第5話:魔法
SCP-X1751-JP-Aへのインタビュー形式の聞き取り調査は普段の日本語教育枠で行われることになった。
如月はいつもの授業のように別室からリモートで回線を繋ぐ、いつもと違うのはさらに如月自身も別室でモニターされていることだ、桐生博士、比良山研究員、原田研究員が立ち会っている。
如月の耳には無線式のイヤホンがはめ込まれている、基本的に如月は打合せで決められた質問を読み上げるだけだが、状況に応じて質問内容の変更などの指示が入る仕組みになっていて、如月はいつになく緊張している。
「SCP-X1751-JP-A、今日は授業を行いません、代わりにいくつか質問させていただきます。」
如月の緊張を感じ取ったのか、 SCP-X1751-JP-Aは警戒しているかのように普段よりも増して無表情に見える。
「こちらの質問に答えて頂ければ、先日話していた漫画やアニメの供給増案が承認されます、よろしいですか?」
モニター越しのSCP-X1751-JP-Aは視線を少しずらした、おそらく端末のカメラに視点を合わせたようだ。
「上の判断……桐生博士だな?」
「そうです」
と如月は即答した。
「まるで警察の取り調べだな」
SCP-X1751-JP-Aは警察の取り調べなど受けたことはない、知識でのみ知っている、おそらく皮肉を交えたジョークだ。
「まぁいいさ、見返りは十分見合うものだと期待している、さあ……何が聞きたいんだい?」
(……こいつはどれだけ娯楽に飢えていたんだよ)
如月は少しだけSCP-X1751-JP-Aを哀れに感じた。
「それではまず、あなたが発見された場所付近に存在する時空間異常について、知っていることを話してください」
「あれは私が居た世界と、この世界を繋ぐ門だ」
「なるほど、その門を通ってこちらの世界に来たわけですね、我々は人工的に作られたものだと推測しています、合ってますか?」
「合っている」
「それでは、あの門を作った組織や団体、作られた目的、あなたとSCP-X1751-JP-Bがこちらの世界に来た理由を教えてください」
桐生から如月に指示が入った、如月はその指示の内容から、おそらく財団としては背後にこちらの世界に害をなす……例えば侵攻してくるおそれがある勢力の存在を懸念しているように感じた。
SCP-X1751-JP-Aは少し考えるそぶりを見せたがすぐにこう答えた。
「作ったのは私だ、作った理由は……頼まれたからだ、私がこの世界に来たのは単純に興味があった、君たちがSCP-X1751-JP-Bと呼んでいる奴らは、私に勝手に付いてきたから理由はわからない、あれらが集落の建物を破壊したことはすまないと思っている」
「依頼者は組織や団体ですか? また依頼者の目的は何ですか?」
「個人だ、目的は……悪いが答えられない」
上からの指示が来ない、組織でないのなら許容範囲ということか、ならこの件はスルーだ、如月は次の質問に移ることにした。
「SCP-X1751-JP内世界について、あなたがいた世界ですね、こちら側から見れば異世界ということになりますが……主な住人、文明レベル、こちらの世界と顕著な差異があればそれについても話してください」
「主な住人は人間だ、君たちと全く変わらない種だと認識している、文明レベル……こちらの世界から見たら中世~近世くらいに見えるが、顕著な差異として魔法が一般化している、それを加味して文明レベルに大きな差異はないと考えている」
(魔法かー……)
この世界にも魔法とされる異常現象は僅かに確認されている、財団の見解としては現実改変の一種だと解釈されている。
「娯楽作品でよく見られる異世界ファンタジーの世界とよく似ているよ、人間の想像力は凄いね」
「そうですか」
この話し方から、やはりこいつは人間ではなさそうだと如月は察した。
(異世界の異常存在が異世界ファンタジー作品を面白がる……なんなのこれ)
比良山から指示が入った、如月は指示された質問をそのままSCP-X1751-JP-Aに投げつけた。
「魔法が一般化していると言っていましたが、魔法の発動原理について教えてください、こちらの世界の人間でも一般化できるレベルで習得できますか?」
SCP-X1751-JP-Aは顔を上に向け、さっきよりも長考してこう答えた。
「簡潔には説明できないが、過去の文献を見る限りこの世界でも魔法が使われていた形跡がある、おそらく今の時代の人間でも……いや居るな、この組織にも魔法を使える人間が、原理はこの世界の魔法と同じはずだ、だが一般化は難しいだろう、この世界は私が居た世界ほど魔力に満ちていない」
比良山から追加の指示はない、おそらく現実改変との類似性を探ってくれたものだと如月は解釈し次の質問に移りかけたところ――
「もし君たちがあの世界に行きたいと思ってるなら、それはおすすめしない」
