第48話 お嬢様は現実を信じたい
「あー、いってぇ......」
やはり布団くらい出すべきだったか。
昨夜は色々と話すこともあるだろうしと、美雨とサラに俺の部屋のベッドを提供して、俺自身はリビングで寝ることにした。
兄貴は泊まりで仕事だし、わざわざ来客用の布団を出すのが面倒でついソファで寝てしまったのだが、変な体勢をとってしまったのか背中がバキバキだ。
9時前か......。上の階から物音がしないということは美雨たちはまだ寝ているんだろうが、とりあえず朝飯くらいは作っておくか。
と、腰を上げたところに着信音が鳴り響いた。ん?電話のほうか?今どき珍しい。
知り合いならばメッセージアプリの通話機能を使うはずだ。そっちなら無料だしな。画面を見れば表示されているのは知らない番号。まぁだいたい予想はつくが。
「はい」
「君が佐藤玲央君かね?」
厳かで威圧的。たったひとことなのにそんな印象を受けた。
「いえ、人違いです」
それだけ言って終了をタップする。まったく、朝っぱらからやめてほしいぜ。しかし再び鳴り響く着信音。しばらく待ってみても鳴りやむ気配はない。めんどくさ......。
「......はい」
「佐藤玲央だな?」
「セールスならお断りですし、架空請求なら自首してどうぞ」
「なにをふざけたことを言っている。質問に答えろ」
さきほどより怒りが込められているのか、声が冷たい。だけどそんなものでビビる俺ではない。
「ふざけてんのはどっちですかね。人に名前を尋ねる時はまず自分からって教わらなかったんですか?相手の情報だけを抜き取ろうなんて詐欺師のやることでしょ」
「......楠
「はて、私の知り合いにはそんな名前いないですね」
「楠グループの会長と言えば分かるだろう!」
いきなり大声を出されて耳がキーンとなってしまった。なんとも大人げない。ていうか血圧大丈夫?
楠という苗字に心当たりはあっても、勝一郎と言われてピンとくる人などほんのごく一部だろうに。
「逆にお尋ねしますが、佐藤秀雄という人物を知っていますか?」
「知るわけが無かろう!貴様と言葉遊びをしている暇はない。さっさと美雨を解放しろ!」
知るわけがない、ね。まぁそうだろうよ。楠に利益をもたらさない人間など名前を覚える価値すらもないのだろう。
「解放とはどういうことですか?まるで私が誘拐でもしたような言い方じゃないですか」
「同じようなものだろう!貴様が誑かしたから美雨が私に反抗するようになったのだ!」
「そういう考えだから美雨が嫌がったんじゃないんですか?なんでも人のせいにするのは良くないですよ」
誑かすもなにも、最初に寄ってきたのは美雨のほうなのだ。俺はただ美雨の願いを叶えようとしているにすぎない。
「貴様......こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
「私をどうするおつもりなのか是非お聞かせ願いたいですね。簡潔かつ具体的に」
「私は楠の会長だぞ。貴様程度、どうにでもなる。家族諸共今の場所に住めなくしてもいいんだぞ」
「じゃぁ、電話なんてしてないでさっさと実行したらどうですか?あ、それとこの会話、録音してるんで気をつけてくださいね。場合によっては脅迫にあたるので」
「なにをっ......姑息な真似をしよって」
「高校生相手に権力を振りかざす人がよく言うよ。それに美雨への暴行もしっかり証拠に残してますので」
壊されたスマホと美雨の赤く腫れた頬。何があったのかなんて誰にでも分かる。
どうせもみ消そうとするだろうし、実際に罪に問われるかどうかはさして重要でもない。
だが、楠の会長がそういう行為を働いたと声が上がれば、世間の見る目は大きく変わるだろう。そしてそれは波紋となって広がっていく。
「貴様......何が望みだ」
「別に貴方には何も求めてませんよ。まぁ考え方は改めた方がいいと思いますけど。私が望むのは、美雨が笑顔でいること、ただそれだけです」
「ふん、笑顔などくだらん!そんなもののために私を敵に回すというのか!」
「敵ね......どう捉えるかは貴方の自由ですが、いつまでも思い通りになるなんて思わないことです。きっと今夜には分かりますよ。楠の時代はもう終わりだということが。それでは」
返事を待たずに終了をタップする。ふぅ、疲れた。美雨たちに聞かれなくて良かったが、朝っぱらから疲れることはやめて欲しいもんだ。夜ならいいという話でもないが。
「怜央!おはよう!」
「おう、おは——グハッ」
挨拶とともに突進して頭突きをキメてくる美雨。いったい今度はなんだというのだ......。
「怜央!私、お嫁さんよね?夢じゃないわよね?」
「......ああ、夢じゃないぞ」
うん、ちゃんと覚えていてくれたのはいいんだけど、まだ婚約だから気が早いんだって。
あと婚約者だからってそんな胸に顔を擦り付けないでほしい。俺の理性がブレイクしてハジけちゃう。
今日は長い1日になるな......と思いながら美雨の頭を撫でておく。
「怜央殿、すまない。少し寝すぎたようだ」
「サラもおはよう。俺にも殿付けなくていいんだぞ」
「さすがにそんな急には......」
美雨のことは呼び捨てなのに俺だけ殿付けられたら蚊帳の外みたいで寂しいじゃないか。まぁそのうち無くなるだろ。
「悪いけど今日は家の中にいてくれ。楠家が捜してるかもしれないし、昼頃にはそれどころじゃなくなるだろうしな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます