第35話 お嬢様は半分こしたい
「あら、今日は泊まっていくのよ?」
「——えっ?」
「だってお兄様もいいって言ってたじゃない」
いや、たしかに言ってたけどさ。あれって社交辞令みたいなもんじゃないの?仮に本気だとしてもせめて事前に言うだろ......。
今までは少なくとも前日には遊ぶ約束してたのに......。前日なら大丈夫って時点でかなり毒されている気もするが。
「......泊まるったって何も準備ねぇぞ」
「大丈夫よ!着替えなら持ってきたわ!」
あー、うん。怖くて触れなかったけど、そのパンパンに膨らんだバッグはそういうことだったのね......。でもそういうことじゃないんだよなぁ。
こっちの準備が出来てないのだ。......主に俺の心の。こうなったら彼に頼るしかあるまい。助けてよアニえも~ん!
「——うん、別にいいんじゃない?俺もいいよって言ったし」
クソッ、兄貴はソッチ側だったか!俺には味方はいないのか!
「つっても飯はどうすんだよ。日曜のこの時間じゃ、どこ行っても混んでるぞ」
「俺はカップ麺でいいから、玲央がご飯作ってあげなよ。2人分なら材料あるでしょ?」
「玲央!私、カップ麺を食べてみたいわ!あ、でも玲央のご飯も食べたい......」
「じゃぁさ、玲央と半分こすればいいんじゃない?そうすればどっちも食べれるよ」
「それいいわね!玲央、決まりよ!」
あれれー?俺が口を挟む間もなく晩飯が決まっちゃったぞー?おっかしいなー。
2対1では勝てるはずもないので、仕方なく晩飯を作り始める。......あの、美雨さん?そんなに近くで見られるとものすごくやりづらいし危ないんですが。
カップ麺にお湯を注ぐと、今度は座ってそれを見つめ始めた。そんなに見ても何も変わらんぞ?
そして黙々と食べる美雨を見守る俺たち。ラーメンをこんな綺麗に食べる人初めて見たぞ。
食後はお風呂に......となるのだが、ここで問題が起きた。入る順番は美雨、俺、兄貴ということで決まったのだが......。
「怜央!服を貸してちょうだい!」
「あん?着替え持って来たんだろ?」
「下着とかは持って来たわ!こういう時、服は借りるものだって教わったもの!」
教わったって誰に?十中八九麗華だろう。サラがそんなこと言うとは思えないし。
なんかもう考えたら負けな気がする。部屋からTシャツとジャージの下を取ってきて渡すと、美雨はルンルンで脱衣所へと消えていった。
やがて美雨が戻ってきたのだが、前回シャワーを貸した時同様、髪は濡れたままだった。今日は幼児化してないよな?
「髪、ちゃんと乾かしてこいよ」
「大丈夫よ、怜央がいるもの!」
どういうこと?俺には髪の傷みを防ぐ術なんて無いぞ?そんなものあったら億万長者だろ。
というかこのままでまた風邪を引かれては困る。ため息をついてドライヤーと櫛を駆使して髪を乾かしていく。
なんでウチのシャンプーでこんなサラサラになるの?俺も兄貴も特に拘りないから普通のシャンプーなんですけど?
「ほら、終わったぞ」
頭をポンと叩いて知らせてやる。俺も風呂入ってこよう......。
しかしあまり長く浸かっていると、余計なことを考えてしまいそうなので結局パパっと済ませてしまう。クラスメイト女子の入ったお湯なんて、男子高校生には毒なのだ。
「兄貴〜、上がったぞー」
声をかけつつ冷凍庫を物色する。やっぱり夏場の風呂上がりにはアイスだよな〜。
ふと背後に何かを感じ取って振り返ると、いつの間にか美雨が立っていた。怖いわ。
「怜央!私もアイス食べたいわ!」
「......何がいいんだ?」
しばらくして美雨が取り出したのは、2つ入りのチューブアイスだった。
「これ!半分こしましょ!」
どうやら今度は半分こが気に入ったらしい。たしかに分ければ量も減るし、食べやすいけどさ。
「ほれ。一気に食べるなよ。ゆっくりだぞ」
「分かったわ!」
アイスを両手で持って吸う美雨。なんだか小動物を見ている気分だ。時間をかけて吸い尽くすと、空の容器を見せつけてくる。ゴミはゴミ箱だぞ。
「じゃ、俺達は部屋行くから。おやすみ」
「ああ。怜央、あまり騒がしくするなよ」
「分かってるよ」
何故俺がいつも騒いでるみたいな言い方なの?むしろ騒がしいのは美雨なんだが?
ご機嫌で手を繋いでくる美雨。テンションが高いからか、厨二も封印されているようでなによりだ。
「今日もゲームするか?」
「そうね!せっかくだから一緒に開拓しましょ!」
ここのとこ、毎晩ゲームはしているが日中一緒にいる時は別のことをしているからな。たまには顔を合わせてゲームというのもいいだろう。
サム率いる軍団......というか軍隊が他のオッサンのシマに攻め入って我がものとする。それが開拓だ。始めた頃より何故かムキムキになって若返っているサムたちと蹂躙しまくった。
そろそろ23時を回ろうかという頃になって、美雨の反応が鈍くなった。隣を見れば、ゆっくり瞼が落ちてきて慌てて首を振って抗おうとするが、再び落ちてくる瞼。
しかし意識しないようにしていたが、自分の部屋のベッドに、自分の服を着ている女子がいるってとんでもない状況だな。美雨もなんでこんなに警戒心が無いんだか。
「美雨。眠いなら下に布団敷いてきてやるから待ってろ」
「......やぁ。ここでねぅー」
そうきたかー。もしかしてベッドじゃないと寝れない体質?まぁ、なんとなくこうなる気はしてたし仕方ない。
「分かったよ、じゃぁ俺が下に......うおっ!」
立ち上がろうとして、後ろに引っ張られたと気づいた時には背中からベッドに倒れ込んでいた。クッソ、あぶねえじゃねえか。
「だめぇ、れおもいっしょぉ」
なんで眠いのにこういう判断はしっかり出来てるんだよ。しかも無駄に力が入っている。おいこら、上に乗るんじゃねえ!
ヤバい、右腕が完全に封じられた......。というかこの感触ってアウトなヤツでは?クッ......駄目だ、感覚をシャットダウンするんだ。全ては俺が無力なせいだ......筋トレでもしようかな。
諦めて、なんとか空いた左腕を伸ばしてリモコンで電気は消せたが、とても眠れそうにはない。そうだ、こういう時は素数を数えればいいんだ。1、2、3、5、7......集中していると、ボソッと声が耳に入ってきた。
「ぉれぉ......」
ちょっと待てや。
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