ある山頂

あらいぐまさん

第1話 ある山頂

 善行は、金欠になって、毎日の生活が単調になっていき、これではいけないと思っている矢先に、ケンから連絡があった。

 「ヨッチャン、皆で、ある山に登ろうよ……」と言ってきた。

 ……山か……

 善行は、好んで山に登るタイプではないが、ケンに誘われると、……彼が言うなら行ってみよう、嫌だったら、次から行かないことにすればいい……

 そう考えてOKを出した。


 善行は、旅行の当日、列車に乗って、集合場所の中央駅に着いた。約束の一時間前だった。

 ……ちょっと、早かったかな……

 善行は、改札を抜け、駅周辺をウロウロした。


 ケンの話だと、ウッちゃんの他に、知的の子が2名、加わる事になっている。

 第一関門は、集合して、ある行きの列車に乗る事だった。


 やがて、時間が押してきて、善行は、改札を抜けて駅舎に入り、そこで皆を待つ事にした。

 すると、ケンが仲間を連れて、手を振りながらやってきた。

 「ウッちゃんが、おしっこしたいっていうから、あっちの方まで行ってきたんですよ」

 ケンは照れながら、善行に言った。


 目指すは4番線

 笑顔いっぱいで、彼らは4番線に向かっていった。

 4番線に移動しながら、知的の子の2人を紹介する話を始めた。

 談笑の中で、知的障害のシンボの紹介があった。知的とは思えない、利発な感じのする人だった。

 もう一人は、少し具合の悪そうなアキラと言う人だった。

 談笑しながら、4番線のホームに行くと、行き先の違う列車が止まっていたが、皆は列車が違う事を知っていて、発車した後から来た、本命の列車に混乱もなく乗車した。


 彼らは列車に乗り込み、ある駅を目指して出発した。

 車内では、ケンが、今日の行動予定を発表した。

 「ある駅に行って、周辺の紅葉を見ます、次に、ある神社を参拝して、ゴンドラに  乗って、山頂に行き、更にその先の廟まで行って、二拍一礼すると終わります」

 皆は、何が起こるのかと、予定を聞いてワクワクしていた。


 その後、ケンが皆を楽しませるために、プラス・ウノを始めた。最初、皆は乗り気ではない雰囲気だったが、ケンの皆を楽しませたいと言う気持ちが、皆に伝わり、楽しくゲームをしていた。

 1ゲームが終わると、巻駅を過ぎ車内放送が流れた。

 残すは、あと二駅……。


 善行は、自分がしているブログの話を始めた。

 ケンは、検索の方法がわからずに、四苦八苦していた。

 溜まらず、善行は、「こうするんだよ」と教えた。


 列車は、ある駅にとまった。

 皆で駅を出ると、ケンの計画通り、駅前の紅葉を見に行った。紅葉は見ごろで、色鮮やかな景色がそこにあった。

 シンボが、言った。

 「足湯があるから、入ってみたい」

 「そうね」

 皆は、足湯に浸かった。

 「あれ、一人足りない」

 すると、シンボが、「さっき、アキラがごみを捨てに行くって言ってたよ……」

 アキラは、中々帰ってこなかった。

 トラブル発生。

 すると、シンボは、アキラに電話をかけた。

 しかし、つながらない……。

 どうしたのか? 一行は不安に思いながら、かえって来るのを待った。

 「ごめんなさい」

 そういいながら、アキラは皆の所に戻ってきた。

 その後、アキラは、シンボにこってりとしぼられた。


 皆が揃うと、一行はある神社を目指した。

 「ここって、アマテラス大御神の系図の神社なんだってねぇ」

 「そうそう」

 ケンは、善行の話を受けて饒舌になる。

 「系図だと、祭られている人は、アマテラス大御神のひ孫か、やしゃ孫になるんだ」

 ケンの話を聞いた4人は、「へぇー」と、大きな口を開けた。

 神社の入り口の鳥居の門は大きく、奥にある本殿も大きかった。

 皆が、本殿の前で、一列に並んで深々と拝んだ。

後は、ゴンドラに乗って、皆で、山頂に向かい、その先の廟を目指し、そこで、二拍一礼すれば、今日の目標は達成できる。


 ところが、道に迷ってしまい、山頂に登るゴンドラの場所が分からない……。境内のふちをグルグル回りながら、やっと、無料でゴンドラ発着所に行けるバス停を、見つけた。皆は、必死の思いでバスに乗り込みゴンドラの発着所に向かった。


