第8話:二通の報告書
今、如月の目の前には二通の報告書がある。
一つは先日の生体サンプルに関する報告書、もう一方は無人探査機によるSCP-X1751-JP内部の調査報告書。どうしても上の連中は異世界を調査したいようだ……。
とりあえず、生体サンプルの報告書から目を通すことにする。
分析結果として組成的には六割が水、一割ほどの脂質、残り三割が未知の元素を含んだ化合物。皮膚、筋組織、骨、血管、神経など人間と似た構成が確認出来たが血液がない、血液が循環していたであろう形成もない、血管も神経も存在しているだけでその役割を果たしていない、あくまでそれらに似た形状をしている未知の化合物の集合体とのことだ。細胞も細胞の形をしているだけで代謝といった生物の基幹機能を有していない、そもそも細胞核に遺伝情報が含まれていない。この世界の生物の定義からするとSCP-X1751-JP-Aは生物ではないことになってしまうので頭を抱えてしまう。
(うん、異常存在だからしょうがない。良く知らないがたぶん宇宙人とかもそんな感じだと思う!)
体組織の破壊実験結果も添付されているのでそちらにも目を通す。
燃焼実験や凍結実験、薬品に付けてみたり放射線に晒してみたり……いろいろ試してはいるがそれらの項目は殆どが×印、燃えない凍らない腐らない……こいつに弱点はないのか、と絶望しかけたところにいくつか△印を発見する、切断、減圧、加圧の項目が△だ、それらの項目を詳しく読んでみる。
SCP-X1751-JP-Aの右腕から切り取った体組織を減圧器に入れ密封し、急激な減圧を起こすと崩壊し消失した、とある。加圧の場合も同様の結果が得られたようだ。これでいいんじゃないだろうか、何故△なのかさらに目を通していくと、消失後SCP-X1751-JP-Aの右腕の切除痕が再生するとある。つまり切り分けることは出来るが切り分けた部位を何らかの方法で破壊すると、消失後、元の右腕に戻るということらしい……おかしい、百歩譲って再生するのは良しとしよう、なぜ右腕に戻るのか、普通に考えてSCP-X1751-JP-A本体に戻るのが筋だ、この挙動はあたかも右腕が初めから右腕単体として存在していたかのようなふるまいだ……ちなみにSCP-X1751-JP-A本体は右腕が半分くらい再生している、まだちぎられた方の右腕は現存しているにもかかわらず。
再生の法則性が分らない……いや、なんとなくわかった気はする。たぶん、ちぎられた右腕はちぎられた時点でSCP-X1751-JP-Aとは別の"そういう"個体になったと考えると一応の説明がつく。右腕がちぎられた状態のままそれ以上再生しないことも理由の一つだが証明しようとすると、かなり骨が折れそうだ、研究員が切り取った部位はまた別個体になったのか? とか不明な点も多い、とりあえずここは右腕から体が生えてこなかっただけマシだと思ってそれは一旦棚上げすることにした。
大事なことは、万が一SCP-X1751-JP-Aが人類に牙をむいた時、我々に対抗する手段があるかどうかということ、報告書には一応の終了手段、終了とはいかないまでも一時的に無力化できる可能性が記されている、例の触れたものを消失させる魔法が発動されていると仮定するならば極度の減圧もしくは加圧空間に放り込む、辺りが有効手段として採用できそうだ。分析班は頑張ってくれたと思う。
さて、もう一方のSCP-X1751-JP内部調査報告書にも目を通すことにする。
正直なところ如月個人としては異世界なんてどうでもいいと思っている、門自体が異世界人も到達困難な場所にあるらしいので、放っておいて問題ないと思うのだが、桐生博士曰く「証言内容の裏付けが必要」とのことで、さすがにそれを止める権限は如月にはない。
・無人探査機によるSCP-X1751-JP内部の調査。
一回目:探査用ドローンをSCP-X1751-JP内部へ侵入させる。
侵入直後に信号途絶、数秒後、破壊された状態でSCP-X1751-JP内部から放り出される。
二回目:探査用ドローンを有線仕様に変更後、SCP-X1751-JP内部へ侵入させる。
天地不明の白い空間の映像がモニターに表示される、数秒後に信号途絶、破壊された状態でSCP-X1751-JP内部から放り出される。
三回目:有線仕様探査用ドローンをSCP-X1751-JP内部へ侵入させる。
天地不明の白い空間の映像がモニターに表示された瞬間に全方位レーダー照射。天井、壁面、床の存在とカメラの死角付近に人型実体と思われる存在を確認。数秒後に信号途絶、破壊された状態でSCP-X1751-JP内部から放り出される。
以上。
短い……
この報告書から分かることは、SCP-X1751-JP内とは電波による通信が出来ないこと、内部が人工的に作られた空間であること、そしてドローンをいちいち破壊して外に放り出す人型実体がいることだ。
この人型実体がSCP-X1751-JP-Aと同一種だとしたら厄介なので、如月は重い腰を上げてSCP-X1751-JP-Aに聞きに行くことにした。
*
対話スペースから防護シャッターを開けると既にSCP-X1751-JP-Aが対面に着席していた。
SCP-X1751-JP-Aは立てかけられたタブレットから視線を離さずにこう話しかけてきた。
「如月 華よ、今度は何を聞きに来たんじゃ?」
相変わらず口調が変だがもう突っ込まない。
「桐生博士のチームがSCP-X1751-JP内部調査を開始しました」
如月は先のドローンによる調査報告を読み上げた、その間SCP-X1751-JP-Aは相変わらずタブレットに視線を落とし漫画かラノベの類を読んでいると思われ、電子書籍閲覧アプリのページがめくれる音が室内に響く。
「クラウスだな」
「クラウスとは何ですか? この人型実体と思われる存在の事ですか?」
「うむ、わらわの従者を自認している男じゃ。あの門をくぐってくる人間には危害を加えないよう命じてあるが、ドローンの事は話してなかったな、すまんの」
ページがめくれる音がする、対話中くらい読むのをやめろと言いたいところだが我慢する。
「その"クラウス"はあなたと同種の存在ですか?」
「いや、わらわとは違う……どちらかというとSCP-X1751-JP-Bに近いな」
またページがめくれる音がする……いや、まて! 今のSCP-X1751-JP-Aは右腕が再生中だがまだ肘から先がない、左手は膝の上だ、どうやってタブレットを操作している?
