第13話 調査隊の仕事
港が一望できる宿の一室に入ると、本の山に埋もれたアンジェリカがちらりと一瞥した。景色よりも本の書面に夢中といった様子だ。
「とりあえず、レゾールの書庫で勇者の文献を探したんですけど、あまり残っていなくて……五十年ほど前に編纂された『レゾールの歴史散策』ぐらいしかないのよね」
「えっと……私たちの仕事って、勇者リクレインのことが書かれた本を探すことですか?」
アンジェリカは眼鏡を下ろすと、ユユイに微笑みかける。
「あら、ごめんなさい。ちゃんと説明をしていなかったわね……。記録を探したり、文献と照合するのは私の仕事。ユユイさんたち調査隊の方々は、記録が正しいのか現地に出向いて検証して欲しいの」
「なるほどね、その『レゾールの歴史散策』にはどのようなことが書かれているんだい?」
髪をかき上げたシノキスは、アンジェリカのデスクの後ろに回り込んで、開いた本を覗き込んだ。
「まず、船は当時最高の浮力と強度をもつリノール材を使って造ったとあります。マッスラ造船所……おそらく今でもある造船所のようですね。ここで本当に作成されたか、作成可能かを確認していただけないでしょうか」
「なんだ、簡単な仕事だな」
エントデルンは拍子抜けした様子だ。
「いえ……私が思うに、このあとのシードラゴンの調査は大変な調査になるのではないかと思っています。取り急ぎは、こちらの資金でリノール材を利用した船を造ってもらうことにしましょう」
アンジェリカはデスクのうえに金貨袋を一つ置いた。はちきれそうな牛革のふくろで、口が閉まり切らずコインが顔を出している。
シノキスが袋に向かって手を動かす前に、ユユイは俊敏な動きで袋を手に取った。
「分かりました。じゃあ早速、マッスラ造船所にいきましょう」
袋を両手に持ったまま街道を歩き、造船所が並ぶ一角についた。
「ユユイ、その金貨袋は僕の無限袋に入れておくべきだと思うんだよね」
「……なんで?」
「ここ一帯、労働者のたまり場だろ? スリとか強盗にあうかもしれないし」
「山頂で無限袋ごと奪われた奴に言われたくないわね。それに、労働者といってもレゾールでは造船関係の職は花形よ。ラインハルトから物資がひっきりなしにやってくるから、船の需要も高いし、お金持ちがほとんどよ」
というよりも、シノキスに預けると常識外れの買い物をしそうで恐すぎる。
ユユイは金貨袋をしっかりと持ち直した。
造船業の区画の一番端に造船所らしき、大きな工場があった。
およそ二百年前から造船を行っているようで、工場の壁に設置された看板は完全に錆びて、ほとんど文字が読めない状態だ。レゾールの町案内に載っていなければ誰も気づかないほどだった。
「ほほう、かなり年季が入った看板だな、『マ』……『ル』……うーん。潮風にやられて読めんな」
「と、いうか、ボロ過ぎでしょ!」
工場の木屋根は剥がれ、石柱には苔が生えている。
「何が花形だって? ほらほら僕の無限袋に入れときなよ」
シノキスは無限袋を広げて近づいてくる。
誰がいれるか! 物乞いみたいなやつに大金を預けるわけないでしょ!
「コラ! 誰がさっきからうるせえぞ! ボロだの花形だの……」
錆びた看板の裏に誰かがいたようで、野太い声の主が顔を出した。
髭が顔半分を覆って、太くて黒い眉が小さな目を隠すように生えていた。シノキスぐらいの高い身長で、体は大きい。
「すまぬ、ここは『マッスラ造船所』であっているかな?」
「そうだよ! って、あんた体でけぇな!」
髭面の男は、エントデルンを見上げた。
「あの、リクレインが乗った船を造ったところですか?」
「そうだよ!」
「え、じゃあなんでこんな、さびれてるんですか?」
「あんた失礼だね。なに者だい!」
ついつい本音が出てしまうユユイは一旦引っ込むと、代わりにシノキスが前に出てきた。
「大変失礼しました。僕たちはラインハルト城から遣わされた、勇者調査隊です」
「へぇ、なんか胡散くせーな。国から雇われてんのに、そんなボロ衣着てんのか」
「ボロとは失敬な! このお尻にある勲章を見たまえ!」
背中を向けたシノキスに重なるように、エントデルンが割り込んだ。
「まあ、ちょっと話を聞きたいだけだ。話し相手のつもりで少し時間をくれんか?」
「ああ、いいよ、どうせ暇だからな」
髭男はエントデルンの言葉に難なく応じると、三人を工場に入れた。
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