第6話:神格存在
「如月先輩! お久しぶりです! フィールド職員の間では先輩の噂でもちきりですよ! 私に出来ることなら何でも聞いてください!」
如月が常駐する研究室に明るい声が響いた。
フィールドエージェント楠 真琴。
代々神職の家系で霊能力者だ、呪術なんかにも詳しい。
如月もフィールドエージェントの頃は楠の作ったお守りや魔除けグッズに何度か助けられていたようだ。
*
SCP-X1751-JP-Aはスクラントン現実錨影響下においても能力を発動できた。
この事実からSCP-X1751-JP-Aの能力は現実改変ではない、あるいは未知の原理による現実改変、もしくは全くの別系統の能力である可能性が高いとのことで、更なる調査・研究が行われることとなった。
この世界で確認されている"魔法"はそのほとんどが現実改変能力によるものであるというのが財団の見解であり、その原理は科学的に証明されている。
現実改変能力者は周囲の現実性を低下させ、その低下した現実性を自身の保持している現実性で上書きすることで現実を捻じ曲げる。
現実性というのは物体・法則・観念を支持する粒子、現実子の濃度の事だ。
その濃度を測定した数値がヒューム値。
現実性が低下した、つまり現実子が減少した空間に現実子を異次元空間から補充して、強制的に現実性を一定の濃度に保つ装置がスクラントン現実錨。
つまりスクラントン現実錨影響下においては理論上、現実改変を行うことは出来ない。
SCP-X1751-JP-Aがいうところの魔力とは現実子の反対の性質を持つ素粒子ではないか?と比良山は仮説を立ててみたようだが、それを立証するには膨大な時間と費用がかかる上、例えば魔力版スクラントン現実錨のような装置を開発するのはやはり一朝一夕にはいかない。
では、現実改変以外にソレと類似する現象はないのかというと、実は結構ある。
霊能力や呪術などがそれにあたる。
それでSCP-X1751-JP-Aを霊能力や呪術的な視点から見てどう思うか意見を聞くために、如月は楠を呼んだのだ。
*
「護送ヘリの隊員さんから聞きましたよ! 機動部隊が手も足も出なかったアノマリーの頭を素手で抑え込んでまるで子供扱いだったって!」
(あー……上空からはそう見えてたのか……確かに子供扱いはしてたけど……ニュアンスが違う!)
「まあ……そんなこともあったね……」
楠のキラキラとした羨望の眼差しから顔をそらしながらそう答える。
「んでさ、見てきたんでしょ? アレ、どう思った?」
楠の表情が途端に曇る。
「……恐かったです」
まあそうだろう、子供の姿をした人型実体ってだけで既に怖い。
だがそんな感想を聞くために呼んだわけじゃない、もっと具体的な技術によった対策案が聞きたい。
「神職のあんたから見て、あれはどういうもの見えた? あんただったらどう対処する?」
楠はうろたえながら、自信なさげにこう答えた。
「あれは……なんというか……"山の神"とかそういった神格のものに近い気配を感じました、対処するなら結界を張るとかそういう手段になると思いますが、私の作る結界はすぐ破られると思います……」
(神格ときたか……そういや神に封印されたとか言ってたな……)
「たぶん無理に封じ込めるよりも、神社か神殿を建てて奉るのがいいんじゃないかと思います」
神社!
