第九話

 黒ずくめの女を見送ったマギー・メイが部屋に戻ると、ソフィはまだ椅子の上でぐったりとお腹をさすっていた。マギー・メイが呆れ顔で「無理をせずに横になれと言ったろう」と笑うと、ソフィは不満げに眉を顰めた。

「笑わないで。本当に苦しいのよ」

「安心しろ。食う物がなくて死んだ奴は何人か見たが、食べ過ぎで死んだ奴は見た事がない」

 マギー・メイはソフィの手を取って立たせると、文句を言う間も与えずに抱き上げる。わざとらしくよろけてみせると「これはちょっと重いな……」と呟いた。

「嘘よ。お食事の分だけよ。そんなに重いはずがないじゃない」

 頬を赤く染めたソフィが抱きかかえられたまま、マギー・メイの胸を軽く叩いて抗議する。楽しそうに、冗談だ、と笑うとソフィをベッドの上に横たえてやった。

「……食べてすぐに横になるなんて」

「無理をするな。本当に苦しそうだ」

 諦めたように目を瞑って深く呼吸をしたソフィのお腹を触ると、細い体にお腹だけがぽっこりと膨らんでいて、今度は本当に、おっと、と驚いた声をあげてしまった。

「触らないで。恥ずかしい」

「さすっていたら少しはましになるんだろう」

 恥ずかしさに顔を手で覆い隠してしまったソフィのお腹を優しく撫でてやる。ソフィは観念して撫でられるままに身を預け、気持ちよさそうに息を漏らした。

「少し楽になってきたかも」

「よかった。しばらくそうしていろ」

 ん、と小さく声を出して肯定の意志を示すと、顔を覆っていた手を外して、大きく息を吐いた。マギー・メイは瞼を閉じたままのソフィの顔を覗き込むと、額にそっと手を当てた。形のいい眉を毛流れに沿って、親指で柔らかく撫でながら「気付いているか?」と尋ねた。

「ずいぶんと声が綺麗になった」

「……声?」

 ソフィは瞼を開いて怪訝な目をマギー・メイに向ける。

 マギー・メイはもう一度、声だ、と言うとソフィの喉元に指先で触れた。

「会ってからしばらくは酷いしゃがれ声だった」

 そうかしら、と喉元を触ったソフィは、あー、と声を響かせてみせた。

 出会ったばかりの頃、愛らしい見た目にはあまりにも不釣り合いなしゃがれ声を、咳払い混じりに絞り出していた、あの姿からは想像も出来ないほど確かにその声は透き通っていた。

