第二章:異世界調査

第12話:上位悪魔《グレーターデーモン》

 SCP-X1751-JP内空間、例の白い部屋だ。部屋と言っても天井・床・壁面が同色で分かりづらく、どの程度の広さがあるのか見当が付かない。探査用ドローンでレーダーを飛ばしながら測量すれば実際の広さは分かると思うが、ここにはクラウスしか居ないことが判明しているので、測量する意義はあまりない。まずは基底世界との通信手段を確立することが先決だ。

 SCP-X1751-JPそのものである"門"は電波を遮断してしまうが有線ケーブルであれば通信可能な事も先の調査で判明している。その為、取られる手段は"門”を挟んで基底世界側と異世界側に中継用アンテナを設置し"門”の間をケーブルで繋ぐ、これで理論上は異世界と基底世界間で通信を行うことが出来るはずだ。


「こちら原田、SCP-X1751-JP内空間にアンテナを設置しました。作戦本部、応答願います」

「こちら作戦本部、通信状態は良好です」

 作戦本部のオペレーターは如月が担当しているようだ。

「現在資材運搬用コンテナを搬入中、搬入後直ちに第五層を目指します」

「了解。ダンジョン内では未確認のアノマリーに遭遇することが予想されます、なるべく戦闘は避け、速やかに地上を目指してください。対処不能、または死傷者が出た際は直ちに作戦を中断し撤退してください」

 如月が作戦本部の方針を伝えてくる、事前の打合せ通りだ。

「了解しました」


 ひとまず通信環境は確保できたが、クラウスによると現在地はダンジョン第六層、奥の方にさらに第五層に繋がるとされるSCP-X1751-JPと同じような"門"が見える、おそらく再度そこをケーブルでまたぐ形でアンテナの設置が必要になる。

 現在搬入中の運搬用コンテナは、"門"を若干余裕をもって通れ、且つなるべく小回りが利く様に立方体の小型コンテナだ。だが容積はなかなか広く、中継用アンテナ以外にも地上で使う各種実験・研究用資材、各種バッテリー、二週間分の水・食料、機動部隊の武器弾薬、医療品、寝袋等を搭載しても、ややスペースが余る程で、いざとなれば二~三人が避難出来るシェルターとしても使える。

 移動手段は四足型運搬ロボット二機に搭載して運ぶ、任意の調査団メンバーを追尾するように設定してある。コンテナが歩く姿は獅子舞のそれに近い姿で、いささか滑稽ではあるが段差が多いと予想される場所ではこの方法が最良だろう。


 どうやらコンテナの搬入が終わったようだ、研究班と機動部隊で分かれてそれぞれ作戦内容の再確認を行っている……といっても、研究班も一応機動部隊の標準装備を身に着けているのでパッと見ただけでは区別がつかない、そこで研究班は腕に腕章を付けることで区別が付くようにしていた。

 作戦内容の再確認もここに来る前に散々やってきたのですぐ終える。そこに、谷口が隊員の一人――おそらく女性隊員を連れてこちらにやってきた。


「俺たちはあんたらの盾だ、十人いる隊員一人一人を覚える必要はねぇが……こいつだけは紹介しておく、副隊長の筧だ、俺にもしものことがあったら戦闘指示はこいつが行う」

 そういう谷口の腰には例の"妖刀"が差してある。

「筧です、よろしくお願いします」

 筧はバイザーを上げ研究班全員に顔を見せ挨拶した。筧の装備を確認すると、機動部隊標準装備の自動小銃は身につけているが他の隊員のように携帯型対戦車誘導ミサイルや地対空誘導ミサイルを装備していない、女性隊員だから……てことではなさそうだ、両脇に短刀のようなものを装備している、おそらく近接戦闘特化タイプだ。全身黒っぽい戦闘服も相まってさながら忍者である。


