第13話:鬼神

 神殿内は地対空ミサイルによる爆炎の煙が充満している。

 だが咆哮は続いている、まだSCP-X1751-JP-Bは生きている、最初に対戦車ミサイルを発射したと思われる四人がコンテナに走っているのが見える。まだ戦闘は終わっていない。

 徐々に煙が霧散していくと被弾したSCP-X1751-JP-Bの姿が確認できた。腹部が焦げ、皮膚がクレーター状に爛れているが致命傷とはいえない浅さだ、やはり地対空ミサイルでは対戦車ミサイルのように、装甲のような皮膚を持つSCP-X1751-JP-Bの肉体を粉砕しきれないようだ。

 ただ今しがた地対空ミサイルでやってのけたように時間差で対戦車ミサイルを打ち込めば倒せるはずだ、やっとこの状況に希望が見え始めたと原田が思った瞬間、SCP-X1751-JP-Bは翼を羽ばたかせ猛スピードでこちらに――研究班に向かって突進してきた。

 翼があるからとかそういう次元ではない、おそらくあれも魔法の類だ、あの翼でこの加速が出せるはずがない、物理法則を完全に無視した動きだ。

 途中、SCP-X1751-JP-Bの動線上に立ち塞がった機動部隊員が吹き飛ばされたが、勢いは衰えず、そのまま研究班に到達しようとしている。

(これは避けられない……!)

 原田がギュッと目を閉じ、初めて味わう死という衝撃に備えていると、何かが激しくぶつかる音がした。

 恐る恐る目を開きその音の主を確認すると、白くて巨大な何かがSCP-X1751-JP-Bの突進を受け止めていたことが分かる。

(なんだ! これは!?)

 そう思った瞬間、隣にいた矢部が”信じられない”といった表情をしながらこうつぶやいているのが聞こえた。

「鬼神……シキオウジ……」

 シキ…何だ? 式神か? 矢部がこれを召喚、いや作り出したのか? その割には本人が一番動揺しているようだが、原田はどうやらこいつのおかげで救われたらしいことは理解した。

 シキオウジと呼ばれたそれはSCP-X1751-JP-Bを激しく殴りつけ完全に圧倒しているように見える、その姿はまさに鬼神が如く……いやどう見てもガ〇ダムだ。

 シキオウジがSCP-X1751-JP-Bの両腕を挟み込み羽交い絞めにしていると、力では敵わないと見たのかSCP-X1751-JP-Bが魔法陣を展開した、両腕は動かせないはずだ、どのように魔法を繰り出すのかと唖然としながら観察していると、SCP-X1751-JP-Bが口を大きく開き、光る球状の粒子がそこに収束しているのがわかる。

 まずい、おそらく高エネルギーの何かを口から放射しようとしている、当然ながらシキオウジは護符を持っていないだろう、殺られる!

 万事休すかと思われたその瞬間、SCP-X1751-JP-Bの背後から数発のミサイル発射音が鳴り響く。ミサイルは迎撃されることなく全弾命中し、SCP-X1751-JP-Bの胴体を半分ほど吹き飛ばした、その爆発の衝撃はやはりシキオウジによって防がれた。

 SCP-X1751-JP-Bは断末魔の叫びをあげるが如く、高エネルギーの塊と思われる光線を天井に向けて放出しながら、塵となって蒸発した。


 倒した……その場にいる全員が満身創痍である。


 原田はふとSCP-X1751-JP-Aの言葉を思い出した。

『この世界は私が居た世界ほど魔力に満ちていない』

 ここでいう、この世界とは基底世界の事だ、今自分が立っているこの場所はSCP-X1751-JP内世界、つまり魔力に満ちた異世界だ。

 今倒したSCP-X1751-JP-Bはもしかしたら特別な個体なのではなく、綾戸村に現れたソレと同種のものではないだろうか?

 綾戸村は魔力に満ちていない世界だ、魔法の発動に魔力が関係しているのだとすれば、あの時のSCP-X1751-JP-Bは魔法を使いたくても使えない状態だったのではないだろうか、今倒したSCP-X1751-JP-Bが本来のSCP-X1751-JP-Bだったのではないだろうか、そう考えるとクラウスはこれを二十数体あまり召喚し基底世界に送り込んだ……その殺意の高さにぞっとしてしまう。

