第21話 お嬢様は怒っている
「美雨様!大丈夫ですかー!」
翌日の昼休みも4人で昼食を食べていたのだが、そこへ乱入者が現れた。開いている扉から叫び声と共に勢いよく入って来たのは、髪の毛をツンツンさせた男子生徒。また面倒な奴が来たもんだ。教室内は突然の事態に静まり返っている。
「貴様か!美雨様を誑かしている愚か者は!今すぐ美雨様から離れるがいい!」
「うるせえな。こっちは飯食ってんだから静かにしろよ」
早歩きで近づいてきたと思えば、いきなり俺を指さして騒ぎ出す。離れるも何も寄ってきたのは美雨だし、俺が窓側に座っているから美雨がどかないと俺はこの場から動くことも出来ないんだけどな。
「何を
九条院財閥。かつては名を馳せていたがどんどん衰退していき、今やほぼ楠グループに取り込まれてしまっている。美雨を手中に収めて再び九条院の名を轟かせようといったところか。違うクラスなのにしょっちゅう美雨のところへ来ているしな。まぁ人が多すぎて輪にすら入れてないんだけど。
つーかこいつ、自分で様とかつけちゃって恥ずかしくないのかな。金持ちって頭がかわいそうな傾向でもあるの?
「お前、意味分かってて言ってる?
「ぐっ......き、貴様!俺を馬鹿にしているのか!」
「いきなり突っかかって来たのはそっちだろ」
「......九条院さん、何か御用かしら」
美雨が口を開くが、その声は低く冷たい。俺が初めて聞く声だ。さすがの九条院も怯んでしまっている。
「お、俺は......美雨様を助けようと......」
「私はそんなこと頼んでいないわ。帰っていただけるかしら」
俺からは見えないけれど、美雨は今どんな顔をしているのだろうか、とふと気になってしまった。色々な美雨を見てきたが、こうも機嫌が悪い美雨というのは見たことが無い。
九条院の紅潮していた顔は、美雨本人に否定されたことで一気に熱が引いて白くなっていった。元が色白だから余計に分かりやすい。つーかあれだな。髪を染めているのか整髪料のせいか分からんが、蛍光灯の反射で緑っぽく見えるしなんかネギみたいだな。九条だし。しかもイニシャルが
九条院が言葉を失ってしまったせいで教室内が静まり返っている。耳に入るのは窓の外のザーザーという雨音のみ。梅雨だからって雨降りすぎじゃね?洗濯ものが乾かないんですけど。
「そそそんな......俺はただ美雨様のために......」
「それが迷惑だと言っているの。あなたには興味無いし、私の交友関係に口を出さないでもらえるかしら」
「くっ......こ、この......おおお覚えていやがれぇぇぇぇ」
美雨に拒絶された九条院は、俺を指しながら捨て台詞を吐いて走り去っていった。そんな捨て台詞、リアルで初めて聞いたぞ。あ、机に思いっきり脛ぶつけたけど大丈夫かな。
「ごめんなさい。お騒がせしてしまったわ」
「別に美雨のせいじゃないだろ」
「だなー。しかし怜央も厄介なのに目をつけられたな」
「わざわざ相手することもないだろ。別のクラスだし」
「あいつはしつこいって有名だぞ〜」
「女子の間でも有名人よ。俺様で他人を見下してるし」
あいつ、友達いんのかな。金持ち、友達いない説まで浮上してしまうぞ。頑張れ。
「ま、とりあえず飯食っちまおうぜ。時間がもったいない」
「それもそうだな」
こちらを振り向いた美雨は、困ったように微笑んだ。
「......ねぇ、怜央。今日一緒に帰ってもいいかしら?」
と思ったらいきなりそんなことを言い出した。
「一緒にって......サラは?」
「迎えに来ないように言っておくわ」
「んー、まぁいいけど」
「じゃ、約束だからね!」
微笑む美雨を見て、やっぱりこっちのほうがいいよなぁ......なんて考えてしまう。
窓の外では、いつの間にか雨は止んでいて雲間から日が差している。これなら傘は必要無さそうだな。
* * *
「私......楠さんのあんな素敵な顔、初めて見た......」
「私も」
「あんな風に笑うんだね......」
放課後の教室では居残っていた女子たちが雑談をしていた。話題は楠美雨についてだ。
「佐藤君といつの間に仲良くなったのかしら」
「羨ましいなぁ」
「どっちが?」
「もちろん佐藤君が、よ。あんな風に楠さんと普通に話せるなんて......」
「よねぇ。昨日から冷たかったのもそのせいなのかなぁ」
「私、楠さんを応援するわ!」
「私も!普段の凛々しいお姿と、佐藤君に向ける笑顔のギャップ......堪らないわ!」
怜央は誤魔化せているつもりだが、涼と麗華が付き合っているのは周知の事実であり、今日の様子を見れば美雨の気持ちが誰に向いているのかは一目瞭然である。
こうしてクラスの一部の女子たちは、楠美雨に取り入り隊から、楠美雨を見守り隊へと変わったのであった。
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