第14話 栄光と没落
マッスラ造船所の髭男は、マッスラ所長だと自己紹介した後、工場の隅にある小さな家にユユイたちを案内した。
事務所と思われる正方形の木造建てで、手作りっぽい雰囲気があった。
「一時期は造船じゃなくて、家の建築をしようとしたんだけどよ。まあ、難しいもんだな。この事務所を試しにつくってから、あきらめたぜ」
空笑いしているマッスラ所長が事務所に入ると、エントデルンが入口の低い上桟で頭を打った。
「どうして船がそんなに売れなくなったんだ? 勇者リクレインが乗った船だったんだろう?」
「そりゃ最初は売れたらしい、だがそれは俺の親父の時代の話で、そこからは、モンスターのいなくなった平和な時代がやってきたんだよ」
ため息まじりでマッスラ所長は紅茶を淹れると、ユユイたちに配る。
「もともとうちは、リノール材を使っていて、モンスターの一撃をまともにくらっても割れはしないし、大量の海水が船の中に入ろうとも、勝手に排水される魔法の船を作っていたんだ。……ただ、ちょっとばかり高くてな、それよりも安価で大量の物資が運べる商船が売れていったのさ」
「ほかの造船所みたいに、商船を作ればよかったんじゃない?」
「まあ、それはそれで色々やったんだが、うちの親父がリノール材を買い続けて……儲けがほとんどでなかったんだよ」
「なんでリノール材を買うと儲けがでないの?」
「リノール材ってやつは、そう簡単にできるものじゃなくて、何年も特殊な方法で育てた木なんだよ。だからほかの木材と違ってバカ高い。いまどきリノール材で船を作るやつはこのあたりにはいねえんだ」
「なるほどね。でも、なんでまた親父さんはリノール材を買い続けたの?」
「材木屋もリノール材が売れなくなったんで、親父が一気に買い取っちまったんだ。おかげで大赤字。いまだに買ったままで使ってないリノール材が倉庫を埋め尽くしているよ……」
昔のことを思い出して、マッスラ所長はうなだれながら紅茶をすすった。
エントデルンは対面に座って元気づけようとする。
「いい親父さんじゃないか。リノール材で有名になったからだろうな。材木屋やリノール材を作っている農家をほっとけなかったんだろう」
「ははは……」
エントデルンの言葉がうれしかったのか、大きく丸っこい体を揺らして笑う。
「とはいえ、この貴重な木材も行き場を失って、貧乏神みたいに居座っているのが現状さ。このまま俺とともに朽ちていくか……いや、頑丈だから数千年はもつから、朽ちていくのは俺だけか、ははは……」
すっかり猫のように丸くなったマッスラ所長の背中をみて、エントデルンが肩を叩いた。
「それならば、よかったな。父親に感謝するといい」
ユユイは持っていた牛革の袋をマッスラ所長の前に置いた。
「こ、これは……」
「調査隊で使う船を造ってほしい。リクレインが利用した船と同じものを造れるか?」
「ああ、親父の代から大切にしている設計図があるからな。まったく同じものが作れるぜ」
「じゃあ、頼むぞ」
マッスラ所長はみるみるうちに生気がもどり、背筋を伸ばした。
「本当に、夢みたいだ……。またリノール材の船が造れるなんて……。しかし、何のために? 話した通り、物を運ぶなら商船のほうがいいぞ?」
「いや、リノール材じゃないとダメなんだ。勇者リクレインが倒したとされるシードラゴンの巣まで、その『魔法の船』で行く必要がある」
「よっしゃー! 分かった! とにかく『魔法の船』が必要なんだな、すぐに取り掛かる!」
連絡がとれる宿だけ聞くと、マッスラ所長は工場に駆け込んでいった。
「さあて、報告しにアンジェリカのところにもどるとするか……ん? あれ、シノキス、おまえさん泣いているのか?」
「……う、うう……」
目を赤くしたシノキスは、慌ててローブの袖で顔を隠した。
「へぇー……あんたも純粋なんだね」
「……君には分からないだろうね……栄誉ある造船所が自分の代で落ちぶれて……でも、再び立ち上がれる日が来た喜び……僕は感動したよ」
自分の姿と重ねちゃったわけね。でも、シノキスの気持ちは分かる。
魔王がいなくなって、勇者や魔法使いは過去のものに。
周囲の人たちに手のひらを返された側に立たないと、この虚しさは分からないわよね……。
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