 ゴンドラの発着所に着くと、大勢の人が並んでいて、45分も待っていなくては成らず、落胆した。その内に、天候も悪くなっていった。

 彼らは、ゴンドラの発着所で、風雨にさらされながら、一時間待って、山頂行きのゴンドラに乗った。ゴンドラは、動き出し、山頂の発着所に着くまでの間、彼らは、山麓の景色を眺めていた。そこは、急斜面で、まるで緑の高層ビルのエレベーターに乗っているかのようだった。


 やがて、山頂の発着所に着くと、皆ぐったりとしていた。

 今まで、歩き続けて、余り休憩を取らなかったからかもしれない……。

 でも、ケンは皆と違って、そのまま山頂に行く気満々だった。

 そんなケンの様子に、シンボは、違和感があった。

 シンボは思った。

 ……みんな疲れている……

 そこで、シンボは、皆の先頭に立って、皆を連れて、展望台の2階にあるレストランに入った。ケンは、シンボが、予定と違う行動をする事に腹を立てていた。


 来てしまったからしょうがない、皆は、注文したものを食して、その後、体を休める事になった。やがて、十分に休息すると、何時も大人しい、ケンが、シンボに文句を言った。

 「なんで、レストランに入ったんですか? 予定があるんだから」

 すると、シンボが応酬する。

 「そうは言うけど、みんな疲れているんじゃないか、だからみんなついてきた」

 善行は思った。

 ……確かに、私も疲れていた……


 善行は、二人の間に入って仲裁した。

 「シンボさんが、一言「みんな疲れているから、レストランで休まない?」って、ケンも含めた4人に聞けばよかった……今となっては、どうしよもない……」

 善行の仲裁はうまくいかず、ケンとシンボの対立は激しくなった。

 シンボは、皆に訴えた。

 「ケンの考えだけで、進めないでほしい、ウッちゃんやアキラだって、一票だ」

 「……」

 善行は、この場では、そういう言い方はふさわしくないと思った。

 善行は、シンボに言った。

 「この小旅行をしようと、皆に声をかけ、観光プラまで立てたケンと、参加しているだけのウッちゃんやアキラを、同じ一票に出来ない、そうするとケンが可哀そうだ……」

 ウッちゃんとアキラは、事の推移を見守っていた。


 すると、シンボは腹を立て「この天候だから、ここまで来たことを良として、ゴンドラに乗って下山しよう、そして、楽しく温泉に入ろう!」と言った。

 彼らは黙り込んだ。

 ……確かに、それは、現実的な選択だ、だが、だが、ココまで来て、今までの人生の様に、困難が訪れたからと言って、目標を捨てて、安全な道を選ぼうというのか? ……

 ……私は嫌だ……

 そこで、善行は、皆に訴えた。

 「ここまで来たから、天候があれているから、だからこそ、山頂にあると言う廟に行こう、そこで、2拍一礼しようじゃないか! きっとそこに、価値がある……」


 何時も大人しい、ウッちゃんとアキラは、風雨で荒れている窓の外を見ながら考えていた。

 やがて、二人は、ケンの為ならば、と腹を決めると、コクリと頷いた。

 それを見届けた、善行は、2人の意志に驚きながら、少し、ニッコリしてコクリと頷いた。

 「皆がいくなら」

 シンボも、渋々、頷いた。

 「それじゃあ、行きましょう……」

 ケンはこの話を締めた。


 程なく、山頂を目指した彼らだが、その道のりは、彼らが思っている以上に困難だった。

 急な角度の坂は、切り立った断崖を登るようである。雨でぬれた足場は悪く、注意していないと、今にも滑りそうである。この道を進むのに、少しでも楽をしようなどと思ったら、その場に、座り込んで、動けなくなってしまいそうである。


 皆は、「あと少し」とか「頑張れ」と、声を掛け合いながら登っていった。すると、急に雲が切れて、光が差してきた。

 そこには、光に照らされた、廟があった。

 

息を整え、一人ひとり、2拍一礼して記念に廟の写真を撮った。

 シンボは、何やかんやと言っても、山頂の廟に来れた事が嬉しそうであった。

 ウッちゃんとアキラは、廟の周りを興味深く覗っていた。

 善行は、ケンに言った。

 「ついたね」

 「ああ」

 彼らの顔には、厳しかった道のりを克服した達成感で、至福の表情をうかべている。

 彼らは、目標を達成した。


 その後、彼らは、それぞれの想いを胸に下山した。皆は、帰りの列車に乗ると家路を急いだ。彼らの表情には安堵の様子が見て取れる。

 ……楽しかったなぁ……

明日から、何時もの日常が始まる。

でも、いつもより、ちょっぴり、元気になれたきがしている。

それは、善行だけだろうか……。



                      2020.10.9

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