第50話 お嬢様は修業がしたい


「怜央!私、花嫁修業をするわ!」

「え?あ、おう......頑張れよ?」


 兄貴の社長就任会見から一夜明け、世間は大混乱の真っ只中だというのに、美雨は相変わらずゴーイングマイウェイである。


「サラも一緒に頑張りましょうね!」

「わ、私もやるのか?」

「お、いいじゃねえか。サラも家事出来た方がいいぞ」

「たしかにそれはそうだが......あまり細かい作業は苦手でな」


 せっかく美雨がやる気になってるんだから付き合ってやればいいのに。事実、サラも家事に関しては出来るとは言い難い。


「サラってひとり暮らしとかじゃないのか?」

「いや、私も美雨と一緒に住んでいるぞ」


 なるほど。サラは護衛専門で家事は全部他の使用人がやってくれるのか。いや、護衛もわりとポンコツだよな?それでいいのか?


「まぁとりあえず2人ともやるぞ。まずは洗濯からだな」






「こら、洗剤を全部入れようとすんな!計る為のカップがついてるだろ!洗濯物の量に応じて水量も変えるんだ。ほら、ここ押して......違うそっちじゃない。なんで最後に電源押しちゃうんだよ......」

「ボタンがたくさんありすぎて紛らわしいのが悪いわ!」

「たしかにこれはややこしいな。私も理解出来なかったぞ」


 おい大丈夫かよ。たしかに今は便利になった反面、ボタンは増えたかもしれないが、今実際に使うのは電源、水量、スタートだけだぞ。

 困ったな......洗濯機が使えないとなると洗濯板買ってきて手洗いしてもらうしかないな。2人ともあっさり騙されて真剣にやりそうだから余計に困る。


「終わるのを待ってる間に掃除するぞ」

「お掃除ね!それなら簡単そうだわ!」

「よし、今度は完璧にこなしてみせるぞ。怜央殿、よろしく頼む」

「まぁ普段は掃除機かけるくらいでいいだろ。たまには床以外もやらなきゃ埃が溜まるんだけど。掃除の基本は高い所からだ。下からやるとせっかく綺麗にした所にゴミや埃が落ちるからな」

「すごいわ怜央!そんなことを思いつくなんて!」

「理にかなっているな。掃除とはそこまで奥が深いのか......」


 え、なんでこんなに感動してるの?普通に考えたら分かりそうなものなんだけど?


「まずは掃除機をしっかり持って。手を離すなよ?ここのスイッチ押せばゴミを吸い込んでくれるから」

「わっ!怜央!掃除機が暴れているわ!ど、どうすればいいのかしら!?」

「美雨!この、じゃじゃ馬め!美雨を解放しろ!」


 なにこのコント。別に言うほど暴れてねぇし。サラのポンコツも美雨となかなかいい勝負だな?


「落ち着けって。ちゃんと持ってれば大丈夫だから。そのままゆっくり歩いていけ。隅のほうは埃が溜まりやすいから少し入念にな」

「こ、こうかしら?......出来た!出来たわ、怜央!」

「はいはい。よく出来たな。偉い偉い。だけど掃除機を離すなよ」


 美雨が思わず俺に抱き着いてきたから、解放された掃除機が床をのたうち回っている。そしてそれに翻弄されるサラ。

 うん、掃除はもういいや。疲れたわ。


「洗濯が終わったから干すぞ。とりあえずカゴに入れて」

「ん......なかなか重いわね」

「そりゃ水を吸ってるからな。服同士が絡まってるから出す時に1枚ずつやったほうがいいぞ。終わったらあっち持って行って干すだけだ」


 カゴの持ち手を片方ずつ持つ美雨とサラ。なんだか微笑ましい光景だな。


「まずは重いものからシワを伸ばしつつ干していけ。ワンピースはハンガーだな」

「お洗濯って大変なのね......」


  こんないかにも高そうなワンピースの洗濯方法など知らないけど、一応ソフトコースで洗濯したし大丈夫だろう。毎回クリーニングに出す余裕など無いしな。

 順調に干していき、あと少しというところで事件は起きた。

 美雨が最後にネットから取り出した物が見えた瞬間、俺は首ごと視線を逸らした。グキって鳴ったけど大丈夫かな、俺の首。水色の物なんか見えていないからな、絶対に。


「怜央......見たの?」

「な、何も見てないから大丈夫だぞ?」

「見たいなら見てもいいのよ?その、怜央は旦那さんなんだし......」

「見ない!見ないから!さっさと干せ!周りから見えないように干すんだぞ!」

「......怜央の意気地無し」


 やめろ!婚約はしたけど俺たちはまだ高校生なんだ!もっと他に学ぶべきことがたくさんあるんだ!

 まぁこんなレベルで料理なんて教えられるわけもなく、俺がさっさと作ってしまうことにした。しかし2人に両脇から見られてやりづらいったらありゃしない。


「そういえばサラ、車置いたままだけどいいのか?辞めるなら返さないとじゃね?」

「ん?ああ、あの車は私名義だぞ」

「え?もう1台乗ってなかった?」


 普段、美雨の送迎は今我が家に止まっている黒い車だが、水族館の帰りに俺が送ってもらった時は別の車だった。

 てっきり黒いのが楠所有で、もう1台がサラ個人の物だと思ってたんだが......。


「両方とも私のだ。お嬢様を送迎するのに相応しい車を持てと言われてな。給料のほとんどがローンで消えるぞ、ははは」


 いや笑いごとじゃないんだが?ほぼ強制的にローンで高級車買わせるとかヤバすぎる。サラもサラで買うなよな......。


「どっちか売れば?もう2台ある必要はないんだし」

「それもそうだな。よし、今から売ってくる!」

「あ、おい............行っちまった」


 そんな古本売りにいくみたいなノリで車売りに行くなよな。なんか査定とか色々あるんじゃないのか?安く買い叩かれないかとても心配だ。


「......怜央、やっと2人きりになれたわね」


 サラ!カムバーック!兄貴でもいい!今すぐ帰ってきてくれ!


 

 

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