第16話:ダンジョン内の集落
この階層での一番の脅威はやはりコンテナを破壊した巨大なドラゴンだ、空から見つからないよう山道から少し離れた、なるべく木々の生い茂っている箇所を歩く、歩きづらいがしょうがない。楠が祓串を手に持ちながらブツブツとなにか呟いている、昨晩のような結界とまではいかないが、何か魔除けのようなものを施しながら歩いている。そのおかげか今のところ危険なアノマリーや原生生物の類といったものには遭遇していない。
出発してから2~3時間程経った頃だろうか、水の流れるような音が聞こえてきた、さらに歩くと小さな滝が一行の前に姿を見せた、山道を歩いていたらおそらく見つからなかったであろう、幸いアノマリーや原生生物も見当たらない、各々空になっているペットボトルを手に水分補給に向かう。
何やら桐生が難色を示している、まあ言いたいことはわかる、ここは異世界でさらにダンジョン内部だ、成分分析も出来ない状況でこの水を飲むのは少し軽率な行動かもしれないが、この先どこに給水ポイントがあるのかも不明だ、さすがに水なしでは行軍することもままならない、桐生には折れてもらうしかない。
給水を終え、山道付近まで戻ると案内役のウィル・オー・ウィスプが山道で待機しているのが見える、相変わらずこいつは最短距離を行こうとするが視界に入る位置であればちゃんと案内はしてくれる。ウィル・オー・ウィスプを視界に入れながら、引き続き空からの襲撃も警戒しつつ木々の合間を進む、しばらくすると木々が開け、神殿の屋根のようなものが見え始めた、どうやら第三層に繋がる"門"のようだが、厄介なことに昨日も見かけた小型のドラゴン――仮称ワイバーンが神殿周囲を数体飛び交っているのが見える、おそらくこのまま突っ込めば空からの襲撃を受ける。筧がインカムを使って作戦指示を伝えてきた。
「堀川、長谷部が神殿を挟むように両サイドから接近、合図があったら地対空誘導ミサイルで近くの仮称ワイバーンを撃墜しろ」
筧が機動部隊員らに指示を出す。生き残った機動部隊員は筧も含めて四名だ、最初は覚えなくてもいいと言われていたが、ここまで一緒に死線を潜り抜けてきた仲だ、いつの間に全員の名前を覚えてしまった。
現在の調査団全体の兵装としては機動部隊標準装備の自動小銃、これは研究班も所持している。
幸いコンテナを破壊される前に全員が弾薬を補充済みで、機動部隊員は予備の弾倉まで確保していた、さすがである。
主力である携行型ミサイルは地対空ミサイル二基、対戦車ミサイル一基、いずれも一発撃てばそれで最後だ、あとは兵装と言っていいのかわからないが信号弾発射用拳銃と信号弾数発、あとは筧個人が携帯している短刀二振、正直これが活躍するような近接戦闘場面はあまり想像したくない。
「仮称ワイバーンが分散するのが確認出来たら、私と渡辺で研究班を護衛し中央突破で門へ飛び込む、堀川、長谷部もそれに続いてくれ」
威力の高い対戦車ミサイルはこの場面では温存するようだ。
ここで矢部が式神を呼び出すことが可能であることを申告してきたが、矢部の式神――シキオウジは図体がデカく目立つ上、あまり空からの攻撃に適したタイプではないと思われるので、今この場面ではやはり温存することになった。
地対空ミサイルを装備した二人がまず先に動く、中央突破組は息を殺しながらいつでも門へ走りだせる位置に陣取った。
筧が全体の準備が整ったことを確認し、作戦開始の合図をする。
神殿の左右からミサイル発射音が鳴り、おそらく命中したのであろう二対の爆発音が空に鳴り響く。
離れた位置で二体の仮称ワイバーンがそれぞれ落下していくのが見え、付近の同種個体が一斉に飛び去って行くのが確認できた。
「走れ!」
筧の号令と共に全員が走り出す、門の位置まで100mといったところだろうか、付近にアノマリーは確認できない、そのまま全員で門を駆け抜けた。
*
全員無事に第四層を抜け第三層へ到達した、やはり簡素な神殿のような場所に出た、そしてここも野外だった。
先ほどまでの山林地帯とはうって変わって何もない荒涼とした風景が広がっている、遥か遠方には森か林か、緑が見え、さらに奥には山脈が広がっているのが霞んで見える。ここもおそらく天井があるはず、そして肉眼では確認できないが壁面もあるはずだ、さすがに遥か彼方の山脈までダンジョン内とは考えにくい、おそらく幻覚か何かだと、原田は自分に言い聞かせた。
パッと見渡した限り付近にアノマリーや原生生物の類の敵性生物は見当たらないが、第四層と違ってあまり身を隠せそうな場所がない、好戦的な生物に見つかってしまえば戦闘は避けられないだろう、だがかなり見通しは良いので発見は容易だし、それなりの準備も出来そうだ、ここは大人しくウィル・オー・ウィスプの後を付いていく他あるまい。
一体何時間歩き続けただろうか、景色があまり変わっていない、後を確認してみるとすでに自分たちが出てきた神殿がもう見えなくなっている。ここまで何かしらの生物には遭遇していないがウィル・オー・ウィスプがいなければ確実に遭難しているだろうことは想像に難くない、おそらくこの階層はそういう趣向なのだ。日はまだ高いが、おそらく今日も野営になる、どこか野営に適した場所はないか探しながら歩を進める。
ウィル・オー・ウィスプの進路からは少し外れるが、遠方に丘のような地形を発見した、丘の頂上付近が切り立っていて、ここから見る限りそこまで高さのある丘ではないがおそらく5mくらいの崖がある、崖を背にすれば何もない荒野のど真ん中で野営するよりは幾分か安心できる、ひとまずそこを目指して歩くことにした。
日が暮れかけ始めた頃にようやく丘に到着した、崖を背にし皆が荷物を下ろしてへたり込む中、楠が四層で拾った鋭利な石で地面に直接、文字を書き始めた、結界を張ってくれるようだ。皆で手分けして手ごろな石を拾い集め、四層でやったように簡易的な祭壇のようなものを作った。楠が結界を張り終わる頃にはすっかり日が暮れていた。
日が暮れてから数時間経過した、既に桐生や矢部、他数名は眠りについているようだが、原田はタブレット端末を取り出し、これまでの経緯を記録していた。遠くの方で狼の遠吠えのようなものが聞こえるが、原田はあまり気にしていないようだった、例によって筧が見張りに立っているし、狼程度なら手元の自動小銃で何とかなりそうだ、いざとなったらシキオウジもいる、そういう余裕が原田にはあった。
原田のタブレット端末の明かりに向かって筧が崖を器用に駆け下りてきた。
「ウィル・オー・ウィスプが示す方向に建物の明かりを確認しました、おそらく人間の集落のように見えます」
筧が暗視機能搭載型の双眼鏡を片手にそう報告してきた。
「人間が? ダンジョン内に集落を?」
原田は驚きを隠せない様子で、筧の報告に反応した。
「暗視スコープで確認する限り人間の集落のように見えますが、人間の姿は確認できていません」
筧はうなずきながらも、結局は朝になってからでないとはっきり断言できないと正直に伝えた。
もし人間の集落だとすれば、食事や宿が期待できるので俄然やる気が出てくる、他の皆にも早く伝えてやりたい気持ちだったが、確定情報ではないので寝ているところを邪魔するほどではないと思い直し、「そうであって欲しいですね」と筧に返答するに留めた。筧も微笑んでいるように見えた。
原田は筧が崖を器用に駆け下りてくる様を思い返し、第四層の時と比べ若干緩んでいた雰囲気にも押され、つい筧の第一印象が"忍者"だったことを本人の前で口にしてしまった。
原田は口に出してから"しまった"と一瞬思ったが、筧の反応はいたって普通の反応だった、実際に忍者の家系の出自だとあっさり認めた。
(そうかー本物の忍者だったか……)
別に筧に限った話ではない、財団職員はその出自が特殊な者が多いことを思い出していた、出自そのものが異常現象由来の者も少なからずいるのだ、忍者くらい居てもおかしくない。
以降は特に忍者の話には触れず軽く談笑したのち筧は見張りを交代すると言って去っていった。原田も筧の見た集落が人間のものであって欲しいと期待を込めながら、タブレットの電源を落とし眠ることにした。
翌朝、桐生から人間の集落らしきものの存在が明らかにされ、さらに"門"があると推測される神殿もその集落内にあるらしいということを発表した。どうやら朝一でそれらしきものを筧が確認したらしい。今は遠くに見えるウィル・オー・ウィスプも集落方向を示しているように見えるのでその信憑性は高さそうだ。その集落が人間のものであることを祈りながら足早に出発した。
集落を目指し歩き始めて一時間ほど経過したころ、その希望は完全に打ち拉がれることとなった。
