第2話 妙な絵
石の床に立って木の重い引き戸を開けると、着物姿の品の良い中年女性が迎えてくれた。「INBOU」の男から事情は聞いているようで、俺が全てを説明しないでも「はいはい」と返事をして、靴を脱がせてエントランスに上げると「こちらです」と廊下を先に立って歩き出した。
床と柱はライトな茶色、右側の壁やら障子は真っ白。左側はガラス張りで、山の深緑を見通せる。従業員の中年女性は、右側の障子の一つの前で立ち止まると、ゆっくり開けてどうぞという。俺がお礼を言ってその部屋に入れると、障子を音も無く閉めてくれた。
緑の畳の部屋で、中心にはテーブルと椅子。厳かな掛け軸以外TVや映像器具が控える程度で、落ち着いた部屋だ。部屋を、障子を通過して入ってくる廊下の日光と薄い黄色の灯りで柔らかに照らしている。テーブル奥の椅子から立ち上がった同い年くらいの男が、「お待ちしておりました。INBOU編集部牧田です」テーブル手前の椅子に俺を促す。
椅子の前に立った俺は、「○○市△△動物病院の獣医師駿河台です、はじめまして」と挨拶して、テーブルに着いた。すると入口の障子が開く音がして、先程の従業員の女性が、緑茶とお菓子をお盆に載せて入って来た。俺と牧田は本題を話さず、従業員の女性にお礼を述べたり会釈した。
従業員の女性が部屋から出ていくと、俺と牧田は、一口ずつお菓子と緑茶を味わって、素人の感想を述べ合った。何となく初対面という壁も取っ払われると、本題に入った。
俺は「田舎町の本屋の万引き事件を調査している出版社が有るなんて、思いも寄りませんでした。俺としては知り合いの本屋が物理学数学、通信工学、言語学の書籍を万引きされたことについて、『学問を志す者が貧乏のあまりにしてしまったことだろうから、いつか財産を築いた時に返してくれればいい』なんて甘いことを言って警察にも被害届を出さないでいることにおせっかいをしているだけなんですけれど。何か出版社の興味を引くことでもありましたか?」と尋ねる。
牧田は「駿河台さんからINBOUサイトにメッセージを頂いた時には、我々としては、獣医師の方と知り合いになれる良い機会だと思いました。それで、本日まずはこちらのイラストをご覧いただきたいんですね。全て、万引き事件よりも前に、私が描いたものです。また、万引き事件の真犯人にも繋がると思います。」そう言った牧田は、自身の椅子の横に置いている鞄を膝に載せて、何枚かの絵を重ねて取り出した。
俺はそれを受け取って、取り敢えず1番上の一枚を眺めた。牧田は「7枚全て太古世界を描いたつもりです」と説明する。万引き犯を探している俺なのに、なぜこのような絵を見なければならないのか想像しつつではあったが、絵を眺めていると、何か興味深いシーンを描いている気もして絵の世界に引き込まれてしまった。
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