第15話:結界

「私が結界を張ります、皆さん手伝ってください」


 楠はその辺で拾った鋭利な石を用いて、付近の樹木に何か文字のようなものを刻んでいる。

 その間、原田達は楠の指示で、枯れ枝などを用いて祭壇のような物を作り、そこに鏡を乗せた。儀式で使うような銅鏡ではなく楠の私物の手鏡だ。

 付近を取り囲む樹木に何かを刻み終えた楠が、自身のザックから祓串――白い紙で出来たギザギザが数枚取り付けられた棒、いわゆるお祓い棒を取り出し、リズミカルに振りながら何やら呪文のようなものを唱える。

「トホカミエミタマヘ……」


 どうやら結界を張る儀式は終わったようだ。

 楠曰く、結界内では話してもいいし、火を焚いてもいいそうだ。結界内の音や光は普通に結界の外に漏れるが、悪霊などのアノマリーはそれを検知しても関心を示さなくなるとのこと。おそらく第五層で見かけたような魔法生物の類も同様だと説明された。原生生物などはどうなのか尋ねると、それはわからないとのことなので、見張りは立てる必要がありそうだ。

 野営と言っても、寝袋などの寝具はコンテナと一緒に燃えてしまったので、各々自分がくつろげるスペースに落ち葉や木の枝などを集めて簡易的な寝床を作る。

 よほど疲れていたのであろう、日が完全に落ちる前に楠や数名の隊員たちはすぐに眠りについた。

 原田は今日起こった様々な出来事、特に怪我を負った隊員を消失させてしまったことなどが頭にこびりつき、とてもすぐには眠れそうになかった為、焚火の前に腰を下ろし、揺らめく炎をぼんやりと眺めていた。原田と同様に、矢部、桐生も焚火の前に集まっていた。


 ふと原田は矢部の使役する式神がなぜあのような姿だったのか気になった、事前に基底世界で披露された時は形代の姿のまま動いていたからだ、原田は矢部の体調を気にかけながらも恐る恐る声をかけた。

「矢部さんの式神……すごく強かったですね」

 肝心のシキオウジの容姿にまでは言及できなかった。

 矢部はなぜか照れ臭そうに、式神が何故あそこまで強くなったのか自身の推測を交えて語ってくれた。

「ここは魔力に満ちた環境だと聞いています、基底世界ではその存在を保つだけで精いっぱいだった荒御霊が、ここの魔力に影響を受け本来の力を取り戻したのだと推測しています」

 おそらく比良山が使用してしまったSCP-X1090-JPや原田自身が使用したSCP-X1429-JPの効果が基底世界のものとだいぶかけ離れたものとなっていたのも魔力に満ちた環境による影響だろうと薄々と感じていた。

 原田は、なるほど、と納得しながらもやはりシキオウジの容姿が気になってしまったので、思い切ってその部分にも言及した。

「些細な事だとは思うのですが、シキオウジはなぜあの姿だったんでしょうか、古来の技法にしては……その、現代的というか、むしろ未来寄りの姿でしたよね」

 またも矢部は照れくさそうに答えた。

「古来の陰陽師たちは、式神を鬼神の姿に変え使役したと伝わっています、おそらく当時の人々は強さの象徴として鬼神をイメージしたのでしょう。僕は……鬼神をイメージすることが出来なかった、代わりに無意識的に僕が強いと感じている存在を荒御霊が具現化したのだと、そう解釈しています」

「あー……確かに、今の僕たちは強さの象徴として真っ先に"鬼神"はイメージしませんね。納得です」

 原田はようやく胸のつかえが取れたような気がした。


 続いて原田はコンテナを破壊したドラゴンと思われるアノマリーについて考えた。

 あれは今まで目にしてきたどんなアノマリーよりも強大に思えた、SCP-X1751-JP-Bの本来の姿でも相当な脅威を感じていたがあのドラゴンの前では霞んでしまう、おそらく最新鋭の戦闘機数十機で挑んでようやく相手になるかどうかといった所感だった。ただ、襲ってきたのはあの一体のみだったこと、他のドラゴンだかワイバーンは小型だったこと、原生生物とみられる存在もSCP-X1751-JP-Bと比べるとそこまで脅威的だとは感じなかった、最初のあのドラゴンだけがこの四層においては例外であるように思えた。

 襲ってきた理由は、間違いなくドローンが原因だ。

 ドローンが彼?彼女?の支配領域である空を侵犯した、もしくはレーダー照射されたことを攻撃されたと認識したかのいずれかだろうと原田は推測した。山道に逃げ込んだ一行にさらに魔法を浴びせることもできたはずだがそれをしてこなかったことから自分たちは標的と見なされていないのではないか、あくまでドローンが狙われた結果があれだったと、希望的観測も含めてそう結論付けた。

