゾンビらが楠に到達仕掛けたその時、筧が楠を抱えてその場を離脱しようと試みるが、何故かシキオウジが筧を楠から引きはがし、そのまま筧のみを抱えて走りだす。
これも矢部の仕業だろうかと、原田は矢部の表情を確認すると"ありえない"という表情でその光景に唖然としている。
おそらく今のシキオウジは楠が操っている。
それでも桐生と原田は楠に群がるゾンビを何とかしようと自動小銃を構えるが、楠に当たる可能性が高いので躊躇しているところをやはりシキオウジが二人を片手で掴み担ぎ上げる。
結局その場に残った楠以外の生存者をシキオウジが全員抱えて走りだし、死霊とゾンビで溢れかえる通路を脱出した。
シキオウジは例の通路からだいぶ離れた、安全と思われる場所まで到達すると動きを止めた。おそらく楠が死亡したからだ。
近くに一層へと続くとみられる階段を発見したが一行はすぐに階段へ向かうことはせず、負傷した者の応急手当を始めた、原田が桐生の右腕を、機動部隊員渡辺が筧の左肩を、弾丸を摘出、消毒し包帯を巻いた。矢部はシキオウジの制御を取り戻したようで辺りを警戒している。桐生は何とか腕を動かせるようだが、筧の左肩は動かないようだ。
空気が重い……ここにきて一気に仲間を三人失った、特に楠の最後が悔やまれた、皆、他に方法は無かったか、他にもっと、何か最善策は無かったかと、思い思いにうなだれている。
どのくらいの時間が経過しただろうか。
「悔やんでも仕方がない……先に進もう」
桐生がこう切り出し、一層へ続くであろう階段を上り始めた、皆無言で立ち上がると桐生の後に続いて階段を上った。
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