第47話 お嬢様は家族になりたい
「美雨、俺と——結婚しよう」
「............へ?」
「あ、もちろん今すぐにってのは無理だけどさ、卒業したら俺と結婚して......佐藤美雨になってほしいんだ」
「さとう、みう」
「そうすればお前はもう楠じゃなくなる。自由にしていいんだ」
「じゆう......」
いきなりすぎたか?美雨の語彙力が家出してしまっている。戻ってこーい。
「あー、怜央殿?さすがに性急すぎではないか?その、お2人は付き合ってもいないのだろう?」
「付き合ってはないぞ。言ったろ、俺は楠が嫌いだって。仮に父親が付き合うのを許したとしても、その先は楠に取り込まれることになる。そんなの死んでもゴメンだね」
美雨を跡取りではなく道具として使うということは、嫁に出すのではなく相手を婿にとるという意味だ。女性を格下に見ている古臭い考え方だというのがよく分かる。
まずは美雨を楠から離す必要があるのだ。だからこそ俺たちの関係を進める第1歩が、美雨が嫁にくる形での結婚というわけだ。
「なるほど、たしかにそれなら怜央殿が楠になることはないかもな。......だが、何故そこまで楠を嫌う?」
「いい機会だから教えてやるよ。楠が何をしたか......いや、何をしているのかを」
俺は2人に、兄貴が受けた仕打ちを話した。今でこそ普通に生活しているが、当時は本当にヤバかったのだ。
しばらくは笑わないどころか、まるで魂が抜けてしまったかのように無感情だった。唯一感情を表したのは、もうあの会社には行かなくていいと言った時に流した涙だけ。家族総出でフォローしてなんとか自分を取り戻してくれたが、兄貴自身も「当時は自分が何をしたいのかも何をするのかも分からなかった」と言うくらいだ。
そしてそれは兄貴だけではない。今もなお苦しんでいる人は大勢いるはずだ。
「秀雄殿にそんな過去が......」
「自分の娘ですら、思い通りに動かないとこんな扱いをするんだ。想像はつくだろ?」
「れお、れお。わたし、およめさんなの?」
あれ?ここに話を聞いてないのが約1名。今真面目な話してるんですけど?
「まだ気が早い。とりあえずは婚約者といったところか?」
「およめさんがいいわ!」
「はいはい、卒業したらな」
「......そうか。それでは嫌い......いやむしろ憎んでいても無理はないな」
サラはサラで普通に話進めてるしなんで俺だけ忙しいの?せっかく噛まないでプロポーズ出来たと思ったのに、これでは緊張感もなにもあったものではない。
「ま、そういうわけだ。......美雨、俺は美雨のことが好きだ。だから、俺と婚約してほしい」
「やだ!」
............え?今なんて?まさか、やだって言った?ついさっきまで嬉しそうにしてたよね?え?
「およめさんがいい!」
「え、あ......おう。将来的にはそうなるからほとんど同じ意味なんだけど」
「じゃぁいいわ!わたしもれおすきだもの!」
戸惑う俺に抱き着いて来る美雨。なんか幼児化してる気もするけどちょっと衝撃与えすぎたかな。え、後になっても覚えてるよね?
なんか今好きって言われた気もするけど、幼児化と俺の感情が揺れているせいで素直に喜べないぞ?
俺の胸に顔を擦り付ける美雨を抱きしめ返してみるが、心臓の鼓動が聞かれているのではないかと思うとさらにテンポが早まった気がした。
ホントに、美雨だけは俺の予想の斜め上をいってくれるな。
「......お2人の婚約というのはもちろんめでたいことではあるが、そんなに上手くいくのか?旦那様が許すとは思えないが......」
「ま、そっちもちゃんと考えてあるさ。それよりサラ、他に美雨の父親から言われたことは無いのか?」
「ほう、そこまで気づくとはさすがと言うべきか。なんのための護衛だと叱責を受けたぞ。クビだとも言われたな」
真面目なトーンでサラに問うとアッサリと白状した。そこはもっと動揺してもいいと思うんだが。
「えっ、サラがクビ!?駄目よそんなの!」
ほら見ろ、美雨のほうが動揺してるじゃねぇか。てかちょっと元に戻った?更にショックを与えると戻るの?新発見だわ。
「まぁそうなるだろうなぁ。美雨が感情と意思を持つのを放っておいたんだから、楠にとっては面白くないだろ」
しかし美雨の捜索を命じながらもクビを宣告するって正気なのだろうか。ヤケになったサラたちが美雨を誘拐するとかは考えないのか?
なんでも思い通りになると思っている楠らしいといえばそうだが。
「私に悔いは無いさ。間違ったことをしたとも思っていない」
「俺が新しい就職先紹介してやろうか?」
「なんだ?怜央殿が雇ってくれるのか?」
「アホか。高校生にそこまでの財力はねぇよ。でも、これで護衛じゃなくなったんだろ?なら美雨のこともお嬢様なんて呼ぶなよ」
「だ、だが、なんと呼べば......」
「普通に美雨でいいじゃねぇか。なぁ、美雨」
「そうよ!サラとももっと仲良くなりたいわ!」
美雨は10年前に母親が亡くなってからというもの、家族からの愛情も知らない。だからサラには姉のような存在として美雨を愛してほしい。
「うっ......いきなり呼び捨てというのは......」
「呼んでやれよ。美雨だってこんなに期待してるんだぞ?」
若干幼児化の影響もあるのかもしれないが、美雨はすっごくキラキラした目でサラを見ている。俺だったら、こんな目で見られたら断るなんてこと出来る自信はない。
「ぐぅ......み、美雨......様」
「だめ!」
「......美雨」
「サラおねぇちゃん!」
「——!?」
あ、完全に心を撃ち抜かれたな。ズキューン!なんて音まで聞こえる気がするわ。
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