 そう思案を巡らせていると、見張りに立っていた筧から焚火を消すよう指示される、何かがこちらに向かって接近しているのを感知したようだ。

 焚火を消して息を殺しながら、その正体不明の何かが何事もなく通り過ぎることを祈った。

 筧の報告通り、何かが接近してくる物音が聞こえる……暗闇に目が慣れた頃、それらしき姿がすぐ目の前にいることを感じ取れた、よく目を凝らしてみると迷彩用のギリースーツを着たかのようなモジャモジャした二足歩行型の土くれ、明らかに基底世界にはいないタイプだ。

 そのモジャモジャは一瞬こちらを認識したように思えたが、まるで興味がないかのようにそのまま何事もなく通り過ぎて行った。

 今のが魔法生物の類なのか原生生物の類なのか、いまいち判断は付けられなかったが、楠の結界は機能しているように思えた。筧もその結界の威力に安心できたようで、他の隊員と見張りの交代をすると言ってその場を離れた。

 再び火を起こしても問題ないだろうとは思ったが、特に火がないと困るような状況ではなかった為、火は起こさなかった。辺りが静寂と暗闇に包まれ、しばらくの時間が経過した。

 原田はまだそこにいるであろう桐生に声をかけた。

「桐生博士……楠の結界は機能しているようです、ここにしばらく滞在して救援部隊の到着を待つのもいいかもしれません」

 作戦本部と連絡が取れない現状としては、戦闘以外の意思決定機関は桐生ということになる、原田はそう桐生に進言してみたが、返ってきた返事は、「お前も今は休んでおけ」だった。


 *


 楠の結界のおかげか、特に何事もなく一晩やり過ごすことが出来た。

 木々の隙間から朝日が立ち昇っているのが見える、ダンジョン内でも日が昇るのだ。

 全員が起床したことを確認すると、桐生は自身の元へ集合するよう声をかけ、今後の方針について語り出した。

「作戦本部との通信はもはや不可能だ、救援部隊が派遣されることはまずないだろう、作戦本部は五層までの映像を確認している筈だ、俺が作戦指揮を執る立場だとしてあの光景を見せられたら救援部隊の編成は諦める」

 生き残ったメンバー達も薄々その可能性が高いとは感じていたが、やはり面と向かって宣言されると取り乱してしまう者もいた。

「谷口隊長が天使たちを倒している可能性があります、今からでも撤退すべきではないでしょうか」

 一人の隊員がそう問いかける。

 桐生はピクリとも表情を変えず真顔でこう返答した。

「今の人数と残された装備で五層の回廊を突破することは不可能だ。仮に突破出来たとして、さらに天使たちが全滅していたと仮定してもだ、SCP-X0196-JPに曝露した谷口隊長を無力化できるとは思えない」

 SCP-X0196-JPに曝露した人間は視界に入った生物を見境なく切りつけてくる。その効果が基底世界のままであれば遠距離からの複数同時射撃で対処は出来ただろう、谷口自身もそれを見越した上で抜刀したと思われる。しかしこの世界においてその斬撃は可視化され、まるで魔法のように飛び交う様を何人かが目撃している、視界に入った瞬間に斬撃が飛んでくることは明らかだろう。

 そして桐生はこう続ける。

「まずは生き残ることだけ考えよう、その為にはこのまま地上を目指すのが最善だと思われる。何か意見のあるものはいるか? いなければすぐに出発する」

 桐生らしくない物言いだなと、原田は思った。

 ダンジョンのセオリーを考えれば、より浅層を目指した方が生存率は上がる、SCP-X1751-JP-Aの証言通りなら地上は安全らしいので、当然生き延びることを優先的に考えれば地上を目指すのが最善だ、しかし無事に基底世界へ帰還することを考えるとなると話がややこしくなる。現状考えられる帰還方法はもはや現地に存在すると推測される勢力に協力を仰ぐしかない、はたして協力を得られるのか、仮に協力を得られたとして財団がそれを許容するかが問題だ、財団は基底世界に危険が及ぶ可能性、つまり異世界の武装勢力に介入されるくらいなら数名の職員の命など簡単に切り捨てる、桐生博士もそれを理解しているからこそ帰還方法については言及しなかったのだと思われる。

 だがあくまで現状考えられる手段がそうであるだけで、地上に出ればまた別の帰還方法が存在するかもしれない。原田はそう思い、桐生が言うようにまずは生き延びることだけを考えることにした。

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