第37話 お嬢様は初めてを経験したい


「玲央!今日のお昼ご飯は何かしら!」


 こいつはいつまで居座るつもりなんだろう。昨日も兄貴のせいで泊まっていったし。

 当たり前のように晩飯を夢中で食べる美雨に向かって「ここにいれば毎日玲央のご飯が食べれるよ」と言い放ったのだ。美雨も「いるわ!」と即答しちゃうし、2人揃って勘弁してほしい。

 兄貴は俺の狙いに気付いているのだろうが、まだ友達なのだからやりすぎないようにしてほしいものだ。

 ちなみに昨夜は美雨がベッドで、俺は床に布団を敷いて寝た。リビングで寝ようとしたら美雨が一緒に寝ろと駄々をこねたのでせめてもの妥協だ。

 

「今日はサッパリと素麺だな」

「素麺?初めて食べるから楽しみだわ!」


 夏と言えば素麺だよなぁ。今日は特に暑いし、簡単にできるからちょうどいい。適当にサラダでもつければ栄養も問題ないだろう。


「え!梅干しも茹でちゃうの!?」

「ああ、そうすると麺にコシが出るんだ」


 何かアレンジレシピはないかと調べた時に見つけて、試してみたら本当に食感が変わったのだ。茹でた梅も食べれるし、素麺と一緒に食べてもきゅうりやサラダに合わせてもいい。


「美雨は梅食べれるか?」

「食べたことないけど大丈夫よ!多分」


 梅は好き嫌い分かれるからなぁ。まぁ何事も経験だ。

 調理を終えて2人で手を合わせると、美雨はいきなり刻んだ梅を単体で口に入れた。その瞬間、美雨の綺麗な顔が歪んで悶絶していた。梅を初めて食べる人ってこんな顔するんだな、面白い。


「どうだ?美雨にはまだ早かったか?」

「......いえ、大丈夫よ。ビックリしたけど、他のと食べれば......。玲央といると、初めてをたくさん経験出来て楽しいわ!」

「それはなによりだ」


 元々好奇心は強いし、新しいことに抵抗が無いのはいいことだ。楠グループというのは保守的で、新しいことを良しとしない風潮だからな。美雨がそれに染まってなくて良かった。

 美雨にその気があるなら、こちら側に引きずり込んでやろうじゃないか。

 

 


 外は猛暑だし、午後もひきこもっていようと思ったところに涼から通話がかかってきた。メッセージじゃなくて通話なのは珍しいし、嫌な予感がする。


「おーっす玲央元気か~。ちょっと一緒に出掛けようぜ~」

「よう。ずいぶんといきなりだな」

「午前中で部活終わってさ。どうせ暇だろ?あと楠も連れて来いよ~。一緒にいるんだろ?」


 チラッと美雨を見ると、きょとんとした顔で首を傾げている。何故涼が美雨の行動を把握しているのか。そういや、美雨のお泊りは麗香の差し金だったな。ってことは涼も知ってて当然か。


「この暑さで外に出るのは自殺行為だろ」

「いいのか~?行かないと後悔するぜ?せっかくの夏休みなんだからさ」

 

 なるほど、俺が断らないようにわざわざ通話にしたのか。メッセージだと気づかなかったフリをすれば終わりだしな。


「美雨。涼たちが今から一緒に出掛けようって言ってんだけど......」

「いいじゃない!一緒に行きましょうよ!」

「おーっし、じゃぁ決まりな!14時に駅前集合でよろしく!」


 美雨の声が涼にも聞こえたようで、俺の返事を待たず決まってしまった。

 待ち合わせの時間までそうないし、行くならパパっと行って来よう。


「ほれ、さっさと着替えろよ。行くんだろ?」

「むぅ。分かったわ」


 なんで不満そうな顔なんだよ。俺の服着たまま外に出るなんて許さねぇぞ。

 渋々着替えた美雨を連れて外に出ようと玄関を開けた瞬間に思わず閉めてしまう。なにこの外気。絶対にヤバいやつじゃん。この中を駅まで歩くなんて死んでしまう。こうなったら仕方ない。奥の手を使うしかないか。


「すまない、待たせたな」

「こっちこそ急に悪いな。とりあえず駅まで頼むよ」


 しばらく待ってやって来たのはサラだ。こういう日は車で送ってもらうに限るよな。




「うおっ、すっげえ座り心地」

「うわ、涼し~!助かるわ~」


 駅に向かったところ、目的地はショッピングモールということでそのままサラに送ってもらうことにした。涼たちも初めて乗る高級車に大はしゃぎだ。


「で、結局何しに行くんだ?」

「今日はね......一緒に水着を買いに行くのよ!そして明日はプールね!」


 ババン!と効果音でもつきそうなドヤ顔で麗香が説明してくれる。あれ、ドヤ顔って感染するんですか?俺もそのうちこのウザい顔するようになっちゃうの?やだ怖い。


「プールだぁ?明日も外に出るのかよ......」

「いいだろ?屋内プールだから暑くは無いだろうし、思い出作りには最適だ」


 特に予定もないからいいんだが、もう少し前もって言ってくれないもんかね。

 しかしサラを呼んだのは正解だったかもしれない。さすがに人の多い場所だし、更衣室なんかは男女別だからサラも護衛につく必要があるだろう。それならばサラもついでに水着を買うしかないしな。


 やがて到着したショッピングモールは、夏休み中の学生メインでにぎわっていた。たしかにここなら冷房も効いているし、遊ぶならうってつけの場所だろう。


「で、楠とのお泊りはどうなんだよ。進展あったか?」

「別になんもねぇよ。あいつに常識を教えるのが大変なだけだ」

「ま、俺たちも金持ちの世界は分からんし、似たようなものかねぇ」


 さっさと水着を選び終えた男子組の俺たちは店の前で駄弁っていた。さすがに水着選びの場に突撃する勇気は無いし、サラがいるから大丈夫だろう。

 結局女子組が店から出てくるまで、夏休み中の部活や麗香のことを聞かされたり、美雨とのことを追求され続けた。


 

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