第5話 お嬢様は電車に乗りたい


 翌日、きっちり20分前に駅前に到着すると、かのお嬢様はすでにベンチに座ってソワソワしていた。ワンピースにカーディガンといういかにもお嬢様っぽい服装。

 時計を確認すると9時40分。ちゃんと20分前だ。念の為に早めのさらに早めに来たのに何でもういるの?

 10時って言ったの自分だよね?お嬢様って何分前行動なの?時間守れないの?馬鹿なの?

 ただでさえ超が付く美人なのに、少し挙動不審になっているせいで余計に目立っている。

 

「よう」

 

 考え込んでしまうと早く来たのに遅刻してしまうという謎事態になりそうなので諦めて声をかける。

 

「お、おはよう!遅かったじゃない」

 

 遅かったって文句言いたいだけ説。屋上の時も待たせて云々言ってたな。  

 

「いや、まだ20分前だろ。お前が早すぎるんだ。何分前に来てんだよ……」

「ど、どうだっていいでしょ!ほら、行くわよ!」

 

 思いっきり誤魔化したな。なんか緊張してる?いつもより少し早口だし声も上ずっている。いつもって言えるほど関わってないんだけど。

 というか——

 

「おい、俺何も聞いてないんだけど?いったいなんの用なんだよ」

「あら、そうだった?今日は水族館に行くのよ!」

 

 スイゾクカン?なんだっけそれ。俺の膵臓を缶詰にするの?え、違う?

 そういえばメッセージでなんか言ってたような気もするが......

 

「なんで俺?」

「何か文句あるのかしら?」

「イエナンデモナイデス」

 

 むしろ文句しかないが口にしたら後が怖い。

 こいつやっぱり友達いないのでは?お嬢様なのにぼっちなの?孤高の深窓令嬢なの?なんか強そう。

 

「で、どうやって行くんだ?」

 

 楠家の車で行くのかと辺りを見渡してみるも車はない。

 

「そんなの決まってるじゃない!——電車よ!」

「え、お前電車乗れるの?」

 

 つい率直な疑問が口をついてしまう。常にリムジンを侍らせているイメージしかないんだが。リムジンを侍らせるってなんだよ。怖いわ。

 

「あなた、私をバカにしているでしょ?舐めないで欲しいわ。ちゃんと予習して来たんだから!」

「ほー、さよけ」

 

 電車に乗る予習って何したんだろう。まさか家に駅があるわけではあるまい。

 とりあえず何も言わず見守ろうと、駅に入るお嬢様の後をついていく。

 券売機の前までいったはいいものの、そこで固まってしまう。

 

「なにこれ?なんでこんなに数字がならんでるのかしら。とりあえず1番大きいのを選べばいいわよね?」

 

 ぶつぶつと呟きながらいきなり最大料金の1660円を押そうとしたので咄嗟にその手を払いのけてインターセプト。ナイス俺。

 まあまだお金を入れてないから押してもやり直しは出来るけど怖すぎる。

 

「アホか。分からないなら聞けよ。これは乗る区間によって料金が変わるからこうなってるんだ。ほら、上に地図があるだろ?ここから水族館前駅までは4駅だから360円だ」

「ほひゃ~」

 

 え、なんて?ごめん、俺日本語オンリーだから誰か通訳ヘルプ!

 

「とりあえず360押して」

「ほっ」

「お金入れて」

「ほっ」

 

 こいつ、当たり前のように万札かよ。

 出てきた切符を掲げて瞳を輝かせるお嬢様。おい、お釣り忘れてるぞ。

 

「見なさい!ちゃんと切符を買えたわ!」

「......はいはい」

 

 なんだろう。もう疲れたんだけど帰っていいかな俺。

 こいつ精神年齢5歳くらいなの?「おーよちよち、よくできまちたね~」とか言えばいいの?

 代わりにお釣りを回収して先を促す。

 

「ほら、早くいかないと電車来ちゃうぞ」

「はっ、そうね」

 

 切符を手に持ったまま改札へ向かう。そしてブザーと共に締め出される。うん、知ってた。

 

「はいはい、切符ここ入れて。で開いたら進む。あっちから切符出てくるから忘れずに取れよ」

 

 見守りながら俺も隣の改札を通る。さぁすでに疲れたがこっからが本番だ。

 

「さて、俺たちが乗る電車はどこに来るでしょう」

 

 少しからかってみようと質問してみた。

 この駅は都会とまではいかなくとも広い。複数の路線が集まる駅なので10番線まであるのだ。

 

 

「むむ......こっちな気がするわ」

「ちょっと待てや」

 

 ついちょうどいい位置にあった頭を後ろから鷲掴みにして止める。気がするってなんだ。こいつ優等生なんだよな?なんで勉強はできるのにこういう時に限って勘頼りなの?

