第2話 お嬢様は恋が知りたい
「——ねぇ、恋ってなにかしら」
「......そんなの、裏の池で校長が飼ってるだろ?」
「そっちじゃないわよ。恋愛のほうの恋よ。先日本で読んだのだけれど、イマイチよく分からなかったわ」
「はぁ~~~~~~」
とてもわざとらしい、大きなため息が出てしまう。
「悪いが、それは聞く相手間違えてるぞ。俺には失恋の経験しかないからな」
なんなら失恋したてほやほやだ。
「あら、でも失恋したということは誰かに恋をしていたってことじゃないの?」
「いやまぁそうだけどさ」
「ねぇ、その子のどこを好きになったの?」
「どこ......ねぇ。うーん。いつも笑顔で楽しそうでさ。ちょっと嫌なことがあっても、その笑顔を見ると頑張ろうって思える気がしたんだ」
俺、何言ってるんだろう。え、これなんかの罰ゲームだっけ?穴があったら入りたい。そして引きこもりたい。
しかしお嬢様はそんなことを許してはくれない。
「ふーん、そう。失恋したって言ったわね。もうその気持ちはないってことかしら?」
「......どうだろうな。でも、告白して振られた時に好きな人がいるからって言われてなんか納得しちゃったんだよな」
「納得?」
「そ。あの子が眩しく見えていたのは、その好きな人がいたからなんだなってさ。好きな人がいるから些細なことで一喜一憂して毎日が楽しめて。それがあの笑顔に繋がっていたんだなって」
「毎日が......楽しい......」
「だからあの子が笑顔でいるために、その好きな人とうまくいってほしいって思っちゃったんだよな。自分でも不思議で笑っちゃうけど」
「......あなたは、それで満足なの?」
「まぁ、それで納得しちゃったしな。笑顔を見たいっていう、ある意味では俺の我が儘でもあるわけだし」
「あなた自身がその子を笑顔にしようとは思わなかったの?」
「......好意が俺に向いてればそれが一番いいんだろうけど、だけど実際に好意を向けられているのは俺ではない誰かなんだ。俺はわざわざそれを邪魔したくはない。その程度の好意だったと言われればそれまでだけどな」
「ふーん。よく分からないけれど、ひとつ言えるのは......あなた、損するタイプね」
「はは、否定は出来ねえな。ま、つーわけで俺のは恋と呼べるのかすら怪しい。むしろ憧れみたいなもんだったのかもしれない。参考にならなくてわりぃな」
「いえ、興味深い話を聞かせてもらったわ。ありがとう」
そう言い残してドアへ向かって歩いていくお嬢様。
ありがとう、か。まさかお嬢様にお礼を言われる日が来るなんてな。
ふと思いついたことがあってその背中に声をかける。
「あー、ひとつだけ教えられることがあったわ。——恋ってのはな、するもんじゃねえ。おちるもんだ」
落ちるなのか堕ちるなのかは知らん。
翌朝、またいつもと同じように変わらぬ日常を過ごすために登校した俺を待ち受けていたのは、下駄箱に入っていた一通の手紙だった。
え、なにこれ。デジャヴ?まさかタイムリープしちゃった?俺はあと何回今日を過ごさなきゃならないんだ......!
いや、よく見ると昨日とは少し違う。
なんと、今日は封筒にすら入っていない。紙が折りたたまれて上履きの上に乗せてあるだけだ。
差出人はだいたい見当がつくが、いったい今度はなんだというのだ。
その場でサッと開いてみるとそこに書かれていたのは——
『放課後、屋上』
ただそれだけだった。たったの二言。
え、これ拒否権とかないんですか?え?
昨日の件は片付いたはずだし今度は何の用だろうか。
昨日はあの後まっすぐ帰ったし、家族とも最低限の会話しかしていない。
たとえ地獄耳を持つお嬢様とて心の声まで聞こえるというわけではあるまい。
俺は1日、お嬢様をこっそり監視しつつ内心少しだけ怯えて放課後を待った。
昨日と同じく、部活へ行く涼を見送ってから屋上へと向かう。バスケの大会が近いらしい。頑張れよ。
昨日より気持ち重く感じる屋上へと続く扉を押し開けると、昨日と同じ場所にお嬢様は立っていた。
「やっと来たわね。私を待たせるなんていい度胸じゃない」
あれ?昨日もそれ聞いた気がするぞ?お嬢様ってNPCだったの?定型文を喋らないと次の会話に進めないの?
「勝手に呼び出しておいてよく言うよ。で、今日は何の用だ?お前の話なんか何もしてないぜ」
「ふーん。口にはしてないけれど、考えてはいたってところかしら?」
「......さあな」
「ふふ、あなたって嘘がつけないのね。面白いわ」
......俺は今幻でも見ているのだろうか。もし、これが現実だというのなら......世紀の瞬間に立ち会ってしまったのではないだろうか。
「そんな顔で見つめてどうしたのかしら?口開いてるわよ?」
「あ、いや......お前ってそんな風に笑えたんだなって」
「......笑ってた?私が?」
「いや、笑ってただろ。ふふって小悪魔みたいな——って痛い痛い!無言で足を踏むな!」
「......そう、私、笑えたんだ」
「で、結局何の用なんだよ」
ボソッと呟いたお嬢様が見ていられなくて、話題を変えようと要件を尋ねた。
「......いえ、やっぱりいいわ」
だというのに、このお嬢様ときたらそれだけ言い残して扉へと歩いていく。
やはりお嬢様の考えることは庶民の俺には分からんな。
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