第7話 お嬢様と護衛はお礼を言いたい



「......あなたたちは?」


 楠を守るように立ちはだかり尋ねる。


「失礼。我らは楠家に仕える護衛だ」

「ふーん、それを証明する物は?」


 護衛と言われても、だからはいそうですかと引き渡すわけにもいかない。


「証明か......。お嬢様に一目確認してもらうのが早いだろう」


 たしかに身分証なんて偽造の可能性もあるしな。

 俺は無言で楠の隣まで下がって肩を軽く揺する。すると楠の瞼がゆっくり薄っすらと開かれる。


「楠、この人たちはお前の知り合いか?」

「んぅ?......あ、サラじゃない。どうしたの?」

「迎えだとさ。眠いなら帰って寝ろよ」

「あぇ、わたしねてた......?」

「じゃ、俺は帰るからあとはよろしく」

「君は私が送ろう。聞きたいこともあるしな」


 楠を任せて去ろうとしたらサラと呼ばれていた女性に引き留められてしまった。

 断ってさっさと帰ろうかとも思ったが、俺も少し聞きたいことあるしとお願いした。






「——で、俺に聞きたいことって?」


 サラが運転する車内で尋ねた。


「お嬢様とはどういった関係だ?」

「ただのクラスメイトだ。それ以外にゃなんもないから安心してくれ」

「ただのクラスメイトが何故お嬢様と休日にデートを?付き合っているのではないのか?」

「ハァ......付き合ってないしデートじゃねえ。駅前に来いと勝手に決められたんだ」


 赤信号で止まったのでメッセージを見せながら答えた。


「ちなみに初めて喋ったのは4日前だ。で、一昨日勝手に連絡先交換されて今に至るってわけだ。メッセージたどれば分かるだろ」

「たしかに日付は合っているようだが信じられんな。なぜお嬢様が......」

「俺も信じられねえよ。つーかあのお嬢様は友達いないのか?」

「......そうだな。今までお嬢様の口からそのようなことは聞いたことが無い。だから休日に1人で出かけると聞いた時は我々も驚いたものだ。昨夜も遅くまで起きていたみたいだし今朝も早起きだった。それで寝不足だったのだろう」

「それに加えてあのハイテンションで疲れたか。まったくこっちの都合も考えてほしいもんだぜ」

「そう言いつつ断らないなんて優しいじゃないか。今日もことあるごとにお嬢様を気にかけていただろう?常にポケットに片手を突っ込んでいたのはいただけないが。それに我々が現れた時警戒していた割にはあっさりお嬢様を引き渡したな」

「あー、ポケットに手入れてたのはこれだな」


 俺はポケットに忍ばせていたものを取り出して見せる。


「それは?」

「防犯ブザーだよ。相手は仮にも楠の令嬢だ。何があるか分からない。ずっと視線は感じていたし護衛監視がいるだろうとは思ってたが咄嗟に反応できるわけじゃないからな。何かあった時にいつでも鳴らせるようにだ。だからアンタが来た時にも護衛だとは思ったが念のために確認しただけだ」

「ほう、君はなかなかに優秀なんだな。卒業したら一緒に働くか?」

「お断りだね。俺は楠が嫌いだ」

「嫌い?ならなぜお嬢様と?何か企んでいるのならば許されないぞ」

「俺が嫌いなのは楠グループ。あいつ自身はただの高校生だろ。まぁ関わらないのが一番なんだろうけどな。友達作ってそっちに構ってもらえばいいと思うが......お嬢様でいるってのも大変そうだな」

「......お嬢様は何事も努力を怠らないよう厳しく育てられてきた。我々もそれが当然だと思っていた。......しかし、今日のお嬢様を見てそれが正しいのか分からなくなった。お嬢様の笑顔など最後に見たのはいつだったか思い出すことも出来ない」

「あいつは学校ではちゃんと理想のお嬢様・・・・・・だぞ。周りに人はたくさんいるが結局は楠の令嬢としか見られてないんだろうな。そんなのただのプレッシャーだし愛想笑いくらいしかできなくても無理はないだろ」


 みんなが理想とするお嬢様でい続ける。そんなストレスが溜まりそうなこと、俺ならゴメンだ。


「そうだな。今日のことは本当に感謝している。我々ではあの笑顔を引き出すことは出来ない。どうかこれからもお嬢様と仲良くしてほしい」

「へー、意外だな。庶民など二度と関わるなくらい言われると思ったけど」


 というかそう言ってほしかった。そのためにわざわざタメ口で話しているというのに。


「旦那様ならそういうかもしれないがな。我々はただの護衛だ。お嬢様が笑えるならその方がいいに決まってる。......着いたぞ。本当に駅でいいのか?」

「こんな車で家まで来られたら目立つだろ。まぁ気が向いたらメッセージくらいなら返してやるさ。ああ、そうそう。ひとつ忠告だ。尾行するならもっと庶民的な格好した方がいいぞ。スーツにグラサンなんて目立ちすぎだ」


 そう言い捨てて車を降りる。お嬢様だけじゃなくて護衛もバカなのかな。

 護衛ならバレずにするもんじゃないのか?あんなのが付きまとってたら重要人物ですってアピールしているようなもんだ。

 ま、少なくともあのサラって人はお嬢様のことを分かってくれてるようだ。これで家でも多少なりとも気が抜けることを祈ろう。

 そうでなければ俺の負担が増える。頑張ってくれサラ。





 その夜。楠からメッセージが届いた。


『今日はありがとう。とても楽しかったわ』


 お嬢様でもちゃんとお礼言えるんだな。偉い偉い。


『俺も楽しかったけど、今後誰かを誘う時は前もって言っておけよ』

『大丈夫よ。他に誘う人なんていないから』


 なんて悲しい発言しやがるんだ。つーか俺なら突発な誘いでもいいってことじゃねえからな?


『サラも色々心配してるみたいだから頼ってあげろよ』

『......なんでサラを名前で呼んでるのかしら?私のことは楠って呼んでいたわよね?』

『名前しか知らないからだ。楠がサラって呼んでいたのを聞いただけだしな』

『そう。なら私のことも名前で呼びなさい』


 なんでだよ......。お嬢様の思考回路についていけない。寝ぼけてんのか?


『ちょうどいいからアナタのことも玲央と呼ぶことにするわ。佐藤なんてありふれすぎていてつまらないわ』


 おい、なにがちょうどいいのかはさておき、俺の祖先と全国の佐藤さんに謝れ。

 一瞬、リアルで名前を呼ばれているところを想像してしまったが、レオとペットを呼んでいる光景が浮かんでしまった。俺は犬じゃねえぞ。ワン。


『返事は?』

『......気が向いたらな』


 返信をためらっていると催促が来たが、今回は反射的に『はい』と返さずに済んだ。

 まあ学校では話すこともないだろうし、メッセージ内くらいは呼んでも構わないだろう。

 それに、名字で呼んでいるとどうしても“楠”の人間であることを意識してしまう。お嬢様ではなく、ただの高校生として見るなら名前で呼ぶのは都合が良かった。




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