第4話:私が居た世界
綾戸村の事件から一週間経過した。
あの人型実体にはSCP-X1751-JP-Aとアイテム番号が割り当てられ、如月はフィールドエージェントからCクラス研究員へ配置転換命令を受けた。
SCP-X1751-JP-A専任の研究員である。
一日三時間程度SCP-X1751-JP-Aへの日本語教育を行い、今後予定されている実験・調査の準備が今の如月の仕事だ。
SCP-X1751-JP-Aの日本語能力は既に日常会話なら問題ないレベルに達しており、上達速度が尋常ではない、ネイティブレベル到達も時間の問題だ。
現地住民の言葉を真似して人間をおびき寄せる行動をとっていた点も考慮すると、元々知能が高いアノマリーであったのだろう。
最初に日本語を教え始めた時、使っていた教材が幼児用のものだったのでつい子供扱いしてしまったが、そのことを根に持っていないだろうかと、如月は少し心配になりつつも、いや相手は異常存在なのだから、そのような感情を持ち合わせているのかも不明だな、と思い直した。
収容した当日に血液採取が行われたが採取自体出来なかった、もちろんスクラントン現実錨の影響下にある収容室で行われたのでそうなるように現実改変を行ったとも考えにくい。
念のため現実改変者用収容室に収容されているが、現実改変者なのかも疑わしい……
……あーもう! やめやめ! 元々私はただのフィールドエージェントだ。
こういうことは本職の研究員達が考えればいいんだ!
如月は全てを投げ出す勢いで、後にいた気の弱そうな男、比良山に語りかけた。
「ねぇ比良山君、私フィールドエージェントに戻りたいから代わりに専任研究員やってくれない?」
比良山は "はは、御冗談を" みたいな顔をしてこう答えた。
「あのSCiP……アノマリーに関してあなたほどの適任者はいませんよ、というか戻らないでください、僕では何かあった時アレを制御できる自信ないです……怖すぎて」
「私だって怖いよ!」
「そうはいっても、実際アレをたった一人で無力化して確保した事実は覆りませんよ……でも正式な特別収容プロトコルが確立されれば、戻れる可能性はあるかもしれませんね」
そうなのだ、実は正式な特別収容プロトコルはまだ策定されていない、あくまでも仮の特別収容プロトコルで収容を行っている状態だ。
「正式な特別収容プロトコルねぇ……それこそ本職の研究員が考えることでしょ?素人の私にやらせる事案じゃないと思うけどな」
比良山も困ったような顔をしているが、内心は面倒くさそうな感じが透けて見える。
「まぁ……SCP-X1751-JP-Aは確かに脅威ではあるんですけど、今のところ大人しいですしね、財団としては大元のSCP-X1751-JPの方にリソースを割きたいみたいです、SCP-X1751-JP-Aだってアレ一体とは限らないわけですし、別のSCP-X1751-JP-Aはもっと凶暴な奴かもしれない、SCP-X1751-JP-Bだって危険なアノマリーであることに違いはないし……」
ごもっともである、と如月は自分に突っ込みを入れながら、この状況から抜け出すために必要なSCP-X1751-JP-Aの正式な特別収容プログラム策定を模索することにした。
正式な特別収容プログラムを策定するにあたり、まず重要なのはSCP-X1751-JP-Aが発現させる異常現象の解明、つまり実験だ。
だがいきなり能力を行使させてもSCP-X1751-JP-Aがどの程度やれるのか、こちらの想定以上の力を行使されてしまっては危険が伴う。
幸い話が通じる相手であるので聞き取り調査が出来る、仮に本当のことを話さなくても判断の目安にはなる、その為の日本語教育だ。
*
SCP-X1751-JP-Aの日本語教育は最初の時とは違ってリモート授業だ。
今は一般的な中高生が受ける現代文を教えている、作者の気持ちがどうとかそんなやつだ。
成績は優秀、優秀過ぎて引く、こいつは日本語を知らなかっただけで、元々知能が高いのだから当然だ。
授業の最後には会話の練習も兼ねて口頭で質問を受け付けて口頭で解説する。
それが終わったら、宿題代わりに適当な娯楽本や映像コンテンツを与えてやる、そういうものに触れた方が自然な日本語が身につくと思ってそうしている。
与えてはいけないのは兵器やエネルギー関連の学術書だ、それ以外は特に制約はない。
如月はそんなことを意識しながら本日分の授業を終えて、質問コーナーに入る。
「SCP-X1751-JP-A、今日の授業で疑問に思ったところはありますか?」
いつもなら、特になし、で宿題代わりの娯楽コンテンツを送信して終了だ、が今日は違った。
SCP-X1751-JP-Aが珍しく話しかけてきたのだ。
「如月 華」
