第9話 お嬢様は券売機がお気に入り



『映画を見に行きたいわ』


 そんなメッセージが届いたのは金曜の夜だった。


『行って来いよ』

『明日10時。駅前ね』


 なんでだよ。映画くらいサラと行けばいいじゃないか。それにいちいち時間も早いんだよ。


『明日はゲームで忙しい』

『明日10時。駅前ね』


 断りを入れると同じメッセージが帰ってきた。やっぱり拒否権無いのかよ。


『何を見たいんだ?』


 試しに聞いてみる。これで決まってないだとか、興味の無いものを見るなら行く意味はない。


『迷探偵コロンよ』


 迷探偵コロンとは、数々の事件を迷推理しつつもなんとか解決にもっていくオーデコロンを愛用する探偵の話だ。俺としては毎回事件現場に居合わせる「あれれー?」が口癖の子供がめっちゃ怪しいと思ってる。

 まあアニメも過去映画も全て動画配信サービスで視聴しているが、今作は特に劇場で見るべきと話題らしいので見に行くのもやぶさかではない。


『お前、アニメ見るの?』

『見たことないわ』


 じゃあなんでそれ選んだんだよ。もっと他にもあるだろうに。

 映画を見て気になったらアニメを見るという手もあるからいいのか?俺としては他なのに変えられても困るし。


『まあいいや。了解』


 このあたりで映画を見られる場所となるとショッピングモールくらいだ。

 事前にインターネットでチケットを購入しておこうかと考えるが、また券売機にリベンジしたがるだろうなあと思ってやめておいた。






 翌日。朝からサラと連絡を取り合って美雨より先に駅へと到着する。

 前回は夜更かし&早起きでさらに集合時間の1時間前に駅に着いてソワソワしていたらしい。なんで止めないんだよ。それで誘拐でもされたらどうするんだ。

 今日はサラになんとか引き留めてもらってなんとか15分前まで粘ってもらった。


「お、おはよう!待たせたかしら?」

「おう。別に待ってねえよ。じゃ、行くか」


 駅で合流してバスでショッピングモールへと向かう。幸い空いていたのですんなりと前の方に座る。


 バスに乗るのも初めてらしいが、切符を買うわけではないと知ってちょっと残念そうだった。どんだけ券売機気に入ったんだよ。

 そのままバスに数十分揺られて無事到着。

 バスから降りると巨大な建物と人の多さに圧倒されている美雨の手を引いて歩き出す。

 なんだか手を繋ぐのが当たり前のようになっているが、ボーっと立ち止まったりフラフラして迷子になられたりよりはマシだと自分に言い聞かせる。

 そう何度も来ているわけでは無いので、入り口の案内板で場所を確認してから映画館へ向かう。

 案の定美雨がチケットを買いたがったので任せると、今回はそう苦戦することもなく購入できた。


「見て!ちゃんと買えたわ!」


 と自慢げに見せてくるので「良かったな」と返しておく。

 辺りを見回して、「ポップコーンでも食うか?」と尋ねると「食べるわ!」と食い気味の返事が来た。

 味に迷っていたのでシンプルなものと飲み物をそれぞれ小さいサイズで注文する。2時間程度だし食べきれなくても困る。元々俺はこういうの食べながら見るタイプじゃないしな。美雨の飲み物はカルピスだ。めちゃくちゃ気に入ってるな。

 それを持って会場に進み、自分たちの席を探して座る。 ずっとソワソワしている美雨と時折ポップコーンをつまみながら予告などを見ていると徐々に照明が落ちていき映画が始まる。


 隣に座る美雨は終始瞳をキラキラさせて前のめりで見入っていた。まるで子供だ。

 自宅に巨大スクリーンがあって映画とか見放題なイメージなんだが。

 映画の内容としては前評判通り面白かった。

 おにぎり頭の男の子がサッカーボールを蹴り当てて事故に見せ掛けてメガネの少年を暗殺しようとしていたあたり、奴は秘密に気づいているに違いない。


 映画館を出てスマホで時刻を確認すると13時25分。

 ポップコーンをつまんでいたとはいえお腹が空いた。時間的にもお昼のピークはすぎただろうし丁度いいだろう。


「時間も丁度いいし昼飯でも行くか」


 そう提案してみると美雨は頷いた。何が食べたいか聞いても決まらないだろう。

 ということで選択肢があるようにフードコートへと向かった。

 先に歩き出すと美雨が慌てたように追いついてきて俺の手を握った。

 少し驚いたが、自分が迷子になるという自覚があるのだろうか。

 成長を感じられてお父さん嬉しいよ。誰がお父さんだやかましいわ。

 エスカレーターで3階に上り、もう少しで到着というところで声をかけられた。


「怜央!こんなところで珍し......い、な?」


 声の主は、すぐそこの店から出てきたらしい涼だった。

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