第34話 お嬢様はお昼寝がしたい


「おはよう、玲央!」

「おはよう。今日も元気だな」

 

 服装は昨日から一転、白のワンピースだ。黒も似合ってはいたが、白だと頭の上に輪っか付けたくなるな。黙って微笑んでいれば天使のように見えないこともない。多分。

 しかし昨日のような妙な挨拶が来なくて少し安心したよ。やっぱり寝たら治るのかな。と思っていたのだが......。

 

 

「今宵もまた巡り会えたな、眷属の兄君よ。これもまたヴレーソの選択か......」

「いらっしゃい。怜央のことよろしく頼むよ」


 あれ?それまだやってたの?......さっきは一応外だったから我慢してたってこと?器用なのかなんなのか。

 何故かオールウェイズ夜だし。結局ヴレーソって何?神か何かなの?

 あと兄貴。俺が世話されてるみたいな言い方やめろな?こっちは毎日大変なんだぞ。


 そして今日もまたカルピスを手にベッドで寛ぐ美雨。もはや美雨+カルピス+ベッドがセットだよな。ただしベッドは俺のだけど。


「で、今日は何すんだ?」

「クク......時は来た。知の海は終焉を迎え、新たなる扉を開くことだろう」

「日本語でお願いします」

「違う本も読むのよ!」


 そういうことね。てっきり血の海かと思ってヒヤヒヤしたぜ。それなら静かに過ごせるし、俺も読もうかな。

 ベッドで寝そべって読むというのが、俺の読書スタイルである。座って読んだりもするのだが、こっちのほうがリラックスして読める。

 今日もそうしようとしたのだが......何故か美雨が隣に寝転んできた。待って。近い、近いから。普段から距離が近いのだが、こうも密着されると色々と困るのだ。


「お前は座って読めよ」

「こっちのほうがいいわ!これ、なかなか楽しいわね!」


 あの、あんまり暴れないでもらえますかね。体がぶつかってくるし、ベッドの軋む音が響くんですけど?兄貴に聞こえたらなんて説明するん?

 しかしいざ読書を始めればお互い無言になるので、無理やり小説に集中する。やっぱり小説は読み返してこそだよなぁ。

 

 昼食を挟んで読書を再開して、しばらく経ってからふと隣を見ると首が前後に揺れていた。そしてその口元から透明な雫が垂れて——あぶねえ!

 咄嗟に腕を伸ばしたので本に垂れることは無かったが、代わりに俺の手首が犠牲になってしまった。なんということだ......。

 枕元にあったタオルで拭うが、違和感は拭いきれない。早く洗わねば、俺まで厨二病に感染して「クッ......左腕が疼く......っ」とか言ってしまいそうだ。


「おーい、美雨〜」


 肩を揺らして声をかけると、ベッドについていた肘が滑って顔面からダイブした。まぁいつの間にか占領していた枕があるし大丈夫だろう。多分。


 「んぇ......ねてた......?」

 「ああ。飯食った後だから仕方ないけど、眠いなら少し昼寝するか?」

 「うにゅぅ、ねぅ〜」


 なんだこの生き物。今日は眼帯こそしてないが、昨日と同じくツインテールだし普段より更に幼く見える。

 まぁ寝てくれるならその間に家事でもしてくるか......と立ち上がろうとして、出来なかった。

 視線をそこに向けると、美雨の両手でしっかりと握られた俺の右手。抜き取ろうとすると、美雨の手に少し力が入って引っ張られる。

 何度か繰り返したが、その度に手が美雨に近づいていってしまう。こいつ、寝てるんだよな?

 ——そして、触れてしまった。柔らかさの中に弾力もあり、さらにはスベスベしていて触り心地は抜群だ。


 「しかし、幸せそうな顔して寝るよなぁ」


 俺の手に頬を擦り付けながら寝顔を晒す美雨。これが無意識というのだから恐ろしい。

 右手を差し出した代価として、空いた左手で美雨の頭を撫でる。せめて、両手で触り心地を堪能させてもらおうじゃないか。


 やがて目を覚ました美雨は、元気いっぱいになっていた。いや元から元気なんだけど。

 再び隣で読書を始めたかと思えば、体を揺らしてぶつけてきたり。意味不明な言語を羅列したり、残りの夏休みに何をするか相談したり。とても忙しそうで、楽しそうな表情をしていた。まだ夏休みは始まったばかりだしな。

 


「そろそろ帰る時間じゃないのか?」


 いつもなら18時になると帰るのだが、今日はその時間を過ぎてもまだベッドの上にいた。サラが心配するぞ。

 


「あら、今日は泊まっていくのよ?」

「——えっ?」

 

 


 

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