「言われてみれば、声が出やすくなったような気がするわ」

 当の本人は無自覚なようで、さして気にも留めていなかったが、まるで薄玻璃のグラスを響かせたように耳触りのいい声だった。

 マギー・メイは頬を綻ばせ、思わず彼女の頭を撫でてやった。

「喉がほぐれたんだろう。ずいぶん喋ったから」

「そうだとしたら貴女のおかげね」

 ソフィは仰向けになっていた体を横倒しにしてマギー・メイに向き直ると、ねえ、と呟く。

「……私の声は好き?」

 マギー・メイが優しく微笑んで、もちろんだ、と答えてやるとソフィも満足そうに、よかった、と笑みを浮かべた。

「なら、貴女がお店を開いたら私が売り子をしてあげる」

「お前が酒場の女給をやるって?」

 マギー・メイは、想像がつかない、と笑ったが、ソフィは至って真面目に「ええ、そうよ」と答えた。


 お仕事の前には、ボス、今日も頑張りましょうね。

 お仕事が終われば、ボス、今日もお疲れ様。


「毎日、私の声を聞かせてあげられるわ」

 素敵でしょう、と微笑んだソフィに頷いて答えてやったマギー・メイは「ひとつだけ問題があるぞ」と言って指を一本立ててみせた。

「ボスなんて呼び方はやめてくれ」

 マギー・メイが「まるでマフィアかギャングみたいだ」と苦笑を浮かべながら抗議すると、ソフィはくすくすと笑みをこぼした。

「細かい事は気にしないで。貴女の大好きな私の声が聞けるのだから」

 そう言って、真剣な眼差しでマギー・メイの瞳を覗き込む。見つめ返すと、吸い込まれてしまいそうなほどに大きな瞳が、胸元に飾ってやった宝石と同じ金緑色に輝いていた。

 マギー・メイは戦火に巻き込まれた幼い頃から常々感じていた。

 金緑色は魔性の色だ、と。

 マギー・メイの故郷の人々が宝石の美しさに囚われたように、彼女もまた金緑色の魔性に魅入られる思いがした。

 自分の瞳に秘められた魔性など預かり知らぬ純粋な少女は、目を細めて微笑み、小さく口を開いた。

「……ずっと聞かせてあげる」

 また、ずっと、か。

 内心でそう思ったマギー・メイがほんの少し表情を曇らせたが、それにソフィが気付く事はなかった。

 マギー・メイが表情を変えた、その瞬間に、部屋の外で大きな音が響き、二人が同時に音の鳴った方へ目を向けたからだ。

 がしゃん、と何かそれなりの重量を持った金属が石畳の上に落ちたような音だった。続いて、鉄を擦り合わせたような重苦しい、軋むような金属音が不気味に響いた。

 マギー・メイは咄嗟に立ち上がり、警戒するように出入口のドアを睨みつけた。ソフィもドアに視線を向けた後で、不安に染められた表情でマギー・メイを見上げた。

「……何かしら。今の音?」

 マギー・メイは、さあな、と短く答えると「聞き慣れない音か?」と尋ねた。

「あんな音、初めて聞いたわ」

 不安そうな表情を浮かべるソフィを余所に、考え込むように口元に手を当てる。何者も部屋に入ってくる気配のない事を確認すると、ソフィの傍にしゃがみ込み、耳元で囁いた。

「おばけじゃないか?」

「……おばけなんかいないわ」

 そう言いながらも、ソフィは表情に浮かぶ不安の色を少し強めた。

 マギー・メイはそんなソフィの手を取って「なら、見てきてくれ」と言った。

「どうして私が?」

 しかめっ面で、冗談を言わないで、と言うソフィに、事もなげに「私はおばけが怖いと言ったろう」と答えた。

「……嫌よ」

 申し出を即座に拒否されたマギー・メイは、そうだろうな、と笑うと、安心させてやるようにソフィの頭をそっと撫でてから立ち上がる。椅子の背に掛けておいたコートを羽織ると、出入口へ向かって歩を進める。

 ドアの前で立ち止まり、右手をドアノブに掛けると、左手をコートの内ポケットに突っ込んだ。ドアをゆっくりと開け、警戒しながら部屋の外を窺う。外側からしっかりと施錠されていたはずの、階段へと続く金属製の扉が開いていて、重たい南京錠が石畳の上に落ちているのが見えた。

 今はここにいない何者かが訪れていた事は明白だった。

「……様子を見てくる。部屋にいろ」

 マギー・メイが振り向いてそう言うと、一層心細そうな表情を浮かべたソフィが「何があったの?」と尋ねた。

「わからんから見てくるんだ。待っているのは不安だろうが、必ず部屋にいろ」

 ドアを閉める前に、すぐ戻る、とだけ言い残したマギー・メイは、遥か下へと続く長い階段を降り始めた。

 長い階段は、燭台の灯りしかないソフィの部屋とは違い、等間隔に電灯で照らされていたため、幸いにも見通しに困る事はなかった。

 それでも、景色の変わらない螺旋階段を降っていると、それが永遠に続いているようにさえ思え、杖を置いてきた事を後悔した。平地を歩く程度ならば杖を突かずともさして支障は無かったが、ここまで長い階段になると流石に傷めた足には負担が大きく、なかなか難儀な事だった。

