第45話 お嬢様は雛になりたい



「初めまして、お嬢様の護衛を務めております、鬼頭きとう沙羅さらと申します」

「これはご丁寧にどうも。玲央の兄、佐藤秀雄です」

 

 そういえばこの2人は初対面なのか。ていうかサラの名字って鬼頭っていうの?めちゃくちゃ強そうだな。佐藤と鬼頭......1文字変わるだけでこんなにイメージ違うのか。


「ねえ、玲央!これでお肉焼くのかしら!?」

「そうだけどもうちょい待ってろ。今他のも準備するから」


 本日は我が家で焼肉パーティをすることになった。美雨が泊まる気満々で遊びに来て、明日が休みだという兄貴がサラも誘って焼肉にしようと提案したのである。

 美雨はすでに初めて見るホットプレートに興味津々だが、肉以外にも野菜を切ったりと用意しなければならない。台所へ向かうと美雨が後ろをテクテクとついてきて野菜を切る俺の手元をのぞき込んでくる。


「美雨もやってみるか?」

「いいの?やってみたいわ!」


 そんなあからさまに見られたらな。場所を譲ると美雨がまな板の前に立つが、ピーマンを切るだけなのにどうにも危なっかしい。


「ほら、左手を猫の手にしてピーマンを軽く押さえる。包丁は当てて軽く奥に押しながら切るだけだ」


 後ろから美雨の手を押さえながら指導する。余計なことは考えるな。俺は今母親だ。母親になりきるんだ。


「そうよ、上手く切れたじゃない」

「玲央、喋り方が気持ち悪いわ」

「......気のせいだ。次のも切るぞ」

 

 しまった、母親を意識するあまり口調まで変わってしまった。

 カボチャやタマネギなど切りづらい物は俺がやって、残りは美雨にやらせてみた。とりあえず包丁を振り回したりはしないで安心したよ。


 

「おまたせー。とりあえず焼いてくか」


 ホットプレートはすでに温まっているので野菜からどんどん並べていく。空いたスペースに肉を置けばあとは待つだけだ。


「......ねえ、玲央!まだ?まだ?」

「少しは落ち着け。そろそろ肉はいいんじゃないか?ほれ、熱いから火傷すんなよ」


 焼けた肉を取り皿に置いてやるも何故か見つめたまま食べようとしない。ん?冷めるのを待ってるのか?もしくはそこだけ時間軸ずれた?


「もう食えるだろ?」

「......はい、玲央。あーん?」

「俺は良いから自分で食えよ」


 箸で肉を掴んだと思ったら俺の口元に押し当ててきた。こら、汚れるだろうが。慌てて食べれば美雨は満足そうに微笑んだ。まだかと催促してたのは自分で食べる為じゃなかったのかよ......。

 大人組をちらっと見れば酒を飲んでいつのまにか意気投合していた。


「サラさんもけっこういける口なんですね」

「ええ、普段はあまり飲まないんですが......」


 そりゃ護衛だしな。酔っぱらってたら仕事にならんしな。ていうか今はいいのか?まぁたまには息抜きも必要か。兄貴も仕事以外で一緒に飲める人がいて楽しいだろうし。


「玲央、私も食べたいわ」

「......食べればいいだろ。ほら」

「ん」


 取り皿に置こうとすると、口を開けて待っている。もう雛にしか見えないんだが。

 サンチュをちぎって肉を包んでその口に突っ込む。これなら箸も使わなくて済む。


「......ん、美味しいわ」

「そりゃ良かったよ。たくさんあるからどんどん食べろよ」

「いや~、若いっていいですね」


 声のした方向を見ればサラがこちらを半目で見ていた。なんだ、羨ましいなら代わってやるぞ?

 

「サラさんだってまだまだ若いですよ」

「私なんてジムで体を鍛えるくらいしか趣味もないので......」

「お、いいじゃないですか。最近は忙しくて行けてませんが、俺もジムはたまに行きますよ」

「ほほう、では今度ご一緒にどうですか?」


 なんかいい感じじゃねえか。いつからここってお見合い会場になったの?まぁお互いにとっていい息抜きになるかもな。あの腹筋を見たらさすがにビビるだろうけど。

 そんな2人を見ていると横から袖を引っ張られ、見てみると再び口を開けていた。はいはい、ちゃんと野菜も食べような。

 美雨は口に物が入っている時は咀嚼に集中しているので、その隙に俺も自分で食べる。

 

 1人だけ忙しく動いていたが、気づけば用意した食材が底をつきた。大人組も酒を飲みつつよく食ったしな。特にサラは寿司の時も平気で20皿は食べてたし、やはり筋肉を作るにはまず食べることが重要なのか......。

 皆で協力して後片付けをしたが、2人はまだ飲み続けるみたいなので、俺たちは交代で風呂に入ってしまうことにした。

 ......なんで当たり前のように俺が美雨の髪乾かす担当になってんの?そろそろ自分で出来るようになろうな?

 そして向かったお風呂場には見慣れぬシャンプーが置いてあり、俺はもう考えることをやめた。


 

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