 

「そっちは新幹線。こっちだ」

 

 なぜ当然のように高級なほうへ向かうのか。仕方なくお嬢様の手を取ってホームへと連行する。

 

「は、はにゃして......私だって——」

「水族館、行けなくてもいいのか?」

「......やだ」

 

 諦めて引かれるがまま付いてくるお嬢様。

 階段を上がってホームに到着する。すると今度は線路が気になるのか身を乗り出してのぞき込もうするので手を引っ張って制止する。

 

「下に落ちたら死ぬぞ」

「ぴえっ」

 

 俺の一言に飛びのいて怯えるように俺の後ろに回り込んでしまう。単純かよ。

 数分も待てば電車が到着する。楠の様子を伺うと震えていた。落ちたらどうなっていたか想像でもしちゃったのか?でもこの電車に乗らないと水族館へは行けない。

 

「ほら、大丈夫だから乗るぞ」

「ぴぃ」

 

 なんか変な鳴き声の生き物になってるけど気にしたら負けな気がする。

 空いていたので席に座り、もう大丈夫だろうと手を放そうとするとガシッと掴まれた。初めて乗るとはいえそんなに怖いか?

 

「飛行機とか乗り慣れてるんじゃないのか?」

「ひひひ飛行機はいいけど、ちょっとだけこうしてて......」

 

 いや逆じゃね?むしろ空を飛ぶ飛行機のほうが怖いと思うけど。まあ庶民代表の俺は飛行機乗ったことないけども。

 少しすると震えも収まって外の景色を楽しむ余裕も出てきたようだ。座席に膝立ちになって外を眺め始めなくて安心した。

 30分もしないうちに水族館前駅に到着した。つないだままの手を引いて降りたが、電車とホームの隙間が気になるようでそこだけ大股で飛び越えていた。そこは怖いよな。俺もその隙間に何か落としちゃわないかと心配になる。

 改札を出る時に入れた切符を出てくるのを待つのはご愛敬。


 駅を出て少し歩けばすぐ大通りに出る。

 ここは水族館前駅とはいったものの、他にもゲームセンターや百貨店、飲食店などが並んでいる。

 

「さて、まだ昼前だけど飯はどうするんだ?水族館行ってからだと少し遅くなるけど」

 

 と聞いてから思ったが、お嬢様って普段何食べてるんだ?専属シェフが作ったものしか食べないとか言われたらゲームオーバーなんだが。

 

「では先にご飯にしましょう!何かおおすめは?」

 

 シェフに聞くようにサラっと聞くな。お嬢様にオススメ出来るものなんてねえよ。

 涼たちならハンバーガーでもラーメンでもその場のノリで食べるが、お嬢様の口に合うものなんて俺は知らない。

 

「何か希望は?」

「んー、佐藤君の食べたいものでいいわ。高校生っぽいものが食べてみたいの」

 

 高校生っぽいものってなんだ?ハンバーガー屋さん連れていったら「ナイフとフォークはどこかしら?」なんて言い出しそうで怖いんだが。

 迷った挙句、わりと柔軟に対応できるであろうファミレスにした。

 時間もまだ早いので店内は空いている。案内された席に座り、メニューを渡して自分で選ばせる。

 

「わあ!色んなのがあるのね!」

「好きなの選べばいいけど、自分で食べ切れる量だけにしとけよ。残しても知らんぞ」

「うっ......そうね。気をつけるわ」

 

 結局俺は、ハンバーグとチキンステーキ、ソーセージが乗ったミックスランチ。楠は散々迷った挙句ドリアにした。

 ドリンクバーを知らないと言うので、注文して取りに行く。

 まあお嬢様なら普段自分で飲み物を注ぐなんてことしないんだろうなぁ。

 俺は迷わずコーラを注いで楠が選ぶのを待つ。あっちへこっちへうろうろし、ようやくカルピスに決めたらしい。おっかなびっくりボタンを押して注ぎ口を覗く姿はまるで子供だ。

 零さないように慎重に両手で持って席に戻ると料理が運ばれてくる。

 それを見て瞳を輝かせるお嬢様。まずはカルピスを一口飲んで——一気に半分ほど飲んだ。そんなに気に入ったのかカルピス。

 そしてスプーンを持ってドリアに挑む。

「熱いから気をつけろよ」と声をかけて俺も自分のを食べ始める。

 楠はちまちまと少しずつスプーンで掬いながら一生懸命食べている。無言になるほど美味しいのかな。まあ口に合ったなら一安心だ。

 俺も束の間の休息を堪能するとしよう。



 

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