第9話:魔力因子仮説

 先日のSCP-X1751-JP-Aによる魔石についての証言内容の確認の為、綾戸村で確保したSCP-X1751-JP-Bの終了処分が行われた。終了手段は機銃による一斉射撃だ。

 SCP-X1751-JP-Bは絶命したのち蒸発し、SCP-X1751-JP-Aの証言通り、蒸発した跡には宝石のような物が残されていた。色は薄紫の透明色、不思議なことに無加工であるにも関らず、オーバルカットされた綺麗な形で出現した。

 回収した魔石を分析調査した結果、SCP-X1751-JP-A体組織から発見された未知の元素の結晶体であることが分かった。SCP-X1751-JP-A曰く、魔石とは”魔力が結晶化したもの”であるので、未知の元素は魔力である。ということになるが、化学的にいうなら魔力の素となる物質であろうことから、その元素は"魔素"と名付けらることになった。桐生、比良山両名が「世紀の発見だ!」と大興奮していたが、これはもちろん財団の機密情報だ、大々的に公表したりしない。

 桐生と比良山は魔素原子をさらに分析調査すれば”魔法”を発現させる働きを持つ素粒子(魔力因子と仮称)が見つかるはずだと提唱している。

 現実子を制御して現実改変能力を封じることが出来るように、魔力因子を制御することで、現実改変とは別種の異常現象である"魔法"を解明、制御できるというのが桐生と比良山の共同仮説である。


 このように研究対象として非常に価値のある魔石であるが、SCP-X1751-JP内世界――すなわち異世界では宝石のように取引され、資産という意味でも価値が高いらしいので、調査団を派遣するというのであればある程度の数を揃えて持たせてやりたい。

 この世界にやってきたSCP-X1751-JP-Bの数は確認されているだけで二十数体、全て殲滅済みである。

 綾戸村の瓦礫はすでに埋め立て処分されていたので、リサイクル企業に偽装した財団フロント企業へ掘り返して選別するよう指示を出した。

 選別作業は困難を極めたようで、瓦礫から回収できた魔石は僅か四つ。

 それとは別にSCP-X1751-JP周辺をうろついていたSCP-X1751-JP-B数体が確認された場所を捜索させて回収できたのが一つ。

 収容していたSCP-X1751-JP-Bを終了して入手したものが一つで、合わせて六つ。

 内一つは研究素材として財団に残すので、調査団に渡せるのは五つ、といったところか……日本円にしていくら位の価値があるのかいまいち不明であるが、頑張ってやりくりして欲しい。


 *


 SCP-X1751-JP-Aに依頼した翻訳アプリの改造は三日で完了した。これが凄いことなのかは正直分からない、日本語⇔英語翻訳をベースに改造したらしい、異世界で一般的に使用されるいわゆる共通語は英語に似た文法構造をしているとのことだ。

 如月は動作テストとして一応SCP-X1751-JP-Aと翻訳アプリを介して会話してみたところ問題なく動作してしているように感じたが、SCP-X1751-JP-Aは日本語が分かるので、別の対象が適切であるとの判断から、SCP-X1751-JP内空間にいる人型実体をSCP-X1751-JP-C個体名"クラウス"と定義し、彼とDクラス職員による翻訳アプリの動作検証も兼ねた対話調査が行われた。


 今、如月の目の前にはその対話調査の映像記録がある。

 インタビュアーはDクラス職員:D-1564、対象はSCP-X1751-JP-C個体名"クラウス"だ。

 D-1564の頭部に映像記録用のカメラを固定、翻訳アプリと連動させたインカムを装着していると思われる。質問内容はすべて原田研究員の指示で行われたようだ。


 ――映像再生。

 D-1564がSCP-X1751-JP内部へ立ち入ると、画面が真っ白になった。眩しいのでモニターの輝度を下げる。

 真っ白い空間をしばらく歩くと、SCP-X1751-JP-C個体名"クラウス"と思われる人型実体の姿を確認できた。意外にもこちらの世界で見られるような一般的な執事の恰好をした黒髪の若い男性の姿をしている。

 D-1564がクラウスと思われる人型実体に話しかけた。

「私はあちらの門の先にある世界からこの空間を調査しに来ました、あなたの名前はクラウス、間違いありませんか?」

 D-1564はおそらく原田の指示をそのまま一言一句伝えているように感じる、それもそうだ普通は異常空間内にいるおそらく人間ではない存在に気安く語り掛ける気にはなれない。

 クラウスはその発言に対して肯定するような仕草を見せ、恭しくD-1564を奥の空間へ案内する、案内された先には、簡素だが上品に感じられるテーブルにおそらく中身の入ったティーセットやケーキスタンド等が置かれている。

 一旦映像を止める。

 ここまでの映像を見て疑問に思ったことがある、クラウスの服装や所作がこちらの――基底世界のそれと似すぎている、SCP-X1751-JP内部は異世界である、異世界流の服装や所作等が存在すると考えるのが自然だ、だがそう考えるとクラウスはこちらの世界の文化に詳しすぎる。

