第14話:敗走

 谷口隊長を神殿に残し、調査団は回廊の奥へ走った。

 回廊の奥はぎりぎりコンテナが通過できる程の道幅だが入り組んでおり、まさに迷宮といった佇まいだ。天使及び仮称式神型アノマリーの群れに追い込まれる形で逃げ込んではみたものの、やはり安全地帯とは言い難く、ここでも未確認のアノマリーを多数確認した。本来であれば道に迷わされ、アノマリーとの戦闘を余儀なくされるされる場所であると推測されるが、幸いウィル・オー・ウィスプのおかげで道に迷うことはなく、また道が入り組んでいるため遠くに確認できるアノマリーであれば無視して先に進むことで戦闘を回避できる、戦闘になるケースとしては出会い頭に遭遇した場合だ、だがその場合でも先頭に配置したシキオウジが、すかさず一撃を入れ、自動小銃の掃射で牽制しながらさっさと先に進む、無理して倒す必要もないのだ、その代わりこの戦法は常に走り続けている必要があるため作戦本部と通信を行っている余裕がない。


「総員、手持ちの護符の枚数を申告しろ」

 谷口が離脱した為、副隊長の筧が戦闘指揮を執っている。

 極力戦闘を避けて進んではいるがそれでも散発的に回廊の分岐点や後方から追ってくるアノマリーから魔法攻撃を受ける。護符のストックは全て谷口に渡してしまっているので、常にその枚数を把握しておく必要がある。現在手持ちの護符は全員合わせて六枚だった、非常に心もとない。


 ふと気付くと、一行は見通しの良い一本道を駆けていた、遥か前方にT字路が見え、その手前に魔法陣を展開しているアノマリーが見える。この回廊に踏み入ってからよく見かけるタイプのやつだ。見た目はSCP-X1751-JP-Bの色違いでSCP-X1751-JP-Bが青っぽい体色をしていたのに対してこいつは赤っぽい体色だ、そして体型がややスリム、使用してくる魔法は火球を高速で放ってくるやつだ、おそらくこの世界ではポピュラーな攻撃魔法なのかもしれない。

 直線上に待ち構えているので戦闘は回避できそうにない。念のため護符を持った隊員が先頭に立ち、両サイドから対戦車ミサイルを時間差で二発発射する、一発目は迎撃されるが二発目で大体沈む。

 SCP-X1751-JP-Bが上位悪魔ならさしずめこいつは下位悪魔といったところか、あまり強くない。

 だが立ち止まっていると後から追いかけてくる別のアノマリーに追いつかれるので手早くT字路をウィル・オー・ウィスプが示す方へ曲がる。

 道を曲がると巨大な骸骨がこんにちはしてくる、こいつも出会い頭によく遭遇するタイプのアノマリーだ、体全体が人間の骨で組み立てられたムカデのような姿をしているがサイズがデカいので本物の人間の骨ではなさそうだ、この仮称ムカデ骸骨も魔法陣を展開してくるが、まだその魔法が放たれた瞬間を目撃していない、大体出合い頭にシキオウジに顔面を殴られてバラバラになるからだ、厄介なのはバラバラになった骨がゆらゆらと浮かび上がり数秒で元の姿に戻ること。おそらく、まともに倒そうとすると苦戦が予想されるが、バラバラになっている間は攻撃してこないので、そのまま全員で踏みつけながら先に進む、全員通過し終わったらダメ押しで対戦車ミサイルを打ち込んで再度バラバラにしてそのまま置き去りにする。ミサイルを打った隊員は随時コンテナに乗り込み、次弾を装填して隊列に戻る。それを何回繰り返しただろうか、ようやく回廊はやや広めの空間で行き止まった。


 最初のものほど広さはないが、やはりここも神殿のような作りをしていて、奥に第四層へ繋がるであろう"門"が見えた、しかし"門"の前には道中遭遇したものと同種と思われる仮称下位悪魔と仮称ムカデ骸骨が数体たむろしている。