でもまぁあれも広義でいうところの収容といえば収容だ、古来から人は人知の及ばない存在に対しては崇め奉ることで人に害意を持たぬよう誘導し、時には御利益などと称して利用してきた、あながち理に則していないとも言い難い堅実な手段だが、財団がそれを良しとするかはまた別の問題だ。
「なるほどね……表向きには奉ってるように見せかけて大人しくさせる、いい案だと思うわ」
楠はちょっと残念そうな顔をして
「本気で奉らないと……祟られますよ」
(そうかー……財団の人間は基本的に信心深くないからなぁ……むしろ、祟り上等! 科学の力で蹂躙してやる! って感じだしなあ……でも一応、案の一つとして残しておこう)
財団職員には無神論者が多い、如月自身もそうだ。そして使えそうなものは何でも使おうと考えるところもやはり典型的な財団職員らしい。
「ところであんたが作るお守りとかお札とか、あれすごい効くじゃない? 実際のところどうやってるの? 魔法とは違うの?」
「魔法……とは思ってませんが……神様に『私たちを御護り下さい』と祈りを込めて作ってます」
「神様っていわゆる唯一神ではないよね、天照大御神とかになるのかな」
「その辺はあまり重要じゃなくて、天照大御神でも仏様でも精霊でも、とにかく本気で心を込めて祈ることが重要なんです」
(正直、意味が分からないけど、実際に効果があるのだから楠の言ってることは正しいんだろう)
如月はそう考えながらも、やはり魔法の一種に違いないという気持ちも捨てきれずにいた。
それからは特に仕事とは関係ない、どこどこのお菓子がおいしいとかそんな話をして楠は帰っていった。
*
実は今日、もう一人魔法使いと思われる人物を呼んである。
正確には如月が呼んだわけではなく、別件で桐生博士が呼んだ人物に、用事が済んだら如月の研究室にも立ち寄ってくれるように頼んだ。
「如月さん、遅くなってすみません」
オカルト部門の研究員、矢部。
こいつはなんと式神を使役できるガチ魔法使いだ、期待できる。
「いえいえ、お忙しいところ無理を言ってしまって……どうぞおかけ下さい」
そういって机を挟んで対面する形で座ってもらった。
財団日本支部オカルト部門、ここは財団が日本に支部を構える前から異常存在を扱ってきた秘密結社、蒐集院 の流れを汲む部署だ、科学至上主義の財団の中でも独自色が強い。
「聞きましたよ、機動部隊でも制圧できなかった(略)」
「あー……はいー」
実際はどうであれ確保した事実は変わらないのでもう開き直るしかない。
一応、楠と同じようにSCP-X1751-JP-Aの感想を聞いてみると、大体同じようなことを言っていた。
「報告書を読むと、矢部さんは過去に荒御霊を調伏して式神として使役できる、とありまして……同じようにSCP-X1751-JP-Aを調伏出来ないかと……」
「無理ですね」
食い気味に却下された。
「あれは蒐集院時代に作成された資料を基に儀式を再現して、たまたま上手くいった事例で……僕自身の力が特別強いってわけではないんです……それに荒御霊は神格存在とは言っても、僕たちが調伏した荒御霊は……だいぶ弱っていました、元々は地方のそれなりの神格ではあったみたいですが、時代と共に信仰が薄れ忘れ去られた果てに荒御霊となった。そんなやつです」
「そ、そうだったんですね……」
「SCP-X1751-JP-Aは僕が見た限りではまだ神格を保っています。異世界……あっこれ話してもいいのかな……?」
「はい、SCP-X1751-JPのことですよね、大枠では同じ案件ですので……」
「そうですね、SCP-X1751-JP内世界においては現役の神格存在でそれなりの信仰を集めているように思えます、実体を持ってますからね。あれはとてもじゃないけど調伏出来ません」
「そうですか……」
「お力になれず、すみません」
「いえ、お気になさらないでください、というかお話を伺いたいのはここからで……」
「といいますと?」
「SCP-X1751-JP-Aはスクラントン現実錨影響下で能力を……異常現象を起こすことが出来ました……そして自身はそれを魔法と呼んでいるんです」
矢部は既に報告書で読んでいたのか、特に驚いてはいない様子で"あー……"みたいな表情を見せた。
「なるほど、式神の使役……陰陽道が魔法に似ているんじゃないか、と」
「はい」
「確かに似ています、現実改変でもありません、オカルト部門でも魔法の一種だと考えられています。実際にお見せしましょうか?」
「お、お願いします!」
矢部は胸ポケットから人の形をした紙片を取り出した。
如月は、”あー! これこれ! 漫画とかで見たことあるヤツ!”的な反応を示し、感慨深げに矢部が取り出した紙片をまじまじと観察した。
「これは形代といいます、これを荒御霊に見立て心の中で動きをイメージします」
形代と呼ばれた紙片がぱっと浮かび上がり、天井付近をくるくる回り出した。
財団職員である如月にとって異常現象は見慣れたものではあるが、如月自身は普通の人間である。その如月と同じ立場であるはずの研究員に目の前で魔法のようなものを見せられると、やはり普通に感動する。
(おおー、すごい、異常現象だ、魔法だ!)