 まさかこのまま地上まで降る事にはならんだろうな、と何処で引き返すかを考え始めた頃、少し先に一際明るく光が漏れているのが見えた。

 どうやら、何らかの部屋があるに違いない、と当たりを付けたマギー・メイは、とりあえずはその部屋を確認してから引き返す事に決めた。

 ようやくその部屋まで辿り着いたマギー・メイは、少し疲れを覗かせて、大きく息を吐く。傷めた右足を労わってやるように軽く揉んでやった。

 部屋の前には昇降機の操作盤があり、階段を使わずとも、ここまで降りて来られる事がわかった。昇降機が使えさえすれば、こんな苦労をする必要はなかったと思うと、なおさら疲れが増すようで、なるべくその事は考えないようにした。

 中を見渡すと、配電盤が立ち並ぶ他、ボイラーなどの設備が備わっている事から、この部屋でこの塔の電力、火力を管理している事がわかった。

 さして埃を被っている様子もないので、定期的に誰かが点検をしている事は明白だったが、こんな夜更けに点検の者が来るとも、わざわざ塔の最上階まで階段で上がってくるとも思えなかった。

「……誰かいるのはわかっている」

 マギー・メイは人影も見えない部屋に声を響かせた。応えの返ってこない部屋の中を歩いて回る。配電盤の影など、人が隠れる場所はいくらでもあった。誰かがこの場所にいるはずだ、と思った。

 それはただの直感だったが、根拠の無い勘では決してなかった。

 戦場を渡り歩く彼女にとっては、身に覚えのある感覚。

 今、誰かに狙われている、という感覚。

 自分に向けられた敵意を、はっきりと感じていた。

「いつまでも隠れていられると思うなよ」

 マギー・メイは威圧するような声を発しながら、立ち並ぶ配電盤の影を確認するように歩いて回る。いくつめかの物陰を覗き込んだ瞬間、背後に気配を感じた。駆け寄るような足音に、咄嗟に振り返る。

 振り向いた時には既に、あの黒ずくめの女がナイフを突き出して、すぐ目の前に迫っていた。

 マギー・メイは今にも自分を突き刺しそうなナイフに全く慌てる素振りも見せず、寸でのところで女の手首を鷲掴みにすると、そのまま強く捻り上げた。

 苦痛を滲ませた声が漏れ、部屋に響く。マギー・メイは痛みにもがく女の、真っ黒なフェイスベールを引き千切らんばかりの勢いで奪い取る。黒ずくめの衣装の不気味な印象を、まるで相反する美しさに変えてしまうほど、煌びやかに輝く金色の髪と共に、女の素顔が露わになった。

 ずっと感じていた通り、ベールの向こうの女の素顔は怒りに満ち、鋭い眼光で彼女を睨みつけていた。

「……おやおや。おばけにしては美しいな」

 マギー・メイは自分を睨みつける女の射貫くような視線など、全く意に介する素振りも見せず、小馬鹿にするような調子の声を漏らした。

「おばけは怖いが。正体がわかってしまえば、恐れるに足りんな」

 目の前の女にマギー・メイは見覚えがあった。

 この塔におばけが出る、と忠告したソフィの妹を、マギー・メイから遠ざけるように立った女。

 あの悪趣味なほどに煌びやかな城館で、最も着飾っていた女。

「そうだろう。ロンズデール夫人」

 マギー・メイは、そんな事だろうと思っていた、と嘲るように笑う。夫人は捻り上げられた腕の痛みに、確かにソフィの母親である事を窺わせる美しい顔立ちを歪めながら、尚もマギー・メイを睨み続けた。

「離しなさい。貴女のような者が気安く触れていい身ではありません」

 この状況にありながら気丈に、しかし、決して声を荒らげる事なく話す夫人の語り口は確かに身分の高さを感じさせた。

 マギー・メイはそんな彼女の神経をわざと逆撫でするように笑みを零した。

「出来ない相談だ。貴女は私を殺すおつもりでしょう」

 そう言うと夫人が呻き声をあげるのも構わずに、手首を握る手に更に力を込める。夫人が堪らずナイフを取り落とすと、床に落ちたそれをすかさず蹴りつけて遠ざける。コートの内ポケットから掌に収まるほどの小型拳銃を取り出すと、夫人のこめかみに銃口を突きつけた。