そんなことを思っていると、SCP-X1751-JP-Aはキリのいいところまで読み終わったようで、タブレットをテーブルにパタリと倒しこう話し始めた。
「全く、危険じゃから行くなと言っておろうに……」
タブレットをどう操作していたのか気になったが、よくよく考えれば、たぶんアプリの自動ページめくり機能とかそんなやつだ、どうってことはない、対話調査を続行する。
「じゃが、どうしても行くつもりであれば、わらわも協力してやるぞ」
「例えばどのような? 今あなたはここから出ることは出来ませんよ?」
「同行できればそれが手っ取り早いが、そもそもわらわは門をくぐった先の空間から出られん、ここを出る理由もない。協力できる事といえば……まず言葉の壁があるじゃろう、クラウスはわらわのように日本語の習得などしてくれんぞ? ……そうじゃ、おぬしら翻訳アプリを持っておるじゃろ? それをあちらの言語用に改造してやろう」
如月はこいつにプログラミングなど教えてはいないし、こいつが使ってる端末もネットには繋がっていない、だが素の知能が高いことは理解している。もし実現可能なら異世界探索において非常に役に立つだろうことは容易に想像できる。
「分かりました、アプリ開発環境とソースコードを用意すればいいですか?」
「うむ、教本などもあれば一緒に頼めるかの」
如月はその場でIT部門に交渉してみた、すぐに用意できるそうだ。財団で使用している翻訳アプリは市販の物と機能的には大差ないが一応財団謹製である。
*
しばらくして、Dクラス職員がパソコン一式を抱えてやってきた、そのまま収容室に入れパソコンを設置させた、もちろんスタンドアローン環境だ。開発環境はすでに構築済みのようでパソコンの基本的な操作方法をSCP-X1751-JP-Aに教えてやっている、SCP-X1751-JP-Aは「ほうほう、すごいのう」等とDクラス職員に話しかけたりしてまるでおばあちゃんが孫にパソコンを教えてもらってるような状況である。Dクラス職員にしてみれば右腕の肘から下が無い少女がお年寄りのような言葉で話しかけてきてさぞ困惑しただろう。
一通りの動作確認を終えて、SCP-X1751-JP-Aが翻訳アプリのソースコードを食い入るように読み始めた。
「どのくらいで完了しそうですか?」
「んー……まだ何ともいえんな、終わったら追って連絡しよう」
そういいながらパソコン画面に見入っている。
マウスやキーボードに触っていないのがどうにも気になったので背面カメラの映像を確認するとパソコン画面がすごい勢いでスクロールされている。やっぱりこいつ触らなくても電子機器の操作ができるようだ。
一応、異常現象だと思うので報告書に追加で記載することにした。
「ああ、それとな、SCP-X1751-JP-Bから魔石は回収したか?」
「魔石とは……?」
「あのような魔法生物の類いはな、死ぬとそいつの魔力が結晶化して宝石のようなものに変化する。あちらの世界ではそれなりに高い値段で取引されとるから持って行って損はないぞ」
初耳である、値段云々よりもその現象自体が重要だ、調査を行う必要がある。"魔力の結晶"と言っているのでこいつの使う魔法の原理解明に繋がる可能性がある、場合によっては収容中のSCP-X1751-JP-Bを終了処分してその現象を確認する必要もある。綾戸村での戦闘でSCP-X1751-JP-Bは絶命後蒸発したと報告にあるが現場は瓦礫だらけだったのでガラス片等と混同されていたと考えるのが自然だろう、確か現場の瓦礫撤去作業は現地行政が担当していたはずだ、急いで財団のフィールド職員を調査に向かわせねば……。
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