第15話 リクレインを追って

 レゾールの中心街で一泊したあと、アンジェリカの部屋を三人で訪れた。


「岬から西の沖合に勇者リクレインとシードラゴンが戦った島があるわ」


 アンジェリカの部屋にあったはずのベッドは本で埋まり、赤毛の巻き毛が頭の上でいくつか螺旋を描いて立ち上がっていた。


「『西方絵図』……ここにモンスターに関する生態について記載がありました」

「しかし……君、よくこんなに本を集めたね……」


 目を丸くしたシノキスが、辺りを見回す。

 たった一日で、本の数が二倍になっていた。


「城下町が近いので、本を取り寄せられました。もっと古い文献……いまから三百年前までさかのぼってみたら、これが出て来たんです!」


 嬉々とした表情で巻物を取り出す。


「これによると、海のモンスターは沖合の海底に巣を作るそうですよ。おそらくシードラゴンもそこに住み着いたはず」

「やっぱりそうか……。海底なんだな……、わしは泳ぐこともできないんだが」


 困り顔をしたエントデルンは嫌な予感が的中したといった様子だ。


「海底というと、やっぱりかなり潜らないといけないわよね……」

「僕は分からないけど。……海のなかで息ができる魔法か、存在しそうだけど、どこで習得できるのやら」

「二人とも、そういう魔法は習わなかったのか?」


 エントデルンは魔法学園を卒業した二人に尋ねたが、首を傾げるばかりだ。


「私は黒魔法しか使わないって決めてたから、あんまりそこらへんは……」

「僕は補助魔法が得意じゃないんだよね。やっぱり攻撃系が花形だろ?」


 話を聞いていたアンジェリカが小さくため息をつく。


「はあ……なんでまた、同じ系統の魔法使いがいるのかしらね……とにかく、船でそこまで行って、シードラゴンがいた巣窟――つまりダンジョンを探してきて」

「うーむ。なかなか厳しいが、とりあえず行ってみるか」

「とりあえずじゃなくて」


 本からエントデルンに視線を移したアンジェリカは、眉間に皺を寄せた。


「そのダンジョンはラインハルト国の所有物にしないといけないの! 調査隊の目的はそこでしょ。勇者たちが残してきた遺物は全部私たちのものにしなくちゃ!」

「まあまあ……そう焦るな……。すぐに逃げていくわけでもあるまいし。できるだけのことはするつもりだ」


 豹変したアンジェリカに驚いたエントデルンは、手を広げてなだめると早々に部屋を後にした。


「なんだか、焦っている感じだったわね」


 道すがら、ユユイが気になるとエントデルンは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「……まあ、訳アリなんだろうな。魔王がいなくなって、色々あるのはわしら冒険者だけではないってことだ」

「……ふぅん」



 マッスラ造船所に行くとすでに船はできていた。


「早いですね!」


 リノール材でできた船をみてユユイが驚く。

 まだ色は塗られておらず、撥水性のある透明の塗料が塗られているだけだが、大きさは馬車を超えるほどだった。


「まあ、船を造るための魔法はひととおり習得しているからな。こう見えても、ラインハルトでは造船の魔法で俺の右に出る者はいないぜ! ただし、リノール材だけだが……」

「早いだけではなく、細かなところまでしっかりとできているようだね」


 シノキスが感心しながら船を一周する。


「当たりめえだろ! そんじゃ、さっそく港に浮かべるか」


 工場から滑車付きの台車で船を移動させると、港の横の海岸から進水させた。


 漁船ほどの大きな船が海に入ると、ざざっと白波が立ち、水しぶきが三人にかかった。


「おおーっ!!」


 思わずエントデルンが歓声の声を上げる。


「上出来だな。さ、乗ってくれや」

「あれ? どうやって、これ、進むんですか?」


 シノキスは何も持ってない手を広げて、マッスラ所長に尋ねた。


「そりゃ、あんたたち魔法使いだろ。なんか適当な魔法とかで進めばいいじゃないか。戦士だったら、オールが船に積んであるからそれで漕ぎな」

「え、こんな大きくて重そうな船を?」


 三人とも船に乗ってみると、『魔法の船』と言われるだけあって、ほとんど船床が揺れない。

 オールを握ったエントデルンが漕いでみると、軽く漕いだだけで船がスッと進んだ。波を無視するように、海面を氷の上のように滑るように進む。


「思っている以上に進むな。これなら、沖合までいけそうだ」

「僕も手伝ってあげるよ……」


 シノキスがもう一つあったオールを持ち上げる。


「よいしょっ……、お、重い……」


 オールは胸まで上がらず、ゆっくりとシノキスはオールを元の位置に戻した。


「ハァ、ハァ……これはエントのオールと同じなのか……」


 その様子を見ていたユユイは鼻で笑う。


「フッ……シノキス、どんくさい……」

「いいさ、別に。僕は魔法使いだからね」


 船はあっという間に海岸を離れて、岬の西へ進んでいった。



「おそらく、このあたりね」


 ユユイはアンジェリカが怒り顔で渡していた地図と照らし合わせた。


「だが、なんにもないな。いや……あれは、岩礁か……?」


 目を細めて遠くを見たエントデルンの先に、小さな灰色の影が海に漂っている。


「もしかして、あれが『島』?」


 船を近くへ動かせば、海中に続く長い黒い影が波間に揺れている。


「……深いなこれは」


 腹をさすりながら、落ち着かないエントデルンは三度ほど往復する。


「海に入ったことはないの……?」

「まあな……親戚はみんな泳げない」


 親戚……ね。

 竜族は泳げないのかしら。竜族って周りにいないから、どこまでがダメなのか分からないわ……。


「海水がダメってことじゃないわよね? 息は止めてられるの?」

「海に入るのは大丈夫だ。ただ、浮力がなくてな、人間ほど脂肪がないんだ」

「なるほどね……」


 ここは、とばかりにユユイは身軽な服装になると、海に飛び込んだ。


 エントには戦いでは世話になってばかりだから、一肌脱いであげましょうかね。


「さあ、エント。こっちに飛び込んで。私が魔法を連射して、浮かせるようにするから」


 濡れたショートヘアの前髪をかきあげると、オールバックのような髪型になる。


「おお……っ。ならばやってみるか」


 ドン、と海に飛び込めば、予想以上に大きな波が広がった。


「ぶぅふぅうー!」


 海水を吹き出したユユイはエントデルンの太い腕をつかみ取り、魔法を下に向かって連射した。片手で水の魔法を連射すると、エントデルンの重い体重を押し上げ、二人の顔が海面にでた。


「おおーっ! 浮いとるぞ! わしが海で浮いとる!」

「口を閉めた方が、ぶふぅうー! いいわよ!」

「ちょっとまって、僕はどうするの!」


 船腹からシノキスが顔を出す。


「どうにかして、潜ってきなさいー! ぶふぅうー! それじゃ、いくわよ!」


 魔法を止めて、二人で潜った途端、エントデルンの体が重しになって海底に吸い込まれるように落ちる。

 海底には陽の光が射し込み、碧い岩礁が塔のように海面とを繋げている。


 どんどん下に沈むと、ほの暗くなった。

 しかし、不思議なことに、僅かな光が真珠のように海底に輝いている。

 二人はその光に呼ばれるように吸い込まれていった。

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