第3話 お嬢様は面倒くさい



『屋上』


 はい、3日目にしてついに単語ひとつです!時間指定すらも省略されました!いやまじでなんなん?

 温厚な庶民代表の俺だからまだいいけど、これが他の人だったら......。

 朝登校して下駄箱に『屋上』とだけ書かれた紙が入っていたら、番長にカツアゲでもされるんじゃないかってビビッてその場で回れ右して帰宅して、仮病使って学校休んじゃうよね。

 俺の場合は幸いというべきか、下手人に心当たりはありすぎるのでそのまま教室へ向かう。

 番長——じゃなかったお嬢様は今日も背筋を伸ばして自分の席に座り、人に囲まれていた。

 おそらくまた放課後ということなのだろう。......あれが影武者でなければの話だが。




 ——ガチャ


「よう」


 屋上への扉を開けると、そこにはもはやおなじみとなりつつあるお嬢様の姿。

 もしかしてお嬢様って暇なの?習い事とかないの?部活は?

 俺は帰宅部だからいいけど......いや良くないわ。屋上までの階段昇るの地味に面倒くさいんだぞ。

 あ、もしかして帰宅部で貧弱な俺を気遣って筋トレさせてくれてるの?......いやないな。大きなお世話だし。


「ねぇ、私ひとつ思ったのだけれど......」

「なんだ?」

「毎日屋上まで来るの面倒くさいわね」


 それ!!!!!!俺のセリフ!!!!!!!!!

 少なくとも呼び出した側が言っていいセリフじゃねえ!!!!


「......ソウデスネ」


 なんだろう。お嬢様って勉強は出来るのにバカなの?


「ホワッツ!何故足を踏む!?」

「なんだかバカにされた気がしたわ」


 こわっ。お嬢様って心まで読めちゃうの?バカにしたっていうかバカだと思ったんだけど。


「スマホを貸してちょうだい」

「あん?自分のがあんだろ?」

「いいから貸してちょうだい」


 あの、足をぐりぐりしたまま至近距離から睨むのやめてもらっていいですか?なんだかいけない方向に目覚めちゃうかもしれないんで......。ご褒美です!って喜ぶ奴とか絶対いるだろ。

 おとなしくポケットからスマホを取り出すと、それを素早くひったくったお嬢様は片手に一台ずつスマホを持って操作し始めた。

 なんだよ、やっぱり自分の持ってるんじゃねえか。


 数十秒後、お嬢様はあっさりと俺のスマホを返してくれた。

 おかえり、マイスマホ。破壊されないで返ってきてなによりだ。

 と喜びに震えていると、ピコんと着信音が鳴った。

 こんな時間になんだ......と思って画面を見てみると、メッセージアプリの通知が表示されていた、

 差出人の名前は楠美雨。そして現在俺の目の前に立っているのも楠美雨。

 オーケー。ちょっと落ち着こうか。

 こいつ、勝手に連絡先交換しやがった!

 しかもなにが『よろしくね(お辞儀の絵文字)』だよ!

 お嬢様なら『仕方ないからよろしくしてあげてもいいわ』くらい言いそうなんだが。あれ?もしかして別人?影武者?

 そのまま俺をジーっと見る楠。え、これ返事しなきゃいけないやつ?目の前にいるのに?

 面倒くさいと思いつつまた足をグリグリされても困るのでテキトーにスタンプのみで送信っと。

 また何か言われるかもと思ったが、お嬢様はそれで満足したのか背を向けて去っていった。......気のせいでなければ微笑んでいたような気がしないでもない。








 その夜、風呂から上がった俺はスマホにメッセージが来てるのに気が付いた。


『ねえ、デートってなにかしら』


 俺は一旦メッセージアプリを閉じてデートと検索。それをコピペしてメッセージを送信した。


『デート:日時や場所を定めて好意を持った2人が会うこと。逢い引き。男女のペア以外にも、親密な2人が会うことをデートと呼ぶこともある』


 送信した直後に返信が来る。え、早すぎない?


『そんなこと聞いてないわよ!』


 いや、デートってなにって聞いてきたじゃないですか......。そして立て続けにメッセージが送られてくる。


『デートって具体的に何するの?』


 知 る か 。


『それは経験者に聞いてみたら良いのでは』

『聞けたら苦労しないわよ!』


 いや、別に苦労してなくね?つか俺に聞くのはいいのかよ......。基準どうなってんの?


『俺だって実際にしたことなんかないし知らないけど、遊園地とか水族館とか行ったりするんじゃねえの?』


 まあ、俺自身にはデートの経験は無いんだが、ありがたいことにお優しい友人が幸せのお裾分けと言わんばかりにどこへ行ったとかデートの報告をしてくる。

 遊園地や水族館以外にも、ご飯食べながらお喋りしたり、映画を見たり一緒に買い物したり。羨ま死しそうだぜ。まったく。

 おかげで知識はある程度あるのだ。知識だけは。

 あとはこれを活かせる機会が来るのを待つだけだ。早くしないと来世になっちゃうよ?


『そう、分かったわ』


 お嬢様からの返信はたった一言だけだった。あっさり引き下がったことに少し驚いたが、これで納得したのならそれでいいだろう。

 用済みとばかりにスマホを放り投げ、ベッドにダイブしてゲームをやり始める。 最近ハマっているのは、仲間と協力してモンスターを狩るゲームだ。

 モンスターを倒すと素材と呼ばれるアイテムを落とすのだが、中でも低確率で落とすレアアイテムを求めてここ2、3日ひたすら狩りをしている。


 ようやく目的のレアアイテムをゲットし、仲間と一緒に喜ぶ。強敵を倒したりと、こういう時の達成感はやはりいいものだ。

 ふと時計を見てみると、針は1時を指していた。

 うわ、もうこんな時間かよ。熱中してると時間を忘れてしまうのはいつものこと。

 おかげで寝不足になってしまうことも多いがこればかりはやめられないから仕方ない。

 とはいえ明日も学校だしそろそろ寝るかーと思い、アラームをセットするためにスマホを取って画面を見た瞬間、俺はフリーズした。

 通知が十数件。すべてメッセージアプリからの通知だった。相手はすべてあのお嬢様。

 え、なに、アイツ友達いないの?暇なの?

 これはアレだな、うん。寝てて気づかなかったことにしよう。それがいい。

 下手にアプリを開いてしまうと既読がついて相手にバレてしまうので、俺はアラームをセットしたらそのまま画面を消して寝ることにした。



 ......明日の俺、頑張って生きろよ。


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