前方に土煙が上がっているのを肉眼でも確認できる。双眼鏡を使って改めて確認すると、狼に似ているが狼にしては以上に大きい獣型生物に騎乗した、槍や剣などで武装した人型実体の姿を数十体確認することが出来た、体つきはがっしりとした人間のソレだが頭部が明らかに人間ではない、豚の鼻が特徴的なファンタジー世界の住人、オークそのものだった。首にかけている物体から明らかに人間を敵か狩猟対象にしか見ていないことが予想できる、その首にかけられている物体は人間の頭蓋骨だ。
「総員、戦闘態勢に移れ!」
筧が戦闘指揮を執り始めた、声色から非常に残念そうな心境がうかがい知れる。
矢部が形代をシキオウジに変化させた、すでに相手は戦闘態勢で来ている、隠匿させる理由もない。
オーク達は突然現れたシキオウジに攻撃対象を移したようだ。
「魔法陣は確認できない! 合図があるまで動くな! 十分に引きつけろ!」
激しく、そして重量感のある地響きが足から伝わってくる。
「掃射!」
シキオウジに向かって突進してくるオークとその騎獣に全員の自動小銃が一斉に火を噴いた。
バラバラとオーク達が騎獣から転げ落ちる、運よく掃射を免れたオークがシキオウジにたどり着くも、しばらく出番のなかったシキオウジ渾身のシキオウジパンチに顔面を粉砕されている。
決着が付いたかと思われた矢先、主を失った騎獣の一体が調査団の隊列に突っ込んできたところを、まるで予見していたかのように筧が割って入り、そして騎獣の巨体がキリモミ状に撥ね飛んだかと思ったらそのまま地面に落下した。騎獣を見ると喉元付近から血が多量に噴き出している。
筧が短刀で切り裂いたようだが、その手元がまるで見えなかった、さすが忍者である。
「このまま集落内、神殿を目指す」
突撃してきたオークたちは全滅している、次の突撃に備えながらなるべく足早に集落を目指す。
集落全体が目視で確認できる距離に到達する、見渡してみると集落全体が木製の柵に覆われており、入り口と思われる箇所をオークたちが槍と盾で武装し、ファランクスのような陣形で守りを固めている。ちらほらオークとは別種の人型実体が確認できる、身長は2~3m、体つきはオークのそれよりもマッチョ体型だ、あれはファンタジー世界の住人に例えると何だろう……オーガ?トロール?とりあえず角が生えてるから仮称鬼だ。奥には神殿の屋根が見え、ウィル・オー・ウィスプが付近をプカプカしている、どうやら第二層に繋がる門で間違いなさそうだ。
入り口の突破は……シキオウジでは厳しそうだ、個体の強さであればシキオウジの圧勝であろうがその数が厄介だ、囲まれてしまうと身動きが取れなくなる可能性が高い、とりあえずここは筧の指示に従おう。
原田がそんなことを考えながらも、皆と歩調を合わせじりじりと入り口付近に詰め寄ると、オークたちが何やら叫び、木製の柵越しに一斉に矢が放たれた、先ほど我々がとった戦法と同じくぎりぎりまで距離を引きつけられた上での一斉射撃だ。筧が叫ぶ。
「総員、シキオウジの陰に!」
シキオウジが原田達の上に覆いかぶさるような形で矢の到達に備える、まるでシキオウジが筧の指示に従っているようだが、実際は矢部が思念で操っている筈だ、しかしシキオウジの図体をもってしても八人全員を庇いきれるとは思えない、どうしても後列にいる隊員は矢に晒される、そう原田が心配していると筧がシキオウジの背に飛び乗り、弧を描いて迫り来る矢を二振りの短刀で叩き落とし始めた、とんでもない動体視力だ。
「対戦車誘導ミサイル用意! 目標、前方ファランクス、発射!」
シキオウジの腕の隙間から対戦車ミサイルが発射され、集落入り口の守りを固めていたオークたちを派手に吹き飛ばした。
「信号拳銃所持者は集落内に照明弾、撃て!」
合計三発の照明弾が集落内に向かって飛んでいく、照明弾自体に殺傷能力はない、だが先ほどの対戦車ミサイルの威力を目の当たりにしたオーク達は、それが同種の攻撃であると誤認し慌てふためき逃げ惑う。
「シキオウジを先頭にこのまま神殿目指して走れ!」
筧の号令で全員が走りだす、照明弾が眩しくて前方を確認しずらいがシキオウジの足音を頼りに走る、進路上で逃げ惑っているオークたちをシキオウジが殴り飛ばし、おそらく戦意を喪失しているであろうオークたちにも自動小銃で牽制しながら、やはり神殿内に存在していた"門"に全員が飛び込んだ。
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