 考えられる仮説は二つ思いつく、一つは何らかの手段によりこちらの文化や慣習がSCP-X1751-JP内世界に伝わっている。

 二つ目はSCP-X1751-JP内世界は基底世界のパラレル時空であるという仮説。ある時点までは共に全く同じ歴史を歩んだが、とある”何か”をきっかけに枝が分かれてしまった世界、こう考えるとSCP-X1751-JP内世界と基底世界とに共通の文化や慣習が見られても不思議ではない。だが今の時点では情報が少なすぎる、どちらか一方で断定することは出来ない。


 ――映像を再開する。

 クラウスはD-1564を着席させ、自身はテーブルの対面から少し右にずれる形で直立している。テーブルの対面にはちゃんと椅子が用意されているにもかかわらず。おそらくその椅子には本来SCP-X1751-JP-Aが着席するのが自然であるといった主張がクラウスの所作から感じ取れる。

 D-1564が原田の言葉を口にする。

「私の発言はこちらでの言葉としてうまく聞き取れていますか?」

 クラウスは肯定の所作を示し――

「ええ、もちろんです。よく出来ていますね」

 翻訳アプリの性能に問題は無さそうだ。

「我々はあなたの……主人にあたる存在をSCP-X1751-JP-Aと呼称しています、本来であれば何と呼称すべきでしょうか? SCP-X1751-JP-Aと呼称しても構いませんか?」

 クラウスは少し間を置きこう答えた。

「私は”我が主”とお呼びしています、我が主が許容されているならどのように呼称されても構わないのではないでしょうか」

「そうですか、では我々はあなたの主をSCP-X1751-JP-Aと呼称させていただきます」

 クラウスは恭しくお辞儀した。

 続いてD-1564はSCP-X1751-JP-Bの写真をクラウスに見せ、SCP-X1751-JP-A及びクラウスとの関係、そしてSCP-X1751-JP-Bはすべて殲滅されたことを伝えた。

 クラウスは少し驚いたような表情を見せながらこう語った。

「あなた方がSCP-X1751-JP-Bと呼んでいるもの、これは上位悪魔グレーターデーモンというものです……我が主の護衛として私が召喚したものです、あれらを全て殲滅するとは……あれでもこちらの世界ではなかなかに手強い相手なのですが……おっと失礼、関係性でしたね、召喚主と使役されるものといったところでしょうか、特に愛着のようなものはありませんのでお気になさらず……我が主も同じ認識でいらっしゃるものと存じ上げます」


 あのトカゲゴリラはSCP-X1751-JP内世界ではある程度の強者認定されているようだ、如月は財団の機動部隊もなかなかやるなあ、などと綾戸村での事件を思い出しながらそう思った。


「SCP-X1751-JP-Aが我々の世界にやってきた理由をご存じでしたらお聞かせください、また従者であるあなたはなぜこちらに留まっているのか、こちらも合わせてお願いします」

「我が主があちらの世界へ行った理由、残念ながら私も聞かされておりません、私がここに残った理由はそう命じられているからです」

 クラウスも理由は知らないらしい、困惑してる様子が見て取れる。SCP-X1751-JP-A自身は単純な興味から、と証言しているがおそらく嘘だ、異世界の調査は危険だからおすすめしないと忠告する癖に翻訳アプリを現地語仕様に改造する等やけに協力的だ。

 あいつは現代文の作者のお気持ちを答えさせる問題で間違えることはまず無かった、人の心をよく理解してるやつだ、そしてその自分の発言の裏付けを取りたがる財団職員の心理をよくわかっていたはずだ、如月は財団職員をSCP-X1751-JP内世界に送り込むことそのものが理由の一つだと確信している。だが財団職員を送り込んでどうしたいのか? さすがにそこまではわからない。

 如月個人としてはわざわざその思惑に乗る必要などないと思っている、異世界など放って置けば良いのだと。

「SCP-X1751-JP-Aはこの場所を自身が封印されている空間、地の底であると証言していましたが、我々がこの空間を抜け、地上を目指すことは可能でしょうか?」

「封印は我が主に対してのみ効力を発揮します、あなた方がこの空間を地上方面への門をくぐって外に出ることは可能だと申し上げておきましょう、ただし地上に出られるかどうかはあなた方次第、としかお答えできません」

 クラウスは背中方向を指さし、地上へと繋がるSCP-X1751-JPと同種の"門"の存在を示唆した。

 そしてこの空間を抜けた先はダンジョンになっており、この空間を含め六階層で構成されていること、五~三階層にも同様の"門"が存在しておりそこを通過しないと先に進めないことを説明し、さらに調査団を派遣しても邪魔しないこと。を約束した。

 さすがに原田もここまで協力的な姿勢に疑問を抱いたようで、D-1564を通じてその疑問を投げかけていた。

「情報提供感謝いたします。我々の目的はこの世界が我々の世界への脅威となる可能性を調査する事です。ですが見方を変えればこの世界に対しての侵略とも解釈できるはずです、何故それらの情報を開示していただけたのでしょうか?」

「私は主の意向に従っているだけに過ぎません、我が主はここに封印されているのです、地上がどうなろうと関係ありません、”調査”なり”侵略”なりお好きなようになさるがよろしい」

 そういうとクラウスは不敵に笑って見せた。

 ――映像終了。


 D-1564は無事に帰還したそうだ。

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