 挨拶を終え、谷口と筧が機動部隊に合流しに戻るところに何故か楠も追いかけるように付いていった。観察していると機動部隊員全員に何かを渡しているようだ。

 楠が戻ってきたので、何をしていたのか聞いてみると"御守り"を渡してきたとのことだ。

「皆さんの分もありますよ」

 楠に何か紙を渡された、見ると護符のようだ。楠の護符は基底世界においても悪霊の類いを寄せ付けない、どころか低級霊とされる存在であれば消滅させてしまう程の効果を持っている、あきらかに普通の護符とは違う強力なものだ、それ故、この調査団のメンバーに選ばれた。

 ありがたく頂戴する。


 一通り準備が出来たことを確認し、いざ第五層へ! といったところに遠くで調査団を観察していたクラウスが近くまでやってきた。

「地上へ向かうにはやはり道案内が必要でしょう」

 クラウスも同行するのかと思いきやそうではないようだ。

 クラウスは空中に手をかざし、何かつぶやいたと思ったら魔法陣のような、というか魔法陣が浮かび上がり、おそらくプラズマによる球電現象を発生させた。

 クラウスも何かしら魔法を使うとは予測していたが、いざ見せられるとやはり身構えてしまう。

「ウィル・オー・ウィスプ、この者たちを地上までご案内しなさい」

 球電現象と思われたそれはどうやらウィル・オー・ウィスプという魔法生物の一種であるようで、クラウスの言葉通り我々を先導するかのようにプカプカと浮かんでいる。

「それでは皆様、道中お気をつけて」

 クラウスが浅めのお辞儀をして、去っていった。


 *


 "門"を通過し第五層へ踏み込むと、そこは神殿のような作りになっていた、かなり広い。アノマリーの姿は……確認できない。床の中央辺りに魔法陣が描いてある、何かしらの仕掛けがしてある可能性が高いので近づかない。

 やはり本部と通信が出来ないので、中継用アンテナの設置を急ぐ。

 矢部と比良山がコンテナにアンテナを取りに走り、桐生博士は……何かブツブツ呟いている、おそらくインカムを通して探索状況を録音している。


「こちら原田、第五層とみられる空間へ到達しました。作戦本部、応答願います」

「こちら作戦本部、通信状態は良好です。通信途絶中、何か異常はありましたか?」

「特に異常はありませんでした、映像確認できますか?」

 作戦本部では任意の調査団メンバーが装備している胸部カメラの映像をリアルタイムで確認できる。

「神殿のような場所ですね……分かってると思いますがあの魔法陣には近づかないように通過してください」

「了解」

 通信状況を確認し、先へ進む。魔法陣の奥にやや広めの回廊が見える、全員、壁際に移動し魔法陣を迂回しながら回廊を目指すつもりで歩を進めていると、クラウスが召喚したウィル・オー・ウィスプが中央の魔法陣を通過しようとしているのが見えた。

(まずい! あれは最短距離を行こうとしている!)

 あの魔法陣の仕掛けが音に反応するタイプであればさらにまずい状況になるが、緊急事態なのでこう叫ばざるを得なかった。

「ウィル・オー・ウィスプ! 戻れ! 魔法陣を迂回しろ!」

 ウィル・オー・ウィスプに反応はない、そのまま魔法陣を突っ切ろうとしている、どうやらあの魔法生物は我々とコミュニケーションを取れるような存在ではなさそうだ。あくまで召喚者の命令を忠実に遂行する機械のようなものだと理解した。

 その場にいた全員に緊張が走る。


 だがウィル・オー・ウィスプはあっけなく魔法陣を通過し、回廊の手前で調査団の到着を待つかのようにプカプカ浮かんでいる。


 どういうことだ? あの魔法陣は魔法生物には反応しないのか? そもそも仕掛け自体が存在しない可能性も……。

 皆、原田と同じことを考えてるようで、顔を見合わせながら困惑しているように見える。


「このまま魔法陣を迂回しながら回廊へ向かう、警戒は怠るなよ」

 桐生がインカムを通じて全員に指示を出した。

 作戦本部にも通信は届いている筈だが特に指示は飛んで来ない、ここは桐生の指示通り慎重に回廊に向かって歩くことにした。


 途端、魔法陣が光った!