「弾は一発しか込められない護身用だが。外さんよ、絶対に」

「私を殺して、家の者が黙っているとでも?」

「その時は丁寧に許しを乞おう」

 こうやってな、と銃口を強く押し当てる。夫人は身の危険に唇を小刻みに震わせながらも睨みを利かせた。マギー・メイはそんな彼女の顔をしげしげと見つめると「美しい顔立ちだ」と呟く。

「実に羨ましい。だが、人を怖がらせるにはこういう顔でないとな」

 銃を持った手で髪をかきあげたマギー・メイが焼け爛れた顔と潰れた左目を夫人の眼前に晒す。息を呑み、思わず目を逸らした夫人は震える唇を小さく開いた。

「……貴女はソフィを殺すように主人に頼まれたのでしょう」

 マギー・メイは仮面を張り付けたような無表情で夫人を見つめる。顔の傷跡は既に長い髪に隠されていて、右半分の整った顔立ちだけが覗いていたが、その表情からは一切の感情が読み取れなかった。いっそ傷痕の残った顔の方が幾分かましに思えるほどに、その表情は不気味だった。

「主人は私を騙すためにソフィの話相手などと嘘を吐いて、貴女をこの塔に招き入れたのでしょう」

 表情を変えないままのマギー・メイに、夫人は質問を重ねた。やがて、マギー・メイが小さく、重い口を開いた。

「仰る通りだ。夫人には秘密裏に事を進めると聞いていたが。不手際だな」

 マギー・メイから言質を引き出した夫人は拘束から逃れようと、必死にもがいた。それでも彼女の細腕には、マギー・メイの手を振りほどくような力などあるはずもない。マギー・メイは夫人の耳元で「悪あがきはやめろ」と囁いた。

「逃げてどうする? 娘の所に行って私の正体を告げるか? どうぞ、やってみるがいい。ずいぶん懐いていた相手に裏切られたと知って、絶望を抱えて死んでいく事になるだけだがね」

 マギー・メイは、好きにしろ、とばかりに夫人を突き放す。バランスを失った夫人が床の上にへたり込む。マギー・メイは自分を憎々しげに見上げる彼女を冷ややかに見下ろした。

「幸せのうちに殺してやろうと言うんだ。有情とは思わないか?」

「思うはずがないでしょう!」

「ならば好きにするといい。誰かが殺す。結果は変わらん。ただ、私が小娘のご機嫌取りに使った時間が無駄になるというだけだ」

 夫人は声を震わせ「ご機嫌取りですって……?」と口の中で小さく呟く。己が娘の不憫を呪い、涙を流した。

「あの子は騙されている事も知らずに、あんなに貴女の事を慕って……」

 マギー・メイを慕った娘の、久方ぶりに浮かべた笑顔が思われて、哀れで仕方が無かった。

 愛らしい笑顔を向けられて、なお娘を殺そうとしている目の前の女が、心底から憎らしかった。夫人には、その行いがもはや理解の出来ないものと思われた。

「……貴女に良心の呵責はないのですか」

 マギー・メイは涙ながらに訴える夫人の前にしゃがみ込み、目線を合わせる。じっと夫人の目を見つめて「その言葉をそのままお返ししよう」と言った。

「自分の子供をこんな場所に監禁している人間が、口にしていい言葉ではない」

 そう言われて夫人は言葉を詰まらせる。マギー・メイは追い討ちをかけるように言葉を続けた。

「あの子がどれほど寂しがっているか、わかっているはずだろう。顔を隠して影から見守る事になんの意味がある」

 唇を噛み締めて押し黙ったままの夫人に、マギー・メイは「くだらない自己満足だ」と吐き捨てた。

「あの子が来るなと言ったから来なくなったというのも眉唾ものだな。大方、ここに入り浸ると主人に咎められるんじゃないか。そんな奴に私の邪魔をして、あの子を救う覚悟があるとは思えない」

