第31話 お嬢様は喜びたい


「おーっす、おふたりさん」

「おう、せっかくの休みなのによく外出ようと思うよな」


 今日は涼たちと4人で遊ぶ約束なのだ。部活が休みなら家でゆっくりしてればいいものを。


「まぁまぁ。友好を深めるのも大事だぞ」


 購入した切符をドヤ顔で渡してくる美雨をとりあえず撫でて電車に揺られ、やってきたのはおなじみ水族館前駅。今日の目的はボウリングである。昔、家族でやったことはあるが、子供の頃のことなのであまり記憶にない。

 受付を済ませて靴を履き替えてから玉を選ぶ......のだが。


「玲央、大変よ。玉が持てないわ」

「......手、離せばいいだろ」


 そりゃ手繋いでたら持てないだろ。暑さで頭やられちゃったのか?いや、元からか。

 美雨は繋いでいる手を見て玉を見て俺の顔を見て、ようやく手を離した。そんな悲しそうに玉を持つなよ。ボールは友達だぞ。


「よし、まずは俺からだな」


 涼が流れるような動きで放った玉はレーンの外側に転がっていったと思いきや、急に進行方向を変えてピンの群れを全て薙ぎ倒した。こいつ、めちゃくちゃ慣れてやがる......!余裕の表情で戻って来た涼は全員とハイタッチを交わしてから座った。

 代わりに立ち上がった麗香もこれまた綺麗なフォームで投げると、玉は一直線に転がって全てを弾き飛ばした。こいつら......。


「いえーい!」

「お前らさぁ、どれだけやりこんでるんだよ。ちっとは手加減してくれ......」

「甘いわ、玲央。しょっちゅうここでデートしてるし、私たちにとって庭みたいなものよ」

 

 なおさら手加減してくれ。麗香に至っては専用のグローブみたいのもしてるしガチりすぎじゃね?この後に投げる素人の気持ち考えろよな......。

 仕方なく重い腰を上げてボールを持つ。涼たちのフォームをイメージしながら投げると、真ん中にこそいかなかったものの3本のピンを押し倒してホッとする。2投目も2本倒して計5本。まぁ半分倒せばいいほうだろ。

 そして最後に投げるのは美雨だ。トテトテと進んでから丁寧に投げられた玉は、歩くようなスピードでフラフラと転がって先頭のピンに当たった。

 『STRIKE!』と表示されたモニターを見て俺は唖然としてしまった。実力......?いや、美雨は初めてだと言ってたし投げ方からしても運だろう。UFOキャッチャーの時といい、天から愛されているとでもいうのか。

 

「見て見て!玲央!やったわ!」


 はしゃぎながら小走りで戻ってくる美雨を見て、ハイタッチで迎えようと思わず立ち上がった。......それがいけなかったのだろう。

 掲げられた俺の手は空を切り、代わりに体に衝撃が走った。何故か。それは、美雨が俺に抱き着いたからだ。

 突然の事態にどうすればいいか分からず、とりあえず「良かったな」と頭をポンポンとしてしまう。首を動かしてみれば、涼たち2人は揃ってサムズアップしてるし、何故か他のお客さんまで静かに拍手していた。なにこの状況。

 第2フレームも涼たちは当たり前のようにストライク。俺は1投目で7本倒したものの端っこが残ってしまって2投目はガターになってしまった。

 美雨も1投目で9本倒したが端の1本が残ってしまった。さすがにアレは無理だろうなーと思っていると、美雨は1度戻って来た。


「玲央、手出して?」

「ん?なんだ?」


 言われた通り差し出すと、俺の手を美雨が持ち上げて無理やりハイタッチした。え、なにこれ。まだもう1投残ってるけど?

 混乱する俺をよそに、美雨は両手で小さくガッツポーズをすると2投目に向かっていった。放たれた玉を首を傾げつつも見守っていると、まるで吸い寄せられるかのように最後のピンを倒した。

 うっそだろ。まさかさっきのは予告だったとでもいうのか?......もし俺に不思議な力があるのだとしたら、まずは自分に使わせてくれ。

 戻って来た美雨は座っている俺を見て、少し頬を膨らませてから両手を突き出してきた。俺がそれにハイタッチで応えようとすると、触れ合わせた両手を握った。さらにそれだけでは喜びを表現しきれないかのようにニコニコな笑顔でにぎにぎしてきた。

 結局トータルで3ゲームもやる羽目になったのだが、美雨は投げる度に動きが洗練されていった。さすがの運動神経である。

 それはまぁいいのだが、ストライクやスペアを取る度にハイタッチにぎにぎを要求してきて、周りからの視線がものすごく痛かった。立ち上がったのが最初の1回だけで良かった。

 ......色んな意味で蹂躙されてしまったボウリングであった。

 



「ちょっとゲーセン寄っていきましょ!」


 ようやくボウリングが終わって帰るのかと思いきや、麗香の提案で寄り道をすることになった。

 まだ早い時間だし別にいいかとついていくと、UFOキャッチャーなどは素通りして1番奥の機械の群れにたどり着いた。まさか......。


「じゃ、私たち撮ってくるから2人も好きなので撮ってきな~」


 ウインクとともにそう言い残して機械の中へ入っていく麗香と涼。そう、これは写真を撮り落書きしたものがシールになって出てくるというあの機械なのである。

 別に無理に撮る必要もないだろ......と思っていると、美雨が手を引っ張ってくる。


「玲央、早く撮りましょ!」


 やっぱそうなるよなぁ。こんないかにも女子高生っぽいものに美雨が興味を示さないわけがない。

 仕方なく引かれるがままに中に入ってみると、そこはまさに異空間だった。なんというか、まさにリア充の空間とでもいうかのようにピカピカ光っている。

 美雨が財布から千円札を取り出そうとしているのを見て、素早く100円玉を投入する。万札じゃなくなったのは進歩だけど、小銭さんの存在も認知してあげて......。

 喋る機械に促されて設定を進めていくが、ぶっちゃけよくわからん。好きにやらせようと任せっきりにしていたのがいけなかった。気が付いた時には「カップルコースで撮影を始めるよ!」という機械の声死刑宣告が聞こえた。

 ポーズを指定され、ご丁寧に見本まで提示してくる。抵抗しようにも撮影間隔が短くてテンパってしまい、美雨と慌ててそのままのポーズを取るしかなかった。

 地獄のような数分を終えると外側にある落書きゾーンへ誘導されるが、撮るのも恥ずかしい思いをしたのにさらにそれを見ながら落書きなんて冗談じゃない。美雨に任せて逃げようとしたら、タイミングよく麗香が現れた。


「ふふふ、落書きしないなら麗香様に任せなさ~い」


 もうどうでもいいや。とりあえず、帰ったら厳重に封印しよう......。



 

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