第29話 お嬢様は耳が弱点
「玲央、おすわり!」
ワン!
......やかましいわ。俺が半妖だったら盛大に転倒するところだったぞ。
「玲央!早くしなさい!」
催促しながら大きく手招きをする美雨。知ってる?おすわりってその場で座るんだよ?手招きしながら言うセリフじゃないんだよ?そもそも人に使うなよな。
このまま放置してもエンドレスで呼ばれ続けるのは分かり切っているので、おとなしくベッドに腰かける。美雨との間にはきっちり1人分のスペースを開けたのに、俺が座った瞬間美雨がピッタリと詰めてきた。そしてその手が俺の頭に伸びる。
「よしよし、玲央たくさん頑張ったわね」
やっぱりこうなるのかぁ。たしかに週末がどうとか言ってたけど、まさか本当にやるとは......。これってご褒美ということになるのだろうか。もはや羞恥心が圧倒的に大きすぎて、嬉しいという感情さんが迷子だ。捜索願い出しておこう。
俺が黙っているのをいいことに美雨は10分以上も撫で続け、ついでに俺の耳たぶを引っ張ったり調子に乗って息を吹きかけたりしていた。やめて!くすぐったいしなんか変な扉が開いちゃう!
なんかいたずらしているのかペットにじゃれついてるのか分からねぇな。
「ふふっ、玲央って面白いわね。じゃあ次は玲央の番よ!」
はい?俺の番って何?
美雨は俺の隣に座り直して視線だけを俺に向けている。......つまり俺にも褒めろと言いたいのか。いいだろう、自分がやったことの愚かさを思い知るがいい......!
俺は美雨の背後に回り込んで頭を撫で始める。いつまでも触っていたくなるようなサラサラの綺麗な金髪。同じ髪の毛とは思えないよなぁ。そしてそのまま美雨の耳に口を近づける。
「美雨もお疲れ様。いつも頑張ってて偉いな」
「んぁっ」
囁くように褒めると、美雨は変な声を出して体をビクンと跳ねさせた。予想以上に反応が大きくて、何故か俺の方まで羞恥心が増してしまう。
チラリと振り返った美雨は、真っ赤な顔で俺を睨んだ。なんだか目が潤んでいるような気もする。さすがにやりすぎたか?まぁこれで自重してくれればいいんだが......。
しかしそんな俺の淡い期待を嘲笑うかのように、美雨の体が後ろに傾いた。慌ててその肩を抱きとめると、美雨は赤い顔のまま満足そうに微笑んだ。こいつ......わざとかよ。
「もうすぐ夏休みね」
「......ああ、そうだな」
「玲央とたくさん遊べるわね!今年の夏休みは楽しみだわ」
「......ほどほどにしろよ」
今年は......か。学生にとって夏休みというのは待ち遠しいものだ。俺たちを焼き殺すような日差しの中わざわざ学校へ行って勉強するよりも、快適な家で過ごしたり友達と遊びに出かけたりするほうが楽しいのだから当たり前だろう。
しかし去年の美雨はどう過ごしていたのだろうか。遊ぶような友達もおらず、家でも学校でも仮面を被り続けていた今までの美雨にとってはどちらがマシだったのか。それを考えると、断るという選択肢は無かった。
再び頭を撫でると、美雨は甘えるように自分から頭をこすりつけて体をさらに密着させてきた。
「......もっと褒めてもいいのよ?」
「......ちゃんと甘えられて偉いな」
べしっ。小さな音ともに俺の膝が叩かれた。おかしいな、褒めたのに。
「いつも頑張っててすごいな」
べしっ。あれ?これもお気に召さないらしい。
「今日の服も似合ってるよ」
ぺしっ。お、叩く力が弱くなった。今日の美雨はブルーとグレーの中間のような色のワンピースでところどころにレースがあしらわれている。夏っぽさを感じさせる清楚なデザインだ。
ぶっちゃけ美雨は美少女だからなんでも着こなしてしまいそうだが、今日の服は『美雨』という名前を表しているようでとても似合っていると思った。
だがこれでも満足しないのか......。柔らかいとかいい匂いとかそんな変態的なことは口が裂けても言うわけにはいかないし、ここはストレートにいくしかないな。
「美雨、可愛いよ」
べしべしべしっ!いたずら心も加えて囁くように告げると、叩く力も回数も増してしまった。せっかく褒めたのにな。
おそらくだが、美雨は甘えることだけじゃなくて褒められるということにも飢えているのだろう。だから幼児化した時も本能で求めていたのだ。まぁ楠だからなんでも出来て当たり前って思われてちゃぁ無理もないな。
これからはもっとこまめに褒めてやるか。調子に乗らない程度に、ほどほどにな。
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