 マギー・メイはそこまで言うと、もはや興味を失ったように、ふん、と小さく鼻を鳴らして夫人に背を向けた。

 夫人は立ち去ろうとする彼女のコートを咄嗟に掴むと、縋りついて涙を流した。

「どうか……。どうか、あの子を救ってやって頂きたいのです……」

 涙ながらに懇願する夫人をマギー・メイは何も言わずに見下ろした。呆れたように冷ややかな目線を向ける冷酷な女が、どんなに懇願しようとも考えを変えるとは思えなかったが、それでも夫人は固く掴んだ手を離さなかった。

「身勝手な事はわかっています。ソフィをこんな所に閉じ込めて、このようなお願いをする資格がない事も。ですが、どうか、あの子の命だけは……」

 マギー・メイは大きく溜息を吐くと、コートを引っ張って夫人の手を振りほどいた。

「私がどれだけの報酬を受け取る事になるか、わかっているのか。それをふいにしろと言うのなら、相応の対価を頂かないと話にならない」

「私に出来る事ならどのような事でも……」

 涙ながらに「例え、私の命に換えても……」と口にした夫人。その言葉に嘘は無いのだろうが、マギー・メイはそれを鼻で笑い飛ばす。お前の命になんの価値がある、と言葉を投げつけ、夫人が答えるのも待たずに話を続けた。

「お前の命を奪ったとして、私にはなんの得もない。お前を娼館に売り飛ばしたところで、私が受け取る報酬に比べれば、端金にもなりはしない」

「……お金ならば、必ず用意致します」

 夫人の言葉をマギー・メイは、信用出来ない、と切り捨てた。

「お前が主人よりも金を積めるとは到底思えないな」

 そう言われて言葉を失った彼女の様子を見れば、その言葉が図星を突いた事は明白だった。マギー・メイは夫人の手を引いて無理やりに立ち上がらせると、その顔を覗き込んだ。

「私の受け取る事になる札束が、紙切れに見えるほどの代価を貰わなければ話にならない。もしも、娘の事を命より大事だと思うのなら、命より大切なものを差し出してみせろ」

 二人の間に流れていたしばしの沈黙を破ったのは夫人の方だった。わかりました、と小さく呟いた夫人の目には、もう涙は浮かんでいなかった。

「必ずお渡し致します。私の命より大切なものを」

 マギー・メイは何も答えず、夫人の心を試すように、彼女の目をじっと見つめた。夫人が目を逸らさずに、しっかりとマギー・メイの目を見つめ返すと、やがて静かに口を開いた。

「……いいだろう」

 そう呟いたマギー・メイは夫人に背を向けると、そのままその場を離れようとした。彼女が思いもよらず、あっさりと申し出を受けた事に、一時、呆然としていた夫人は慌てて追いすがった。

「お待ちなさい! 本当に娘の命を奪わないと約束出来るのですか!」

「元々、子供殺しなどしたくはない。あの子にもそれなりに情が湧いたところだ」

 マギー・メイは「それに……」と呟き、夫人の方を振り向いた。

「……あの子と似た顔で泣かれてはな。胸が痛む」

 夫人は、本当なのですね、と念を押してマギー・メイに詰め寄る。

「その場しのぎに、嘘を仰っているのではないのですね?」

「どうだかな。だが、貴女は私を信じるしかないはずだ」

 小さく息を吐いた夫人は、いいでしょう、と呟き、強い視線をマギー・メイに向けた。

「その言葉、誓って違える事はありませんね?」

「何に誓えばよろしいか」

「貴女の主の、その御名に」

「よろしい。我が主に誓おう」

 居住まいを正し、そう言ったマギー・メイに、夫人は頷いてみせる。一歩下がって「娘を頼みます」と言うと、深々と頭を下げた。

「マギー・メイ。貴女を信じます」

 夫人はそう言い残すと、昇降機に乗り込み、階下へと降っていった。

 それを見送ったマギー・メイは大きく息を吐くと、やれやれだな、と髪をかき上げた。

「……神などいるものか」

 吐き捨てるように呟いて、最上階で待つソフィの下へと階段を登り始めた。

 その道すがら、この塔を訪れる少し前の事を思い出していた。

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