第46話 お嬢様は飛び出したい
「玲央殿!今どこにいる!」
世間ではお盆真っ最中の8月15日。間もなく18時になろうかというところでサラから通話がかかってきて、応答すると焦った声が聞こえてきた。
「あん?今日は家から1歩も出てないぞ?立派な自宅警備員候補だな」
「そうか......お嬢様は一緒か?」
まずは落ち着かせようとボケてみたが見事にスルーされてしまった。しかしどうにも様子がおかしい。
「今日は朝『おはよう』ってメッセージ来たくらいで、俺も予定あったしそれ以来連絡もとってないぞ。どうかしたのか?」
「夕方あたりから姿が見えないのだ!今日は旦那様が来られていて話をしていたようなんだが......」
「おいおい、美雨が外に出たの誰も気が付かなかったのか?」
「いつも外出の際はお嬢様の方から声をかけてくださるのだ。心当たりは探しているが、玲央殿のところに行ったのではないかと思ってな」
「......分かった、こっちでも探してみる」
「すまない」
おそらく状況からして誘拐などの事件性は薄いだろう。父親と何かあったとしか思えない。しかし家出だとしてもどこに?
試しに通話をかけてみるが、電源が入っていないか電波の届かないところに——というアナウンスが流れるだけだった。
ウチ以外で真っ先に思い浮かぶのは美雨の母親のお墓だが、そこは当然サラ達が探しに行っているだろう。外に出る時は俺かサラが付いていたはずだし、あてもなく彷徨っているのでなければ俺と行った場所か......。
「——そんな格好でいると風邪引くし、虫に刺されるぞ」
やっぱりここにいたか。ここは俺と美雨が一緒に花火を見た岩山の上だ。そこで美雨は半袖のワンピースだけを着て立っていた。
声をかけながら、念のために持ってきた上着を羽織らせる。
「............私っていったいなんなのかな」
「お前は楠美雨だ。それ以上でもそれ以下でもない」
ぽつりとつぶやかれた言葉に事実のみを答えると、美雨はようやくこちらを向いた。しかしその表情は儚げで、いまにも消えてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
「父親となんかあったのか?」
美雨は顔を逸らしつつも、黙ってスマホを差し出した。受け取ってみると暗くなっている画面は割れ、貼られていたはずの写真が上手く剥がせなかったのかズタズタになっていた。
「これを見られたんだな」
スマホを返そうと美雨を見ると、その頬に透明な雫が伝っていた。いつもは白い肌には赤くなった痕があるようにも見える。
「......写真だけじゃなくて、メッセージも見られて、余計なことはするなと......言うことだけ聞いていろと言われたわ」
「そうか」
「あなたと......玲央といる時だけは全部忘れられたのにっ......笑うことが出来たのにっ。2度と関わるなって............私は......私はっ」
俺は思わず、悲痛な叫びをあげる美雨を抱きしめていた。これが正しい選択なのかは分からないが、どうしても見ていられなかったのだ。
美雨はしばらくの間、俺の腕の中で泣き続けた。
「とりあえずウチへ行こうか」
やがて嗚咽が収まりつつある美雨に優しく語りかける。ここにいても仕方ない。
美雨はイエスともノーとも答えなかったが、その手を取るとおとなしく歩き始めた。
自宅に帰り着くと、当たり前のように車庫に止まっている黒い車を見て美雨が一瞬ビクッとする。運転席からサラが降りてきて安心するかと思ったが、美雨は俺の背中に隠れてしまった。
「大丈夫だ。俺が呼んだだけだよ」
「怜央殿。すまない、助かった」
「色々と話すこともあるが、とりあえず中へ入ってくれ」
今日はさすがに家へは帰りたくないだろうが、ウチに泊まるにしても荷物とかは必要だしと連絡を入れておいたのだ。それに、サラとも話す必要がある。
「——まぁ家を飛び出したくなるのも分かるけどな、せめてウチに来れば良かったのに」
「......ごめんなさい。怜央にも迷惑がかかると思って」
「今更だろ。俺だって当事者だしな。無関係でいられるなんて思ってねぇよ」
こんなの、美雨と関わると決めた時から分かっていたことだ。しかし最高のタイミングだとも言える。
「サラ、美雨の父親はまだ家にいるのか?」
「いや、捜索を我々に任せてお帰りになられた」
「じゃ、とりあえずは安心だな。数日はここにいればいいさ。そのうちにそれどころじゃなくなるだろうしな」
「で、でも......」
「なんだ、ビビってんのか?また楠として過ごしたいなら帰ってもいいぞ。俺は言いなりになるなんてゴメンだけどな」
「......私だってそんなの嫌」
俺には強制することは出来ないし、美雨が望む通りにすればいい。味方かはさておき、応援くらいはしてやるさ。
「いいか、美雨。ここはお前の人生にとっての分岐点だ。よく考えろよ。父親に逆らえば楠ではなくなることも可能だが、その恩恵も受けられなくなるんだ。今自由に使えてる金もその服もスマホも、全てお前の父親が与えた物だ。それらを全て手放すことにもなる」
今まであえて触れてこなかったが、出かける度に使っていたお金だって自分で稼いだお金ではない。お金が無いだけで窮屈に感じるかもしれない。それに耐えられるかどうかだ。
「構わないわ。怜央と離れるくらいなら、私は全てを捨てても構わない」
驚いたな......まさか即答とは。その立場を欲している人間だって山ほどいるだろうに。ならば俺の取るべき行動は決まっている。
「そうか、それなら話は早い。美雨、俺と——結婚しよう」
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