第39話 お嬢様は寂しい
「あー、くっそ。いてぇ......」
プールの翌朝、俺はベッドで筋肉痛に襲われていた。夕方までみっちり遊んだせいで、全身が悲鳴を上げている。水中は抵抗大きいから余計に筋肉使うんだよな。
しかし自分のベッドなのになんとも落ち着かない。だって違うにおいが染みついてるんですもの。昨日は美雨をなんとか帰らせて久しぶりにゆっくり朝を過ごせると思ったのに。
しばらくベッドでグッタリしていたが、さすがに腹が減ってきたので悲鳴を上げる体に鞭を打って起き上がる。1階へ降りてみれば兄貴はとっくに仕事だが、美雨がいないだけでこんなにも静かだとは......。
とりあえず朝食を食べてから家事だな。筋肉痛だからといってサボるわけにはいかない。
* * *
お昼からの用事を済ませて外に出れば、そこは地獄だった。クーラーの効いた場所から太陽の下に身を晒すだけでクラっときてしまう。
とりあえず電車の時間を調べようとスマホを取り出して、固まってしまった。通知に顔を引きつらせながらメッセージアプリを立ち上げると、楠美雨からのメッセージが10分おきにきていた。しかも全部、壁からキャラクターが覗いているスタンプのみ。
今日は用事あるからと言っておいたのに......。そして既読が付いたからか、通話がかかってくる。
「あ、玲央!用事はもう終わったのかしら?」
「まだ帰る途中だ。つかスタンプ爆撃やめろよ」
「......仕方ないじゃない。ずっと待ってたんだもの」
え、もしかしてずっとスマホとにらめっこしてたの?大丈夫か、こいつ。
「帰ったら相手してやるからもうちょい待ってろよ」
「分かったわ!待ってるから!」
通話を切って思わずため息をついてしまう。どれだけ暇なんだよ。つーか別れてからまだ24時間も経ってないんですけど?
これは良くない状況だなぁ。今は夏休みだからまだいいが、学校が始まったらどうなってしまうのだろうか。どうにか手を打たないとなぁ。
頭を悩ませつつ電車に乗って帰宅すると、そこには——すっかり見慣れた黒い車があって頭を抱えてしまった。
「玲央!おかえりなさい!」
車から降りて嬉しそうに駆け寄ってくる美雨。あ、待ってるってそういうこと?いや分かるか!
思わず運転席を睨むと、会釈だけして逃げるように去って行ってしまった。サラめ......鍛えすぎて脳みそまで筋肉になってるんじゃねえの?
しかしサラが行ってしまった以上追い返すことも出来ず、家に入れるしかない。外は立っているだけで汗が流れるほどの暑さなのだ。
「で、なんか用か?」
一応、カルピスを一気飲みした美雨に聞いてみる。まぁ無駄だろうけど。
「遊びに来たわ!友達だもの!」
あー、うん。そういや美雨にとっての友達って、俺と涼、麗香の3人しかいないんだよな。涼は部活で麗香もそれに付いてるし、残るは俺だけってわけか。
それにしてもここまで来ると、もはや依存だよなぁ。まずは俺たちの常識に慣れさせないといけないのに困ったものだ。
「おいこら、汗かいてるし暑いからあんま近寄んなよ」
「なんで?いいじゃない。玲央のにおい、嫌いじゃないわよ」
「お前さぁ、もうちょっと考えて......。逆に自分がされたらどう思うか想像してみ?」
「私が......?れ、玲央ったら、そんなに私のにおい嗅ぎたいのかしら!?」
どうしてそうなる。そんなに顔を赤くして言われるとこっちが恥ずかしいんだが?
「遠慮しとくわ」
「......ちょっとくらいならいいわよ?」
「良くねぇわ!寄ってくんな!」
においを嗅いでいいと言いながらベッドの上でにじり寄ってくる金髪碧眼美少女。字面にするとヤバさが溢れるな。
「じゃぁ代わりに私が玲央のにおい嗅ぐわ」
「代わりにってなんだ。それ最初に戻ってるだけじゃねぇか」
突撃して来る美雨の頭を押さえて必死に阻止する。暑いし、なにより筋肉痛なんだからあまり動かさないで欲しいんだが。
「もう......においくらい別にいいじゃない」
良くねえわ。もうホントにこいつの常識と羞恥心の基準どうなってんだよ。自分のにおいを嗅がれるのもごめんだし、ベッドに染みついたにおいですら毒なのだ。それを直接嗅いでしまったら......なんて想像するのも怖い。
「そういや美雨は筋肉痛とか大丈夫なのか?」
「ええ、なんともないわ!」
さすがだな。ウチにいる間は何もしている様子は無かったけど、自宅にいる時は何かしているのだろうか。それとも根本的な体のつくりが違うのか?
やっぱちょっとずつ筋トレするかぁ。サラにでも教わって......いや、ああまではなりたくないな。なんか嬉々として軍隊みたいに扱かれそうだし。
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