第3話 引きこもりの師匠

 紙袋を持ってアリサは森の奥を進んだ。


 紙袋の中身はパンや果物など。


 ピクニックではない。こんな森でピクニックする者など誰もいない。


 屋敷から北に進むと暗く深い森が出現する。


 樹海を歩くと、目の前にドデカい蜘蛛が登場した。


 毒々しい模様をした巨大な蜘蛛さん。


「やっほー!」


 挨拶した。生命体なら当然の行動。出会った者に挨拶。


 アリサの顔を見て、怯えながら脱兎のごとく逃走した。

 蜘蛛だけど......


 やれやれ、と思いつつアリサは目的地へ。


 奥を抜けると、開けた場所にたどり着いた。


 暗い森でもここだけは陽が当たる。

 ここに住んでいる住人の手腕。


 先には樹木と家が融合した建物があった。


 アリサはドアを数回、ノックした。


「師匠! 生きてますか!」


 初っ端から何を言ってるんだと思うかもしれない。

 でも、仕方がない。


 十分な時間が経った。

 しかし、家主は出てこない。


 ドアノブを握り、勢いよく開けた。

 ドアが壊れたけど、気にしない。


「師匠! お邪魔します!」


 埃が舞う。カーテンが閉め切っている。

 床には魔導書が無造作に置かれている。

 テーブルには、植物や鉱物が置かれていた。

 魔法道具も散乱している。触るのも嫌なドロドロした液体が床に垂れている。

 魔法陣が記されている紙は、外からの風で部屋に舞っていた。


 部屋の中に入ると、目的の人物を見つけ安堵した。


 魔導書の下敷きになっている女性。

 黒い帽子、黒い衣装に身を包んでいた。

 酷く、項垂れている行き倒れな女性こそ、アリサの師匠で、魔女だ。




「いやぁ、助かったよ! ありがとう、アリサ」


 テーブルで私が提供した食料を食べている。

 心なしか生気が戻っていくようだった。


「一度、研究に没頭すると生活能力低下するの治してください」


 汚部屋を掃除していく。貴族として、いや、人としてこの惨状を背くことはできない。本当に、よく住めるな〜


「師匠。前にも言いましたけど、私の屋敷に来ませんか」


 本棚に魔導書を収納しつつ、提案を持ちかけた。


 水を飲み終えた師匠。


「その申し出は、拒否しただろう。それに私は......」


「師匠が指名手配されてる身であっても、私は全然気にしません。事情は把握しています。カエルム家には私が説得しますから」


 紫色の瞳をアリサに向け、微笑する師匠。


「君も物好きだな」


 アリサ・カエルムの師匠。名はセシリア・グルーヴィ。右に泣き黒子がある。黒髪ロングで、巨乳。おまけにモデル体型で、高身長美女。


 大丈夫、私まだ六歳。お母様の容姿で確信している、ちゃんとした未来が用意されている。だから、泣くな、アリサ......


 師匠との出会いは、偶然だった。

 一年前、森で鍛錬している時に、川に沈んでいた師匠を発見した。

 考え事して、そのまま川に飛び込んでしまったという顛末だ。


 見た目からも分かる魔女だった。しかもかなりの高位な魔法使いだと理解した。

 ちょうど、魔法の鍛錬も向上しようと考えていた時に出会ったんだ。

 神様からの恵みだと。


 屋敷に来る魔法の先生も教えるのは上手だった。だが、アリサが目指すのは最強の魔法少女だ。もっと実践的でかつ、応用が効く魔法が欲しい。あと、魔力量を倍増する修行も。


 運命の出会いを大切にアリサは何度も、師匠に頼み込んだ。

 なんでも、森の奥へ行き、手土産を持参して。嵐の中でも、大雨の中でも、師匠の家に行き、頼み込んだ。


 流石に折れたのか。家に入れて貰えるようになった。

 そこから、徐々に仲が深まり、弟子にしてもらった。



「なんか、いい話のように語っているけど、無理矢理弟子になったよね、アリサ」


 人聞きの悪い師匠様ですね。私はただ、頑固な人には強行手段だ!!!

 と、扉を壊して入室しただけなのに。しくしく......ッ!


「師匠、過去は美談にした方がいいですよ。あ、工具箱どこですか?」


 師匠は指を指す。


「あっち。毎度、私の家を破壊するからね、君は。すぐに修理できるように設置してある」


 工具箱だけ見やすい場所に置かれていた。いつもの定位置。


「ありがとうございます。にしても、ひどいですね。扉が脆んです。私は悪くないです」


 酷い、責任転嫁。言葉を発せない無機物に対して、有機物のアリサは罪をなすりつけている。


「硬化魔法を付与してある強固な扉なんだけど......。本当に手際良いわ。今の貴族令嬢様は多芸なのね。妙な弟子を取ってしまったわね」


 魔法なんて、物理の前では無力ですよ。


「ま、諦めてください。良し、修理完了! これでいつでも、壊せます」


「壊さないでくれない。で、今日は......?」


 怪訝な顔をし始める師匠。


「どうしました?」


「無粋な奴らがいるわね」


 気配察知魔法かな。私も早く習得したい。

 てんでだめだからな、気配系の魔法は。回復魔法はいい線行っているけど。


「師匠、数は」


「十人ね。めどいわ......」


 そう言って、師匠は立ち上がり、立て掛けている杖を持つ。


「私が行っていいですか!」


 キラキラした瞳に負け、ため息を吐くセシリア。


「はぁ〜 行きなさい! 危なくなったら、助けるから」


「ありがとうございます!」


 足で扉を蹴破り、走り出した。



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