SCP-X1751-JP-Aが勝手に聞いてもないことを語りだした、上からの指示が来ない、如月は適当に話に乗ってやることにした。
「それは何故ですか?」
「危険だからだ」
「治安が悪いということですか?」
「いや、門の位置が特殊な場所だからだ」
「特殊な場所とはどのような場所ですか?」
「門を通過すると、私が封印されていた空間に繋がる、地の底だ。危険な生物も多数生息している、地上に出るのが大変だ、地上に出ることが出来ればまあ……安全だ」
(やっぱりこいつ異世界でも危険なアノマリー認定されてるんだな……)
如月はそう考えると笑みがこぼれそうになるがなんとか耐え、さらに話に乗っかってやることにする。
「封印されていたと言いましたが、異世界にも我々財団組織のようなものがあるのですか?」
「私の知る限りそのような組織は存在しない、私は神に封印された、神は私を嫌っているからね」
「神ですか? 異世界の神様はずいぶん力を持っているようですね」
「いや、おそらくこの世界の神と同一存在だ、こちらでは行使できる力が弱いだけだ」
原田から指示が飛んできた。
「如月さん、話に乗り過ぎです、"神" の話題は避けてください、北米支部が干渉してきます」
(了解だ、次の質問に移ろう)
(あ、次の質問は私が考えたやつだ)
質問というか軽い実験だ、こいつの能力がスクラントン現実錨の影響下で発動できるのか確認しておきたい。
収容室のスクラントン現実錨は稼動状態だ。
「SCP-X1751-JP-A、我々とあなた方が戦闘状態にあった時、あなたの周囲10m圏内で通信障害が発生していました、我々はあなたが何らかの能力で干渉したと推測しています、違いますか?」
触れたものを消失させる能力は万が一発動してしまうと厄介だから触れないでおく。
SCP-X1751-JP-Aは "はて?"みたいな顔をしている。
「通信障害を起こしたつもりはないが……《
たぶんそれだ。
「それを今この場所で再現できますか?まだ発動しないでくださいね」
「……だいぶやりにくい環境だが、出来るはずだ」
「では、合図をしたら十秒程度発動してもらえますか? 3、2、1、はい!」
"ガガーーーーーーーッ!!"
無線から爆音が出たので如月は反射的にイヤホンをぶん投げた。
*
その日、如月はサイト管理官からめちゃくちゃ怒られた。通信障害はサイト-8107全域に及んでいたらしい。
質問内容は桐生博士の承認を受けていたものだったが、桐生博士はお咎めなしだったようだ。
いやそんなことより、スクラントン現実錨影響下でSCP-X1751-JP-Aは"魔法"を使って見せたことをもっと重要視すべきだ。
”だいぶやりにくい環境”と言っていたから現実改変能力の一種ではあるだろうが既知の現実改変とは別の原理が働いている可能性が高い。
魔力がどうのこうの言ってたし、異世界の調査よりもSCP-X1751-JP-Aの調査にもっとリソースを割くべきなのだ。
如月はそんな意見書と通信障害の始末書を書きながら、今日の聞き取り調査の"見返り"として大量の異世界モノの漫画やアニメ、ついでに自分が気に入っている作品を数本、SCP-X1751-JP-Aに送ってやった。
******
アイテム番号:SCP-X1751-JP-A
オブジェクトクラス:Euclid
特別収容プロトコル:SCP-X1751-JP-Aは現在サイト-8107現実改変者用収容室にスクラントン現実錨を常に稼動させた状態で収容されています。
SCP-X1751-JP-Aから娯楽メディア(漫画・アニメ作品など)の要求があった場合、専任研究員の裁量でそれらを与えることが許可されます。
説明:SCP-X1751-JP-Aは SCP-X1751-JPから出現した、身長:138cm、体重:32kgの少女の姿をした人型実体です、現在は日本語での会話が可能です。
推定クラスⅢ相当の現実改変能力に似た"魔法"を行使する能力を有しています。
"魔法"はスクラントン現実錨影響下においても行使可能なため、実験等でSCP-X1751-JP-Aに能力の行使を促す行為は禁止されています。(インシデント記録:X1751-JP-A-1)
補遺1:確かにSCP-X1751-JP-Aの能力は現時点で無力化することが難しく脅威ではあるが、確保・収容中に能力を発現させた事例は、専任研究員が能力行使を促した事例(インシデント記録:X1751-JP-A-1)一件のみである為、特別収容プロトコルの改定は急務ではないと判断している。
スクラントン現実錨の常時稼動は対話調査(インタビュー記録:X1751-JP-A-1)から一定の効果が期待できるため継続する。 研究員:原田
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