第7話:生体サンプル

 カバーストーリー"鉱山資源調査"に基づいた鉱山資源研究施設、要するにSCP-X1751-JP本体の収容施設がようやく完成した。

 それに伴い、SCP-X1751-JP研究室、及びSCP-X1751-JP-A、B収容室も同施設内に作られ、如月達の研究チームもそこに移ることとなった。

 SCP-X1751-JP-A収容室はサイト-8107の現実改変者用収容室と同様にスクラントン現実錨が配備され、部屋の作りもほぼ同じだが、片側壁面に大きめの強化ガラス枠が取り付けられた対話スペースが新たに併設された。

 対話スペースと収容室は共にマイクとスピーカーが設置されており、リアルタイムでの対話が可能になっている。とはいっても、対話スペースに研究員が常駐するわけではないので、強化ガラス枠は普段防護シャッターで塞いである、SCP-X1751-JP-Aのプライバシーに配慮した作りだ。別にそんな配慮は必要ないだろうが、とにかくそういう仕様になっている。


 SCP-X1751-JP-Aに対して実施されていた日本語教育も現在は行っていない、既に対象の日本語会話能力はネイティブレベルと判断されたからだ。


 そんな折、ついにSCP-X1751-JP-Aの生体サンプル調査が行われることとなった、生体サンプルさえ入手できれば、SCP-X1751-JP-Aの危険な魔法能力に怯えずとも調査・実験を行うことが出来る。当然、非常に珍しい生物であるから、という理由だが、いざという時にどのような手段であればSCP-X1751-JP-Aを終了することが出来るのか、といった調査も含まれる。

 正直なところ、如月は対応が遅すぎると思っていたが、ようやく実現に漕ぎ着けてほっとしている。


 だが生体サンプルの入手はなかなか容易な事ではない、以前に外科手術用マジックハンドでの血液採取が試みられたが血液の採取には失敗している。

 かといって研究員の手による生体サンプル入手はリスクが高すぎる、理想はSCP-X1751-JP-A自身の手による採取が望ましい、髪の毛でも爪の先でもいい、とにかく研究員が直に触れるやり方以外での採集方法となる。


 *


「行くぞ、如月」

 桐生博士が、原田研究員を筆頭にぞろぞろと研究員たちを引き連れて、如月が常駐する研究室にやってきた。


「はい」

(交渉役はいつも私だ)

(いいんだ、もうそういうものだと割り切っている)


 如月が皆を引き連れ、SCP-X1751-JP-Aに隣接した対話スペースの鍵を開け入室し、防護シャッターを開けるスイッチを押して、マイク・スピーカーの電源をONにする。

 防護シャッターが上がると、ベッドで寛ぎながら支給されたタブレットに見入ってるSCP-X1751-JP-Aの姿を確認できた。

 たぶん漫画かラノベの類を読んでいる。


 SCP-X1751-JP-Aはタブレットからゆっくり視線をこちらに向けこう話しかけてきた。

「なんじゃ、皆でわらわのぷらいべーとを観察か? 趣味が悪いのう」


 あきらかに口調がおかしい。


 その場にいた全員が一斉に如月を見る。

 如月は突っ込んだら負けだとは思っていたが、室内がざわざわし始めたので突っ込んでやることにした。


「SCP-X1751-JP-A、口調が変化していますね、どうかしましたか?」

「なに、この世界では少女の姿をした長命の存在はこの口調で話すのがお決まりのようじゃからな、それに習ったまでよ」


(習わんでいい! ほら皆が聞きたいことを聞いてやったんだ、しっかり前を見ろ)


「で、何用かな?」

「ええと……SCP-X1751-JP-A、あなたはこの世界では大変珍しい存在ですので、あなたの身体を研究させて欲しいのです」

 半分くらいは本当だ、純粋に研究対象としての価値が高い。


「ほう?」


「そこで、あなたに体の一部……髪の毛でも爪の先でも構いませんが、可能なら体表面組織などを提供していただけませんか?」

 そう言いながら、マジックハンドを使って医療用メスと包帯などの救急キットを載せた金属製のトレーを収容室内のテーブルに置く。


 SCP-X1751-JP-Aはゆっくり立ち上がり、対話スペースと対面に置かれたテーブルに着席する。


「ふむ、わらわの体の一部が欲しいのじゃな? それだけで良いのか?」

 それだけ?分量の事を言ってるのだろうか……

「量は多いに越したことはないですが、あなたの負担にならない範囲で構いません」

 如月の言葉を聞くなり、SCP-X1751-JP-Aは医療用メスには目もくれず左腕で自身の右腕を掴み爪を立てた。

 メスを使わず自分の爪で皮膚を抉るようだ。


「ああ、そうじゃ大事なことを聞き忘れておった。提供するわらわの体の一部は誰のものになるのかな? 如月 華か? 桐生博士か?」

 確認するまでもない。

「桐生博士です」

 SCP-X1751-JP-Aは 「そうか」 と一言だけ、つぶやくと……


“ブチブチブチッ!”と音を立てて自身の右腕を引きちぎった。

 場の空気が一変する。


「救護班っ!!」

 如月は目の前の惨状を見て考える前に咄嗟に声が出てしまった。その場にいた研究員たちが慌てふためいているのが分かる。だが、SCP-X1751-JP-Aはすました顔で如月を一瞥すると、引きちぎった右腕を金属製のトレーに置き、こう言い放った。


「いらん、すぐに生えてくるわい」

「生え……」

 そう声にならないような声をこぼしながら、如月はSCP-X1751-JP-Aの右腕があった場所を見る。断面からいくつもの短い触手のようなものが生えてウネウネしている、出血もしていない。


 如月は、ハッ! と我に返り引きちぎられた右腕を確認した。ウネウネしていない、引きちぎられた状態のままだ……一瞬、ちぎられた腕から新たなSCP-X1751-JP-Aが生えてくるのではないかと頭をよぎったが、杞憂だったようだ。


 対話スペース内はまだ何人かの研究員たちがショックを隠しきれていない様子だったが、桐生博士が、相手は異常存在だ、こんなこともある、落ち着け的なことを言ってなだめていた。


 SCP-X1751-JP-Aの右腕を載せた金属トレーを回収しようとマジックハンドを操作したが、びくともしなかったので、先日ついに配属されたDクラス職員を呼び、回収に向かわせた。


「SCP-X1751-JP-A、ご協力感謝します。腕が、その……生えるまで何か不便なことがあれば言ってください、可能な限り対処します」

 SCP-X1751-JP-Aは、いらんいらん、といったような仕草を見せ、ベッドに戻っていったので、如月がマイクとスピーカーの電源を落そうと思った矢先、スピーカーから声が聞こえてきた。


「桐生よ、有用に使え」


 見るとベッドに腰かけた SCP-X1751-JP-Aが今までに見せたことのない不気味な笑顔で桐生博士を見据えていた。


「あ、ああ、もちろんだ」

 桐生博士はふいに話しかけられ多少驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻しそう答えていた。

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