 どうやら人間に反応するタイプの仕掛けのようだ、壁伝いのこの距離で反応するのであれば、どうやっても仕掛けの発動は不可避だったのだと思いしらされた。

 魔法陣から何かが競り上がってくる――SCP-X1751-JP-Bだ。

「こちら谷口、これより戦闘態勢に入る。対戦車誘導ミサイル用意!ロックオン出来次第発射しろ!」

 谷口がインカムで機動部隊に指示を出した、機動部隊が所持している対戦車誘導ミサイルは4基、そのすべてがSCP-X1751-JP-Bに向けられそして一斉に発射された。

 綾戸村に現れたSCP-X1751-JP-Bはこの方法で殲滅できた、今回も大丈夫だ。原田はそう確信した、が。

 発射されたミサイルはSCP-X1751-JP-Bに届く前に全て暴発した。

 機動部隊員らが動揺する、原田はミサイルが暴発する直前、SCP-X1751-JP-Bの眼前に魔法陣が出現したのを確認した。

 同時に原田はクラウスがウィル・オー・ウィスプを召喚した時も魔法陣が出現していたことを思い出した、どうやらこの世界では魔法発動時に魔法陣が出現する仕組みになっているらしい。

「この個体は魔法を使います! 綾戸村とは別物です!」

 原田はそう叫んだが、そもそも魔法の原理を解明することがこの調査の主目的の一つだ、魔法の対処など出来ようもないのだ、そうこう考えてるうちにSCP-X1751-JP-Bがまた魔法陣を展開した。

「撤退してください!」

 作戦本部の如月が叫んだ、それに合わせるように谷口の指示が飛ぶ。

「総員退避! 一か所に留まるな! 散開しろ!」

 しかしもう遅かった、SCP-X1751-JP-Bが薙ぎ払うように腕を振ると同時に、巨大な火球が高速で射出されたと思った瞬間、数名の機動部隊員がそれに飲み込まれた。

 誰もがアレは助からないと認識し、一斉に第六層へ繋がる門を目指して引き返そうとしたが、SCP-X1751-JP-Bが翼を広げ飛翔し、そして門への導線上に立ち塞がった。

 SCP-X1751-JP-Bの翼は機能しないものと誰もが思っていた、実際に基底世界では飛翔した個体は確認されていなかったからだ。

 その場にいる全員の感情が諦めや恐怖へと染まって行く中、唐突に全体通信が入った。

「楠さんの護符が燃えました!」

 作戦本部の如月を含め全員が、いやこの通信の発信者以外がその言葉を理解できなかった。

 原田はハッとして、火球に飲み込まれたと思われる機動部隊員に目を向ける。

 無傷だった。

 続けざまに通信が入る。


「楠さんの護符が燃えて……魔法が消えました!」


 谷口の理解は早かった。

「倉田、溝口、堀川、長谷部の順で地対空ミサイル発射。楠、護符はあと何枚だ?」

 楠はパニックを起こしかけていたが"護符"というワードに即座に反応した。

「ひゃ、百枚ほど!」

「対戦車ミサイルを撃った四名は次弾装填準備! 護符が燃えた者は楠から補充しろ」

 谷口はそう続けざまに指示を出し、自身は筧と共に自動小銃でSCP-X1751-JP-Bを牽制する。

 一発ずつ間隔をあけて計四発の地対空ミサイルの発射音が神殿に鳴り響く。

 SCP-X1751-JP-Bは魔法陣を展開して、火球を連射しそれらを迎撃するが三発目を迎撃したと同時に四発目が命中、神殿には聞き覚えのある咆哮がこだましていた。

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