 原田はそう思いながら、SCP-X1751-JP-Bが蒸発した跡に出現した魔石を回収した。


 *


「総員直ちに撤退してください! これは作戦本部の――田所管理官の命令です!」


 如月の叫び声が、インカムを通じて頭に響いた。

 原田はハッと我に返り、辺りを見渡す、二名の機動部隊員が倒れている、先ほどのSCP-X1751-JP-Bの突進に巻き込まれた二人だと思われる。


「待ってくれ! 重傷者がいる、急いで手当てしないと命に係わる! それと命を落とした隊員の遺体を回収させてくれ!」

 桐生博士が衝撃の事実を口にした、この戦闘で死者が出たのだ。


 しばらく沈黙が続く、おそらく作戦本部で如月と田所管理官が話し合っている。


「五分で完了させてください」


 如月の言葉を合図に皆が慌ただしく動き始める。

「原田、"修復タイマー"を使え、まだ三十分経っていないはずだ」

 桐生が原田にそう呼びかける。

 原田はSCP-X1429-JP"修復タイマー"を手に持ち重傷者の元へ走った。

 SCP-X1429-JPは三十分以内の物体の破損を修復できるアノマリーだ、もちろん生体にも適用可能だ、正確には"修復"しているのではなく物体の状態を三十分以内の任意の状態と置換する効果と推測されている。死んだ者は生き返らない、一度使うと二十四時間使用不能になる等、制約はあるが今のような状況では大いに役に立つ。


 吹き飛ばされた時、同時に爪で腹部を抉られたのであろう、出血がひどい。

 傷を負った隊員は片手で腹部を抑えながら、虚ろな目をして何かを懇願している。大丈夫だ、すぐに治してやる。

「こちら原田、重傷を負った機動部隊員にSCP-X1429-JPを使用します」

 作戦本部から応答はない、だが事前に緊急時の使用許可は得ているので応答を待つ必要はない。SCP-X1429-JPのダイヤルを30に合わせ、対象に押し当てる、そして強制的にダイヤルを0にすれば対象が傷を負う前の体に戻る、事前に何度も確認した使用方法だ。速やかに実行する。


 対象が装備ごと消失した。


「な……」

 頭が真っ白になる。

 使用方法を間違えた? いやそんな筈はない、あんな単純な手順、間違えようがない。インカムで如月が何か喚いている、うるさい、それどころじゃない、効果が変化している? 隊員はどこに消えた? 魔力が満ちているという環境が影響しているのか? 

「比良山! 原田の頬を引っ叩け!」

 桐生がそんなことを言っている。

(俺は何を間違えた? どうしてこうなった? 比良山……お前はこの現象を……)

 比良山が目の前に立つ、原田は叩かれるのを覚悟したが、何故か泣きながら肩を揺さぶってくるだけだった。

「総員!回廊側に後退しろ! 楠!全員に護符は配ったか?」

 回廊側? 谷口は何を……!

 原田はようやく事態を把握した。調査団全員が未確認の、矢部の式神……シキオウジに翼を生やした感じのアノマリーに半円上に囲まれていた、それもおびただしい数の。

「天井付近、複数体の有翼人型実体が魔法陣を展開しています!」

 如月の言葉に反応し、原田は天井付近に目を向ける。

(有翼の人型実体……あれは天使か!?) 

 周囲を取り囲んでいた式神型アノマリーが槍を構え、翼を広げこちらに突撃してくる、と同時に天井付近の天使達の魔法陣から、先ほどのSCP-X1751-JP-Bが死に際に放った光線と似たようなものが解き放たれた。

「走れ!」

 谷口が叫ぶ、既に光線は到達し楠の護符があちこちで燃え始めた。

 シキオウジが回廊付近の式神型アノマリーを殴り、投げ飛ばし、機動部隊が自動小銃を掃射しながら退路を確保する。幸い回廊側の式神型アノマリーの数は少ないが、迫ってくる式神型アノマリーの数が尋常ではない、百体は軽く超えると思われる。

「完全に囲まれる前に全員回廊へ逃げ込め! 絶対に包囲されるなよ!」

 谷口が殿になる形でコンテナを含めて回廊へ到達する。機動部隊が谷口を避ける形で対戦車ミサイルと地対空ミサイルを打ちまくり式神型アノマリーを派手に吹き飛ばしているが、それでも追手が次々湧きだすように押し寄せてきて”焼け石に水”状態だ。そこに天井付近から天使たちが光線を散発的に放ち、護符を補充した隊員がなんとかそれを凌ぐ。

「俺が囮になる、楠! 護符を……ありったけ俺に預けてくれ!」

「こ、これで全部です!」

 楠が谷口に護符の束を渡す、そして谷口は皆に回廊を進むよう促しこう呟いた。

「すまねぇ、皆、四層まで退避しろ、ここにいるよりはだいぶマシなはずだ、後の処理は……任せる」

 そう言うと、谷口は腰に差した"妖刀"の鞘と鍔を挟むように貼られていた封印符を指で破いた。


「SCP-X0196-JP、抜刀!」


 谷口の言葉を合図に、全員が回廊の奥へ走る。

 原田は谷口の様子が気になり時折、後ろを振り返る。谷口が刀を振るうとそのが直線状に放たれ式神型アノマリーを次々と両断していく様が

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