第49話 お嬢様は驚きのあまりおとなしい
「——怜央殿、これはいったいどういうことだ」
サラが呆然とするのも無理は無い。今、テレビではある記者会見が報じられている。その内容が完全に無関係である人など少数だろう。
「怜央、この人本当に......?」
「ああ、
9月1日をもって社長を交代する。それが記者会見の内容だ。
神代産業は、かつてはグループ化する前の楠と肩を並べるほどの企業だった。が、楠がいくつもの企業を取り込んで成長するにつれて、神代の業績は悪化していった。一時は倒産するのではないかという噂すらあったほどだ。
しかしここ数年は持ち直したどころか驚くほどの成長を遂げている。まさしく、佐藤秀雄という人間が入社したタイミングから。
社長就任の会見だけなら特に騒ぎになることもない。今どの番組でも騒がれている理由は、兄貴が語った楠の実態にある。
自分が受けたパワハラ、絶望感、そして今も尚続いているだろうこと、全てを語った。さらには楠とは真逆の会社にしていくという宣言まで。
当然そんなもの放送出来ないと中継を打ち切った局もある一方で、強気に中継続行した局もあった。その理由が正義感か視聴率のためかは分からないが。
「怜央殿が言っていたのはこういう事だったのか......。たしかに美雨の捜索どころではないのかもしれないな」
「それだけじゃねえよ。楠グループの上層部は今頃大慌てで連絡を取り合ってるだろうさ。こうして放送されちまった以上、もう権力で握りつぶすことは出来ない。そしてそれは、今も尚苦しんでいる人たちにとっては希望になる」
「......恐ろしいことを。これは怜央殿が考えたのか?」
「俺も無関係とは言わんが、兄貴の意思だ。過去を乗り越えて、自分と同じような人たちを救いたいってな」
さすがにここまで短期間で準備を終えたのには驚いたが。きっと、美雨のことがあったから予定を前倒ししたのだろう。
「そうは言っても社長の就任などそう簡単に出来ることではなかろう」
「兄貴は天才なんだよ。俺は楠とは違うやり方の会社を作ればいいとは言ったことあるけど、会社を立ち上げるには時間も金も必要だからやるとしてもまだまだ先のことだと思ってた。だけど兄貴はまさか倒産寸前の会社に入って本当に実現しちまった」
「......まったく、なんて兄弟だ」
「これが......お
今の神代産業は従業員に寄り添った体制を取っている。立場に関係無く気軽に意見を出し合う場を設けて、失敗を恐れずに挑戦する。それこそがより良いアイデアを産むのだ。
下の者は勝手に意見をすることすら許されず、成功すれば上司の手柄、失敗すれば部下の責任という楠とは真逆のやり方だ。
「なるべく多くの人に知ってもらいたいからってお盆中に会見開いたそうだが、休み明けは大混乱だろうな」
「今や楠グループの天下と言ってもいいくらいの大企業だからな。それが崩れるなど誰も考えていないだろう」
「ま、実際はこっちに賛同しそうな企業には既に手は回してるし、勘の良い企業は楠から抜ける算段もつけてるからな。混乱は楠側と、下で使われてる人たちだよ」
「いくら兄君が次期社長とはいえ、やけに詳しいな?」
「俺も実際に働いてるからな。まだ高校生だしアルバイトだけど」
「は?怜央殿もその会社に在籍していると?」
「私と遊べない用事ってお仕事だったの?」
「そういうこった。まぁ、あくまでも手伝い程度だけどな」
リモートで済ませる時もあるし、呼ばれたら会社まで行くこともある。頻度も学生の俺が空いてる時のみでいいという好条件。むしろさっさと卒業して社員になれと言われる始末だ。ありがたいけど、こっちはまだ2年生なのだから気が早すぎる。
楠グループで苦しみながら働いていたり、やり方に反感を持つ人がどれだけいるかは正直分からない。
だが、こちらに賛同している企業も受け入れる準備を進めているからかなりの人の移動があるはずだ。
これこそが、労働者の救済であり、俺たち兄弟の復讐でもある。さぁ、楠はどう動くのか。
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