第40話 お嬢様は食べさせたい



「玲央、見て!どうかしら?」

「すごく綺麗で似合ってるぞ」


 今日の美雨は浴衣姿だった。金髪を結って紺色の浴衣に纏った美雨は文句なしに綺麗だ。

 7月最終日の今日は近くで大きめの祭りが開催されるので、麗香の提案によって参加することになったのだ。美雨が浴衣を着るのはまだ分かるが、何故か俺の分までレンタルする羽目になってしまった。


「ふふ、玲央もとてもカッコいいわよ」

「......ありがとな」


 こんなの着るのは初めてだが、なんとなく大人っぽくなった気分になれるな。しかし美雨ははしゃぎながら俺の腕をつかんでいて相変わらずだ。

 18時ともなれば暑さも少しマシにはなっているが、屋台のある大通りは人で埋め尽くされていた。これははぐれたら終わりだなぁ、と美雨の手をしっかり握る。


「わぁ!すごい数のお店があるのね!」

「屋台っていうんだ。何か食べたいのあるか?」

「そうね......あれ!チョコバナナってなにかしら!」


 人込みを縫って屋台に近づくと、色とりどりのチョコバナナが並んでいた。美雨は真剣な眼差しで品定めをしている。気に入った色を探しているのか、かかっているチョコの量を吟味しているのか......。

 しばらくして美雨が手に取ったのはピンク色のチョコバナナだった。代金を払ってさっそくかぶりついている。


「これ、中に本当にバナナが入っているのね!面白いわ!」


 まぁ形はまんまバナナだしな。と、半分ほど食べたところで俺に差し出してきた。


「なんだ?俺はいいから食べちゃえよ」

「駄目よ。全部食べたらお腹いっぱいになっちゃうじゃない。色んなもの食べたいから玲央食べてよ」

「お前なぁ......」


 その行動の意味を考えているのだろうか。言いたいことは分かるが、口をつけたものをそんな軽々と男に渡すなよな。

 俺たちの目の前では涼と麗香が1本を2人で交互に食べているし。わざと見せつけてない?

 なんかもう考えたら負けな気がして美雨から受け取った。こういうのは意識するからいけないんだ。何も考えずに食べてしまえばいい。放っておくと無理やり口に突っ込んできそうな勢いだしな。ちなみに味はシンプルなはずなのに何も分からなかった。


「次はたこ焼きを食べたいわ!」

「たこ焼きかー。屋台によって色んな味があるから......待て、そっちは駄目だ。あっちのにしようか」


 美雨が向かおうとした屋台では、どこかで見た男が熱心にたこ焼きをひっくり返していた。グラサンにスーツでたこ焼き屋ってシュールすぎるだろ。動画撮られてるじゃねぇか。ていうか護衛仕事サボって何やってんの?

 顔を上げた男と目があった気がするが、全力で顔を逸らされた。ちょっと後で文句言っておこう。

 少し離れたところにもたこ焼きの屋台があるのでそちらに向かうと、ちょうど出来立ての物を買うことが出来た。一旦隅によって食べようかとなったのだが、涼に食べさせている麗香を真似して、美雨がたこ焼きを俺に向かって差し出してきた......割りばしで持って。

 待て待て待て。百歩......いや1万歩譲って「あーん」はよしとしよう。いや全然よくないんだけど。ただし出来立てのたこ焼き丸ごとは駄目だろ。確実に俺の口内を破壊しに来ている。麗香だってちゃんと割ってから食べさせているぞ。

 さてどうしたものか。美雨の背後では麗香がニヤニヤしてみている。こいつら、事前に打ち合わせでもしてたの?


「美雨、いったんそれ置け。俺が先に食べさせてやるよ。たこ焼きってのは中がびっくりするくらい熱いから、こうやって割ってから......ほれ」


 美雨に差し出すとパクっと食いついて来る。美雨が嬉しそうに咀嚼している間に俺も自分の口に放り込む。食べさせるのと食べさせられるのとではどっちがマシなのか......俺的には前者だ。フッ、これは俺の作戦勝ちだ......あれ、美雨さん、なんで睨んでるのかしら?

 最後の1個というところで割りばしを奪われて、たこ焼きを丸ごと口に押し込まれてしまった。少し冷めてはいたものの、熱さで声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない。


 「ね、アレやってみたいわ!」


 美雨の指の先にあるのはヨーヨー釣り。まぁ金魚すくいよりは難しいということはなさそうだ。

 好きにやらせようと思ったのだが、美雨がまさかの「玲央!お手本見せてちょうだい!」と言ったことで、俺が先にやる流れとなってしまった。


「お、兄ちゃん。美人な彼女に良いところ見せるチャンスだぞ」

「......彼女じゃないっすよ」


 お手本もなにも、俺だってやるのは初めてだ。少し緊張しながらもチャレンジするが、あっけなく失敗してしまう。取れそうで取れない絶妙なバランスだな。

 これでやり方は分かっただろうと美雨に交代してやらせてみると、まさかの1発ゲットだった。これも運なのだろうか。ま、運も実力の内って言うしな。


「見て!取れた、取れたわ!」

「はいはい、良かったな」


 はしゃぎながら駆け寄ってきて、取ったヨーヨーを見せつけてくる美雨の頭につい手が伸びてしまう。麗香たちや屋台のおっちゃんがニヤニヤしているのに気が付いたが、後の祭りだ。

 その後もかき氷、焼きそば、わたあめなど美雨とシェアしながら食べ歩きつつ、金魚すくいや射的などで遊んだ。失敗する美雨を慰めたり成功した美雨を褒めたりと忙しかったが、そんな美雨を見ているだけでも楽しめたと思える。


「ね、玲央。来年もまた一緒に来ましょうね」

「......だな」


 言葉と共に向けられた微笑みに一瞬見惚れてしまって、俺は返事を短く絞り出すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る