第36話 お嬢様はお買い物がしたい


 昨夜は結局、何時に眠れたのか分からない。ただひとつ確かなのは、あれが夢ではなかったということだ。だって......俺の腕にはいまだにしがみついて寝息を立てている生き物がいるのだから。

 しかしとんでもない目覚めだ。金縛りかと思って目を開けてみれば、美少女の顔が間近にあるのだから心臓に悪い。

 さて、時計を見ると8時になろうかというところ。兄貴はもう仕事行った後だろうしそろそろ起きたいところだが......。


 「美雨、起きろ」


 まずはこの引っ付いているやつをどうにか剥がさないと起きることも出来ない。さすがに緩んでいるだろうと引き抜くことを試みれば、離すまいと力が入る。おかしい......第3の目でもあるというのか?


「おーい、美雨」

「んにゅぅ......」


 あの、余計に力が入ってるんですが勘弁してもらっていいですか?圧倒的に柔らかいものが押し当てられてるんですけどォ!?

 こいつなんで起きないんだ。規則正しい生活してるんじゃなかったの?月曜から朝寝坊なの?むしろ俺がそうしたいんだが?


「起きろって。起きなきゃ朝飯抜きだぞ」

「ごはん......れおぉ......あうっ」


 俺を食おうとすな。デコピンをかましてやると、徐々に瞼が開かれていく。そして俺を補足した。


「......れお?なんでれお?」

「覚えてないのか?とりあえず腕離してくれ」


 違う!締め付けるな!やめて!俺の熱いパトスが迸っちゃうから!

 だんだん美雨の意識が覚醒して、あたりをキョロキョロしだした。そして再び俺を見て頬が染まっていく。ようやく状況が理解出来たようだ。

 あの、なんでまたくっつくの?俺の腕に顔を埋めないでもらえる?恥ずかしいからってそれ逆効果だろ。

 こら、足をバタバタさせない!埃が舞う!俺の誇りはとっくに舞ってるけど!



 

「俺はちょっと買い物行くけど、美雨は帰るか?」


 土日は混んでるし、午後になると猛暑が襲いかかってくるので、平日の午前中に行くのがベストだ。


「お買い物?私も行くわ!待ってても暇だし」


 朝食を食べ終えた美雨は元気いっぱいに答えた。そうきたかー。美雨の中に帰るという選択肢は無かったらしい。

 まぁいい練習にはなるか。ササッと着替えて行こうとしたのだが、美雨が俺のシャツのまま行こうとしたので軽くチョップをお見舞して着替えさせた。


 向かうのは徒歩で10分少しの場所にあるスーパーなのだが、10時の時点で既に暑い。特に左手が。

 スーパーに入れば涼しいのだが、俺の手をにぎにぎしながらキョロキョロする隣人のせいで気が散る。すれ違う人達は美雨を見て、繋がれた手を見て、微笑んでいた。

 美雨が料理出来ないのは想像がつくが、どの程度の知識なのか試してみるか。


「美雨。じゃがいも、玉ねぎ、人参、豚肉。これらを使って作る料理と言えば?」

「うーん............分かったわ!ビーフストロガノフよ!」

「おい、どっからビーフ持ってきやがった。用意されてる食材使えや」

「あら、ビーフストロガノフのビーフは牛肉という意味では無いわ。〜風という意味なのよ?」


 どうでもいい情報ありがとな。だけどそのドヤ顔はやめとけ?ここ外だからな?

 

「どっちにしろ牛肉は使うだろ」

「もう、怜央ったら意地悪なのね」

「そうだぞ。今日はカレー作ろうと思ったけど、お前は帰ってビーフストロガノフ食えよ」

「えっ、怜央のカレー食べたいわ!」


 とりあえず美雨が料理に関しては優等生ではないことが分かった。俺が料理してる時もただ見てるだけだったしな。ま、自分で料理する環境でも無いし仕方ないか。


「ちなみに好き嫌いは?」

「怜央の作ったドリアが食べたいわ!」

「好き嫌いの話なんだけど?つか俺はドリアなんて作ったことねぇだろ」


 俺の料理とファミレスのドリアが混ざってるな?どっちも気に入ったというのはいいことだけど、無茶ぶりはやめてくれ。というかカレーって言った直後にドリアが出てくるってどういうことだよ......。

 片手が塞がれているのでカートを押しながら食材を選んでいくのだが、カレーと言っているのにいくらとかウナギとか生ハムとかカゴに入れて来ようとして大変だった。しかも高い物ばかりだから余計にたちが悪い。

 

「こんなものかな。よし、美雨。お会計してみろ。ちゃんとできたら後で褒めてやるよ」

「本当!?頑張るわ!」


 そんなに張り切ることでもないんだがな。まぁこれが1番の目的だ。万札を使わないという状況に慣れさせなければ......。

 ちなみに事前に万札は抜いてあるし、千円札と小銭だけでお会計に挑戦だ。

 しかし、金額が表示されたセルフレジに向かって美雨が「むぅ......」と難しい顔をしている。100円以下の小銭見たことないのか?


「ほら、あと37円だから50円玉と5円玉と、1円玉2枚入れて」

「......あっ、出来た!出来たわ!玲央!」

「はいはい、良かったな」


 はじめてのおつかいを達成した子供のようにはしゃぐ美雨。だがここはまだお店なので帰るまでは我慢してほしかった。店員さんがものすごくいい笑顔で見てるじゃねえか。次からどんな顔して利用すればいいんだ......。


 

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