第24話 お嬢様は浮かされている



 その日、美雨の様子がおかしかった。俺が登校した時にはいつも通り微笑みながら手を振ってきたように見えたのだが、授業中、いつならピンと伸びている背中はどこか丸みを帯びているような気がした。そして2時間目の授業終了後、次は移動教室なのでクラスメイトはゾロゾロと教室を出ていくが、美雨が全く動こうとしない。


「美雨、どうかしたか?」

「......れおぉ?」


 近寄って声をかけてみると、ぼんやりしたような様子で俺の名前を呼んだ。こちらを向いた瞳はトロンとしていて明らかに変だ。まさか......と思っておでこに手を当ててみると、すごく熱かった。これ何度あるんだよ......。


「ったく、いつから我慢してたんだ?」

「なにがぁ?れおのて、きもちいい......」


 どうやら頭も回っていないようだ。とりあえず保健室か。いや、その前に......。スマホを取り出してサラに電話をかけると、ワンコールで出た。こういうとこはさすがなんだよなぁ。......まさかずっとスマホを弄っていたとか考えたくはないが。


「玲央殿か?今は学校の時間では?」

「美雨が熱出してるんだ。朝からどうにも様子がおかしかったしな。風邪かは分からないけど、どうせ早退になるだろうから迎えに来てくれ」

「朝からだと......?分かった、すぐに向かう」


 迎えはこれでいいだろう。とりあえず保健室行くか。


「さて、歩ける......わけないよな。ほら、行くぞ」


 美雨の横で背中を向けてしゃがみ込むと、何も言わずにゆっくりと俺の背中に乗ってくる。


「何か持って帰る物はあるか?」

「れおぉ」


 俺をお持ち帰りしようとしないでくれる?こんな状態の美雨に聞いた俺が馬鹿だった。寄ってきた麗香が机の上を片付けて鞄を持ってくれていたので、涼も含めて4人で教室を出る。

 休み時間中なので廊下は生徒が行き交っていたりお喋りしていたりしていた。涼たちが一緒で助かった。クラス内ではもう一緒にいるのが当たり前になってはいるが、他の生徒たちからどう見られているのかは分からないしな。

 背中から聞こえる息遣いは荒く、伝わってくる体温は火傷するかと思うくらいに熱い。こんな状態でよく学校来れたものだ。しかし意識は朦朧としているようなのに、俺にしがみつく腕にはしっかり力が入っている。もうちょっと加減してもらってもいいですかね。

 美雨を揺らさないように慎重に、かつ速やかに保健室へ向かう。遅刻してしまう可能性もあるので、涼だけは先生に説明するために授業へ向かっていった。さすが頼りになる友人たちだ。

 麗香が扉を開けてくれたので保健室へ入ると、先生は驚いた様子で俺たちを見ていた。まぁ背負っていたらただ事とは思わないよな。


「すみません、こいつ熱あって意識もちょっと怪しいんです」

「あらあら、そっちのベッドが空いてるからそこに座らせて。たしかにすごく熱いわね......まずはお熱計りましょうか」


 俺は見ているわけにもいかず、少し離れたところで待機する。麗香は鞄を置くと役目は終えたとばかりに去っていった。まぁ一緒になって遅刻することもないしな。

 しばらくすると先生がベッドから離れて俺の元へ来た。


「熱は38.6度。あとは頭痛と倦怠感といったところかしらね。鼻水も咳も喉の腫れも無し。おそらくは風邪でしょうけど病院行ってもらうのが1番ね。......でもこの子、楠さんでしょ?......連絡するの?私が?」


 まぁ先生がその反応になるのも無理はないか。こういうことは大人のほうが敏感だしな。


「あー、先生。連絡はもうしてあるから直に迎えが来ると思いますよ」

「あらぁ!そうなの?それを早く言ってよ~!さすがお嬢様と一緒にいるだけあって優秀ね!じゃ、手続きはしておくわ~」


 すごい態度の変わりようだな。ま、これで俺のやることも終わったし、授業行くか。もうチャイムもなってしまったしな。


「分かりました。では俺も授業に——」

「れおぉ?」


 と思ったところでベッドのほうからか細い声が聞こえた。先生を見ると頷かれたのでベッドに歩み寄ってカーテンを開ける。寝たままこちらを見ている美雨の頭に手を置いて声をかける。


「サラが迎えに来るからおとなしく寝てろ」

「れおはぁ?」

「俺は授業に戻る」

「あらあら~、あなたも早退する?風邪がうつったってことで手続きしておくわよ~?」


 それでいいのか、教師。うつったっていくら何でも早すぎるだろ。どんだけ活発なウイルスなんだ。と、そこへ入口の扉が開く音がした。


「失礼する。楠家の者だが......あ、玲央殿。連絡感謝する。......お嬢様は?」

「来たか。美雨はこっちのベッドだ」


 名乗る途中で、顔を覗かせた俺に気付いたサラがこちらへ歩いて来る。


「養護教諭の桃井です。症状的には風邪かと思いますが、病院で診てもらうことをお勧めします」

「病院......玲央殿、今時間あるか?」

「あるわけねえだろ。とっくに授業始まってるっつーの」


 学校って何するところか知ってる?既に授業始まってるから戻りたいんだけど?


「そ、そうだよな。いや、一緒にいてくれたらお嬢様も安心するかと思ってな。すまない」


 そんな理由で俺まで早退させようとしないで欲しい。なんだかここにいるとサラと先生がグルになって早退させようとする未来が見えてくるので、最後に美雨に一言かけてさっさと保健室を脱出した。

 

 しかし、その日最後のLHRの時間。サラから届いたメッセージを見て逃げられないことを悟ったのだった。


 

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