「この状態になった形代を僕らは式神と呼んでいます、大体念じた通りに動作します、感覚もある程度伝わってきます、例えば……ここからは見えませんが部屋の隅にあるゴミ箱、空の状態ですよね?」
ゴミ箱を確認しに行く、確かに空だ。
「本当に空でしたよ、すごい手じ……いや魔法ですね!」
如月が改めて席に着くと、スーッと式神が飛んできて、目の前に直立した状態で着地したと思ったら、なんかプルプルし始めた。
(えっ何? 何してるの?……荒ぶってるの!? カワイイ!)
矢部はちょっと慌てた感じで、
「あっ失礼、僕が未熟なせいか、たまに意味不明な行動をします……昔の陰陽師はこれを鬼神の姿に変化させて操ったとか……すごいですよね」
そういうと、思念を解いたのだろうか、式神はパタリと倒れ、ただの形代に戻った。
「それでこの式神ですが……」
如月が原理について聞こうとすると、やはり食い気味に矢部がこう答えた。
「実は詳しい原理はよくわかっていません、古い資料を当たっても"方法"が書いてあるだけで原理については記されていません、こういう大昔の技術は口伝のものが多く、その多くが失われてしまっています、方法が残っているだけまだマシな方です」
よくある話だ、呪術や陰陽道に限った話ではない、地域でおこなわれるお祭りなんかでも実際のところ由来のよくわかっていないものも多い。
「そ、そうですか……残念です」
如月の残念そうな表情に思う所があったのか、矢部はこうも付け加える。
「ただ実際にやってみると、こうなんじゃないかな、とは推測できます、あくまで僕の推測ですがおそらく儀式に契約の術式のようなものが仕組まれています、滅さない代わりに術者に従え、といった類いのものです、そうでなければ特に強い力を持ってるわけではない僕なんかが荒御霊を使役出来る筈がないからです」
*
「では、そろそろ僕はお暇させていただきます」
正直なところ、これといった成果はなかったが、面白いものを見せてもらったので如月は割と満足してしまっている。
如月が矢部を研究室の外の廊下まで見送りに立った際、思い出したかのように矢部が口を開いた。
「そうだ、如月さん、あなたは今のSCP-X1751-JP-Aの特別収容プロトコルに満足していませんよね?」
如月は不意に自分が今一番に懸念している事案に言及されたので、たるんでいた表情を引き締めなおし、真面目な口調でこう答えた。
「はい、現状SCP-X1751-JP-Aはいつでも収容違反を起こせる状態です、大変危険だと思います」
矢部は "やっぱり" といった表情を見せつつ、こう付け加えた。
「でも実際に収容違反は起こっていません、如月さんはSCP-X1751-JP-Aへ見返りをちゃんと与えています、これは収容される代わりの……契約とも解釈できます。蒐集院時代の収容プロトコルは大体あんな感じです、インシデント記録:X1751-JP-A-1ではあなたが命じたから魔法を行使したに過ぎません、案外上手くやれてるんじゃないかと思いますよ」
そう言うと矢部は自分の胸ポケット辺りをやさしく撫で、帰っていった。
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