第30話 お嬢様はお腹が空いた
「おはよう、怜央!」
「おはよう。今日は髪型違うんだな」
「え、ええ。変かしら?」
「いいんじゃねぇの?似合ってると思うぞ」
「そう?......ありがと」
肩甲骨あたりまである綺麗な金髪をいつもはそのままおろしているのだが、今日は後ろで緩い三つ編みにしている。金髪で三つ編みって初めて見るな。髪型が変わるだけで雰囲気もどことなく違うように感じるから不思議だ。
おそらくだが、髪型を変えた理由は今日の予定にあるのだろう。夏休み初日の今日は一緒に課題をパパっとやってしまおうという計画だ。まぁ真面目っぽく見えるようになのか、暑いから変えたのかは本人にしか分からないが。
俺は課題とかそういうものを後回しにするのが嫌で、早いうちに済ませて残りの休みを他のことに使うタイプだ。課題内容を知らされた瞬間から勝負は始まっているのだよ。......別に誰とも競ってないけど。
しかし初日から美雨が来るというので、巻き込んでしまおうと考えたのだ。どうせ遊びやらなんやら付き合わされるんだし。
「お兄様はいらっしゃらないのかしら?」
「兄貴は仕事だ。社会人にとっちゃただの平日だからな」
1カ月以上休みがある俺たちに対して、お盆の1週間ほどしか休みが無いなんて過酷すぎない?しっかりと兄貴を労わってあげよう......。
「えっ、もうそんなに課題進んでいるの?」
「まぁな。お前も遊びたいならさっさと終わらせとけよ」
「頑張るわ!」
こういう時は「善処する」じゃねぇのか......。やっぱり信用しちゃいけない言葉だったんだな。
美雨は問題をすらすら解いていきつつも、時折こちらを見て微笑んでいるのが視界の端に入ってくる。ただ課題やってるだけなんだけど、こんなんでも楽しいのかね。
ま、いつもが騒がしいからたまにはこういう静かなのも悪くはないな。
「——玲央、お腹が空いたわ」
美雨の声に時計を確認すればすでに12時を回っていた。しかしお昼ご飯か......。
「飯はどうする?どこか食いに行くか?」
本当は今日買い物に行く予定だったからたいして食材もないしな。だが食べに行くとしてもサラは今日もいないので呼ぶか歩いていくしかない。徒歩圏内に飲食店か......と考えていると、美雨が口を開いた。
「玲央!私、コンビニに行きたいわ!」
「コンビニかぁ」
そういえば前回行った時はゲームソフト用のカードしか買わなかったしな。それもアリか。
「じゃ、とりあえず行くか。外は暑いから気を付けろよ」
「大丈夫よ!玲央がいるもの!」
その信頼はどこから湧いて来るんだろうか。さすがに太陽には勝てないぞ。
7月も半ばを過ぎればまさに殺人級の暑さだ。気温が人間の体温以上ってどうなってんだよ......。
美雨は運動は出来ても体力があるとは限らない。最近では登下校なども歩くようにはなったが、それまではずっと車での移動だったしな。それに加えて肌の白さだ。薄手の長袖を着ているとはいえ、顔や首など露出部の日焼けは怖い。
颯爽と玄関を飛び出そうとする美雨に帽子を被せてコンビニへ向かう。これなら日焼け対策だけじゃなくて変装にもなるしちょうどいいだろう。
しかし外はゲンナリするような暑さなのに、美雨はとても元気に俺の手を握って前後に振っている。鼻歌でも聴こえてきそうだ。
徒歩10分ほどのコンビニに到着すると、思ったより混んではいなかった。いくら昼過ぎと言えど平日だしな。
「わぁ!いっぱい種類があるのね!」
「あまりはしゃがないで選べよ」
客が少ないとはいえ、店員の視線が突き刺さる。最寄りのコンビニなのに、今後利用しづらくなってしまうじゃないか。
美雨はうーん......と悩みつつ行ったり来たりして、ようやくそぼろ卵高菜の3色丼に決めたらしい。俺はサッパリと冷やし中華だ。暑い日は食べやすい麺類に限るよな。
ついでにお菓子も買おうと思ったのだが、美雨が永遠に悩んでいそうだったので適当にかごに入れて会計を済ませる。放っておいたら夕方になってしまいそうだ。
あ~。やっぱりエアコンの効いた室内が1番だよなぁ。冷やし中華を美味しくいただいていると、ふと美雨の手が止まっていた。珍しいなと思ったら、視線は俺の冷やし中華にロックオンされていた。ちなみに美雨の3色丼は、3種全てがきっちり半分ずつなくなっていた。すげー几帳面な食べ方だな。
「......どうした?」
「冷やし中華って美味しいの?」
「気になるなら食ってみるか?」
テーブルの向こう側に押し出すと、美雨は恐る恐る口に含む。咀嚼して飲み込むと、またひと口。そのまま眺めていると小さな口に次々と吸い込まれていき、ついにはつゆのみとなってしまった。ああ......俺の昼飯が。
「あっ、ごめんなさい。つい全部食べちゃったわ」
「......いや、気に入ったなら良かったよ」
「こっち、食べる?」
「お菓子もあるし、食えるならそっちも食っちゃえよ」
自分が食べてるものを分けるのは気にならないけど、その逆は気になってしまうのは何故だろうか。
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