 ここまで生き残った機動部隊員が筧も含めて全員対戦車ミサイルなり地対空ミサイルを構え、そしてそれぞれの標的に時間差で数発ずつ打ち込んでいく、爆炎による煙が周囲に立ち込める中、飛び出してきた仮称ムカデ骸骨をシキオウジがバックドロップさながらに後方へぶん投げる。やはり倒しきれなかったであろう数体のアノマリーから魔法が放たれる、矢部と桐生が護符を使ってそれらを無効化し、まだ煙が完全に晴れない中、全員で自動小銃を煙に向かって掃射しながら次々と"門"へ飛び込んでいく。

 原田は一応、作戦本部に手短に四層へ突入することを告げ、そして自身も手早く"門"へ飛び込んだ。

 作戦本部からの応答を待っている余裕はなかった。


 *


 一行は第四層に到達したと思われたが、そこは野外だった。

 "門"は、やはり神殿のような建物に配置されていたがずいぶん簡素なものに変わっている。

 神殿の周りは少し開けた場所になっているが周囲には山林が広がっており、空も見える、そしてウィル・オー・ウィスプは山道の入り口と思われる場所にプカプカ浮いている。

 全員が息を切らしながら状況を理解しようと努力している、だが真っ先に考えたことは"少し休みたい"だった。

 幸い周囲にアノマリーの姿は見当たらない、五層のアノマリーが追ってくる様子もない。各々がコンテナに乗り込み弾薬の補給や水分補給、携帯食料を持ち出して齧ったりしている。


「原田、ドローンで周囲を探索しろ」

 桐生がへたり込みながらも原田に指示を出した、まだ作戦本部との通信環境は構築されていない、原田は大人しく桐生の指示に従い、コンテナから探査用ドローンを持ち出し空中へ飛ばした。

 タブレット端末を操作しながらレーダーで周囲を探る。

「上空2000m付近……天井があります、壁面は……広すぎて探知できません」

 全員が空を見上げた。目視では天井を確認できないがどうやらここはまだダンジョン第四層ということで間違いないようだ。

「比良山、通信環境の構築は終わったか」

 桐生が比良山に声をかけたので、原田もつられて比良山の方を見る。

 様子がおかしい、ヘルメットを脱いだ状態で、何かぶつぶつ呟いている。

 まずい! 原田は直感的にそう思った。

 そういえば比良山は天使の集団に囲まれていた時から様子がおかしかった、第五層の強行軍を経て比良山の精神が限界に達しているであろうことがうかがえた、そして比良山の手にはSCP-X1090-JP"天狗の面"が握られている。

「やめろ! 比良山!」

 原田は自身がSCP-X1429-JPを使用して重傷を負った機動部隊員を消滅させてしまった事を瞬時に思い出してさらにこう叫んだ。

「使うな! 比良山! ここの環境では基底世界と違う効果出る可能性が高い!」

 原田の叫びは比良山に届いていないようだった。

「……僕は……まだ死にたくない……まだやり残した研究が……」

 比良山はそう呟くと、SCP-X1090-JPを装着した。

「桐生博士! パージ装置を! 早く!」

 桐生は慌てて、自分のザックをまさぐり始めた、その間、比良山の体は痙攣し声にならない苦しそうな声を漏らし始める。

「桐生博士!」

 原田が桐生にパージ装置の起動を急ぐよう必死に叫ぶも――

「だめだ……紐は切れている」

 桐生がパージ装置のリモコンを手にうなだれる。

 紐は――確かに切れ、地面に落ちているのが確認できる。それはパージ装置が正常に動作したことを物語っている、が、比良山の異変が収まらない。

 天狗の面は比良山の顔の皮膚と融合し、服装も山伏風のそれに変化していく。

 そして比良山の背中から猛禽類のそれと酷似した巨大な翼が生え、大きな音を立ててはためいた。

 傍から見ても比良山は気が触れてしまったと思われるような笑い声を大声で発しながら、生えた翼を大きく羽ばたかせ、そのまま上空へ飛び去ってしまった。

 本来であればすぐさま比良山を追うべきなのだが、誰もその場を動こうとしない。ただ茫然とその光景を眺め、飛んでいく比良山を目で追うことだけで精いっぱいだった。

 たまたま、比良山がSCP-X1090-JPを所持していただけで、もしそれを所持していたのが自分だったら、飛び立っていたのは自分だったかもしれないと、その場にいる多くの者がそう考えていた。


 比良山が飛び去ってから数分後、空から何かの破片がパラパラと落下してきた、幸いそれにぶつかった者はいなかったが、落ちてきた破片を見ると、ところどころ見覚えのあるパーツがあることに気が付いた。

(ドローンの部品……)

 原田、他全員がまた上空に目を向けると巨大な何かがゆっくり旋回しているのが見えた。

(あれは……竜! ドラゴンだ!)