「は、はいぃ! 何でしょう?」
SCP-X1751-JP-Aが如月を呼ぶときはいつもフルネームである、よっぽど最初の印象が強かったのだろう、と如月は理解しつつも毎回ビビっている。
「如月 華、授業はわかりやすかった、疑問点はない」
「それは結構なことです、ね?」
「君に貰ったこの漫画と呼ばれてる類いの本、それと絵が動く映像……アニメだな、もっと貰えないか? それと話が途中のものがある、続巻があるならそれも欲しい」
「……気に入ったんですか?」
「ああ、私が居た世界にはない文芸だ、とても興味深い」
「わかりました、上に掛け合ってみます、特に問題ないと思います」
「よろしく頼む」
SCP-X1751-JP-Aは満足そうに微笑んだ。
*
授業の後は報告書の提出、提出先はSCP-X1751-JP案件を統括している桐生博士だ、如月はいつも通りメールで送信し、ついでに漫画・アニメ作品購入費増額の稟議書も一緒に送信した。
しばらくしたら桐生がすっ飛んできた。
「如月っ!! 如月はどこだあ!!」
あ、これは怒られるやつだ……漫画の件か? 別にそれくらい与えてやってもいいじゃないか……ケチだなぁ……。
如月はそう思いながら、恐る恐る挙手をする。
「如月よぉ! お前! お前……もっと頭使えよ!」
「は、はぁ……しかし娯楽作品に触れることは自然な日本語習得に有効かと思いまして……」
「お、おまっ……そこじゃねーよ!! 買ってやるよ! 漫画でもアニメでも!」
はて? ではなぜこんなに怒っているのか? と如月が理解に苦しみながら首をひねっていると……。
「ここだよ! ここ!!」
桐生は録音音声を書き起こししたであろう文書を突き付けてくる。
「ここだ! ここ! 読んでみろ!」
桐生が指でさし示した箇所を音読する。
「私が居た世界にはない文芸だ、とても興味深い」
桐生は比良山にペットボトルの水を飲まされ、落ち着くよう促されている。
「ああ、それだ……比良山、説明してやれ」
そういうと桐生は渡されたペットボトルの水を勢いよく飲み始めた。
「ええと、如月さん、現在SCP-X1751-JPはそれを取り囲むように収容施設を建設中で、調査が滞っています」
「え、ええ、そうですね」
「そんな折にですね、SCP-X1751-JP-Aの口からSCP-X1751-JP内部の情報が出てきたんです、ここですね、『私が居た世界』と言っています、SCP-X1751-JP内部に別の世界があることが示唆されているんです……異世界があるんですよ!」
今度は比良山が興奮し始めた。
「は、はあ……」
今更何を言ってるんだろう、異世界が存在することは元フィールドエージェントの私でも知っている、
別に驚くことでもないんじゃないか? 如月がそう思っていると、それを察したかのように桐生がまた口を出してくる。
「いいか如月、異世界が存在してるってことは既知の情報だ、異世界なんて星の数ほどある。そう思ってるんだろう如月。だがな確実に異世界に行く方法なんてのは現代の科学技術では確立されていないんだ、たまたま生じた時空の歪みに吸い込まれるか、吸い込まれたやつが出てくるのを観測しただけだ。自然に生じる時空の歪みは非常に不安定だ、たいていすぐ消えちまうのが常だ、だがSCP-X1751-JPは違う、まだそこに存在し続けてる、これは意図的に作られたものである可能性が高い」
あ、なるほど! この人たちは異世界の調査をしたいのか、と如月はようやく合点がいった。
「それだけじゃないぞ如月、あいつは何て言った? 『私が居た世界』だ、知ってたんだよあいつは、あの時空間異常を通過した先にまた別の世界が存在しているということを」
桐生の言い分はわかった、確かにすごいことだ。
でも私はそれをちゃんと報告した、そしてその報告内容から気付けた情報だ、褒められこそすれ、もっと頭を使え! 等とそしられる謂れはないと思う。酷い! 如月はそう思いあからさまに不満な態度をとって見せた。
「まだよくわかってないだろ? 如月、お前の頭がもっと回転してたらあの時点で取引出来たんだよ! SCP-X1751-JP-Aはあの時空間異常が何なのかよくわかってる奴だ、そんな奴が何故かこの世界の娯楽作品にご執心だ、わかるな?」
「ええぇ……漫画とアニメで釣るんですか? なんかやだなぁ……」
「ヤダとかお前のお気持ちなんかどうでもいいんだよ! やれ!」
すまないなSCP-X1751-JP-A……と思いふけりながらも、漫画とアニメを餌に取引――聞き取り調査で質問する内容を選定するための会議に如月は連行されていった。
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