第25話 お嬢様は看病されたい


『病院に行った結果、風邪だった。だが、ずっと玲央殿の名前を呼んでいてな。すまないが放課後、都合がつくなら迎えに行くから来てもらえないだろうか』


 それがサラから来ていたメッセージの内容だった。思わずため息が漏れてしまう。ふと窓の外を見ると、黒色の高級車が目に入ってしまって、さらに大きいため息をついてしまう。返事を待たずして来てるじゃねえか。あのアホ護衛め。

 仕方がないのでLHRが終わると同時に教室を後にする。車に乗るところを見られると色々と面倒くさそうだし。


「玲央殿、わざわざすまないな」

「いいから行くならさっさとしてくれ。他の生徒に見られたくない」

「あ、ああ。すまない」

 

 謝罪を口にするサラに連れられて楠家へ来たが、想像していたよりも小さいな......というのが正直な感想だった。いや、一般的な家からしたら当然大きいのだが、こう......楠グループ会長の家と言われてもしっくりこない。

 さっさと進んでいくサラを追いかけていくと、ひとつの部屋の前で止まった。


「ここがお嬢様の私室だ。よろしく頼む」

「いきなり入れていいのか?」

「この屋敷は、元々奥様のために建てられた別荘だったんだ。だが、その奥様はお嬢様を産んだ時に亡くなられてしまってな......。今はお嬢様と我々護衛や使用人しか住んでいないのだ」

 

 そういうことを言いたいのではないのだが。しかしそういうことか。美雨の母親が亡くなっていたことは知っているが、まさか父親も一緒には暮らしていないとはな。だから毎週末のように俺と遊んでいても何も言われなかったのだ。今やサラも美雨の味方だし告げ口をすることもないだろうし。

 サラはさっさとどこかへ行ってしまったので一応ノックしてから中に入る。美雨の部屋はシンプル......というか殺風景だった。廊下などには、壺や絵画といったものが飾られていたが、美雨の部屋にはそういったものが一切なかった。ただ机とベッドがあるだけ。それはまるで、美雨自身の心の内を表しているようでもあった。その中で、美雨に抱えられた2つのぬいぐるみと枕元に置かれたゲーム機だけが異質な存在感を放っていた。

 ベッドに腰かけて美雨の様子を伺うと、眠ってはいるようだがまだ息は少し荒くて苦しそうだった。まぁいくらなんでも半日で良くなるわけはないよな。それを少しでも和らげたいと思い、美雨の頭をゆっくり優しく撫でる。

 お前は、ずっとひとりで戦ってきたんだな。本当の自分を押し殺してまで楠であろうとして。先日の「使う」という発言からも、父親との関係が良好でないことは察することが出来る。

 

「......れおぉ?」


 頭を撫でながら考えていると、美雨がうっすらと目を開けた。


「悪い、起こしちゃったか」

「ん......きてくれた?」

「ああ。苦しくないか?」

「ちょとだけ」

 

 美雨はゆっくりとした動作で俺の手を掴むと、自らの頬に持っていった。まだ熱もすごそうだな。


「暑いか?濡れタオルか水でも持ってきてもらうか?」


 むしろ何も用意されてないのはどうかと思うが......。


「ん-ん、れおがいい」


 あの、俺に冷却機能とか備わってないんですが?玲央から冷王にでもなれってか?

 しかし、この前の幼児化の時といい、こういった時にしか甘えることが出来ないのではないかと思う。今まで美雨は、父親が同居こそしていないものの使用人たちも味方とは言えず独りだった。だから甘え方が分からないのではないか。それがこうして弱った時にだけ本能で甘えようとしてくる。......もしかしたら今までのメッセージでの強引な態度も、美雨にとってはある種の甘え方だったのかもしれない。そう思うと、あのやりとりも微笑ましくなる。


「寝れるならまだ寝とけよ」

「れおも、いっしょ?」

「ああ、もう少しここにいるから」


 まさか一緒に寝るという意味ではないだろう。そんなことをしたら色々とアウトだ。添い寝はサムとベルーガに任せるとしよう。

 美雨は俺たちと関わったことを良かったと言った。しかしそれが正解であるとは限らない。美雨にとっての"良い”は、楠にとっては逆の意味になるのだろうしな。

 だからこそ、俺は美雨の味方でいよう。どのみち進んだ時計の針が戻ることはない。美雨に関わってしまった時点で、歩み続けるほか道はないのだ。まだ少し早いがまぁいい。待ってろよ美雨、 楠という檻をぶち壊してやるからな。

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