 誰もがファンタジー作品などで目にするドラゴンの姿だった、何故基底世界の想像上の生物の姿そのままなのか疑問に思う前に、皆が慌てふためいた。ドラゴンがこちらへ向け急降下の姿勢を見せたかと思うと、同時に魔法陣を六つ展開しているのが確認できたからだ。

 手持ちの護符は四枚、防ぎきれない!

「総員、山道方向へ退避!」

 筧が叫ぶ、一斉に全員が山道の方へ走る。

 急降下してくるドラゴンは想像以上に巨大だった、まるでB-29戦略爆撃機が急降下爆撃するが如く六つの火球を放ち、火球を放ち終えるとすぐに上空へと舞い戻った。

 火球が次々と地面に着弾していく、その衝撃は凄まじく、轟音と共に地面を抉り土煙をまき散らす、そして運悪く火球の一つがコンテナを貫いた。

 弾薬を満載していたコンテナは瞬時に大爆発を起こした。爆炎はさっきまで調査団一行がくつろいでいた場所を一瞬で覆いつくし、爆風は木々をなぎ倒しながら山道方面へ逃げた者たちにも襲い掛かった。

 一行を最後尾で守るようにシキオウジが立ち塞がる、コンテナに積載していた資材や運搬ロボットの破片を含んだ爆炎爆風をその身に受け、ズタズタに切り裂かれそして炎上。シキオウジを操る矢部が苦悶の表情を見せ呻きながら倒れ、シキオウジは形代の姿へと変化しそのまま燃え尽きた。


 コンテナ周辺は未だ炎上、積載した食料の燃える臭いに反応したのか、先ほどのものとは別種とみられる小型のドラゴンが……ファンタジー作品風に言うならワイバーンだろうか、周辺を飛び回っていた。

 難を逃れた一行はワイバーンに気付かれないよう慎重に後退、倒れた矢部は原田が背負った。

 コンテナからある程度離れた所で筧が点呼をとる、機動部隊員三名が行方不明だ、おそらく爆発に巻き込まれた。

 矢部が目を覚ましたので、ドラゴンの爆撃前に確保していたペットボトルの水を飲ませて介抱する。

 まだ息は荒いが命に別状はなさそうだ、原田は矢部を気遣いながらもシキオウジがどうなったのか不安を隠せないでいた、ここまで生き延びられたのはシキオウジの存在に依るところが大きかったからだ。

「矢部さん、話せますか? シキオウジは……死んだんでしょうか?」

 矢部は苦悶の表情を見せながらも、原田の問いに答えた。

「いえ……かなりダメージを受けましたが……致命傷になる前に形代に戻しました……僕の調子が戻れば、また呼び出せるでしょう」

 問いかけた原田はもちろんその場にいた他のメンバーも胸を撫でおろした。


 一行は矢部が歩けることを確認すると、さらにコンテナ周辺から離れるように山道を進んだ、炎が収まっていくにつれ、ワイバーンの他にもアノマリー……と言っていいのかわからないがこの山林の原生生物とみられる存在が集まってきたからだ。

 山道を進みながら、桐生がインカムを通じて録音しているであろう現状報告が聞こえてくる。

「現在生存者は研究班四名、機動部隊四名、第四層にてコンテナを喪失、護符二枚喪失、矢部の式神はしばらく使役不能、絶望的な状況だ……」

 皆、黙り込み黙々と山道を進む、幸い原生生物の類はコンテナの周辺に集まっているのか、日が暮れかける現在まで遭遇していない。

 ダンジョン内部であるにも関らず日が暮れるのだ、一体どういう仕組みなのだろう……原田がそんなことを考えていると、楠が少し上ずった声でこう切り出した。


「日が暮れた状態での登山は危険です、それに……私も含めて皆さん疲労が限界です、この辺りで野営しましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る