第27話 お嬢様は仕返ししたい



 結局美雨は、火曜日に早退してから水木と休んで金曜日に学校に復帰した。そして俺は3日連続でサラによって連れ去られて美雨の看病をする羽目になった。よく風邪をうつされなかったなぁと思う。その甲斐あってか、美雨は全快したのだが......なんと、今度はサラが風邪を引いてしまった。なんでやねん。 

 

「明日はやっと学校に行けるわ!」

 

 夜にはすっかり元気な美雨から通話がかかってくる。さすがにテスト直前だから長時間話しこむわけにはいかないが、かかってきてしまえば出る他ない。


「良かったな。でもサラが風邪ってことは通学はどうするんだ?」


 しかし問いを口に出してから気が付いたが、サラ以外にも護衛はいるのだ。いつもサラがついているから影は薄いが、水族館の帰りとかは他の護衛が美雨を送ってったしな。


「明日は歩いて学校に行くから大丈夫よ!」

「......歩いて?」

「ええ!玲央の家に迎えに行くから一緒に行きましょ!」

「............いや待て。それなら俺が迎えに行くから家で待ってろ」

「え、本当に!?楽しみね!」


 忘れてはならない。美雨は迷子になるプロなのだ。直感と好奇心でフラフラと予想もしない方向へ向かってしまうのだ。もしかしたらサラたちも、護衛というよりは迷子防止のために送迎をしているという可能性もある。


「それより来週からだけどテストは大丈夫そうか?」

「問題ないわ!玲央に貰ったノートもあるもの!」


 いや、それ授業のノートのコピーだしあまり役には立たないぞ。テスト直前の授業なんて大したことやらないしな。


「ま、いつも通りやれば問題ないか。週末は勉強頑張れよ」

「ええ!玲央の家で一緒にやるわよ!」

「......いいけど、午後からにしてくれ」


 どうやら美雨の中では週末の勉強会は決定事項だったらしい。断ろうかとも思ったが、テスト直前に禁断症状幼児化が出ても困るので妥協案として午後のみという時間指定をつけることにした。





   *   *   *



「こんにちは、玲央!」

「......おう」


 えー、現在ですね、時刻は12時1分です。町内放送で流れる12時の音楽が鳴り終わったところですね。そこへ本日のゲスト、楠美雨さんのご登場です。その向こうに見える黒い車では、運転手のサラさんが目礼をして走り去っていきました。現場からは以上です。......なんでやねん。

 たしかに12時1分は午後だよ。だけどまさかその時間に訪ねてくるとは思わないじゃん?ちょうど昼飯作ってたからスマホ見る余裕なかったのもあるけど。

 つーかサラは1日で風邪治ったの?さすが護衛だな?

 

「飯は食ってきたのか?」

「ええ、もちろんよ」

「悪いがこっちは今からなんだ。少し部屋で待っててくれるか?」 

 

 兄貴とあいさつを交わした美雨に作りかけの料理を見せる。しかしここでも美雨は予想外の行動に出たのだ。


「これ、玲央の手作りなのかしら?食べてみたいわ!」

 

 あれ?おかしいな。飯は食ってきたって聞いた気がするんだが......。しかし兄貴がニヤニヤしながら見てるし、問答するのも面倒なので適当に美雨の分も用意する。あまり手間をかけたくないからと手軽に作れるチャーハンだからまだ良かった。

 美雨は相変わらず綺麗な所作で無言で食べて、あっという間に完食した。


「すごく美味しかったわ!玲央って料理も出来るのね!」

「そうだぞ~。玲央は料理だけじゃなくて家事全般も勉強も仕事も出来る、どこへ嫁に出しても恥ずかしくない自慢の弟だ」


 おいこら。弟を嫁に出そうとするのやめてもらえる?俺には女装趣味も性転換予定もないんだが。


「ったく。じゃ、俺たちは上で勉強するから。後片付けよろしく」

「はいよ~。ごゆっくり」



 俺の部屋に入った美雨がベッド定位置に座ろうとしたので座布団に誘導する。ベッドでどうやって勉強するつもりなんだよ。しかしさすがは優等生。1度勉強を始めてしまえば部屋にはペンを走らせる音に、時折ページを捲る音だけが混じるだけだった。

 どれくらい経った頃だろうか。ふと違和感を覚えてペンを止めると部屋の中は静寂に包まれた。顔を上げると、手を止めた美雨がこちらを見ていた。


「......なんだ?」

「......あ、い、いえ。その......思ったより字が綺麗なんだって思って......」

「そうか?美雨のほうが奇麗だろ」


 手紙の時もそうだったが、美雨の字は丸みも無く達筆といった感じで読みやすい。しかし頬を染めて言葉を詰まらせた美雨を見て、自らの失言を悟った。


「美雨の字のほうが奇麗だろ」

「......わざわざ言い直さなくてもいいじゃない」

「別にこれくらい言われ慣れてるだろ?」

「そういう問題じゃないわよ」


 美雨はいきなり立ち上がって、俺のほうへと回り込んで腰を落とした。そして顔を近づけて囁いた。


「——玲央、カッコいいわよ」


 その言葉が耳に入って意味を理解した瞬間、顔が一気に熱くなるのを感じた。相手がまぎれもない美少女だということもあるが、たしかにこれは恥ずかしい。それよりも——


「耳打ちは反則だろ」

「ふふ、私を揶揄った仕返しよ」

 

 別に揶揄ったわけじゃないんだけどな。単に言葉が足りなかっただけだ。


「ま、俺に取っちゃ美雨は綺麗ってより可愛いだけどな」


 たしかに学校で俺たちと関わるとき以外の美雨は綺麗と言えるだろう。しかしこうしてプライベートで無邪気に笑ったりポンコツだったりするところは子供のように可愛いといったほうがしっくりくる。

 美雨はさらに頬を朱に染めて俺を睨んでくる。そんなに反応されると俺も恥ずかしいんだけど。なんでこんなことになってるんだか。

 





 ——そして、涼や麗華を含めた大半の生徒にとって、とても長い1週間が終わった。

 

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