第9話

 魔濃症―――

 この国のみにおける特有の症状なのだが、実はこれが地図上における『境界域を越えられるか否か』と関連してくる。


 実は、ザフィーア王国の領土全体は魔力の層のようなものに覆われており、その魔力の層、『魔濃度』はそれぞれの地域によって異なっている。

 そして、魔濃度は人間が適応できるレベルも定められており、それは通称、『魔濃レベル』と呼ばれている。

 外側の領土ほど魔濃度は薄く、内側、つまり王都に近づけば近づくほど魔濃度が濃くなるように層が出来ている。

 この魔濃レベルは、太古の昔からずっと、長年に渡って人々の間に受け継がれてきたと言われている。

 もちろん、人が耐えうる魔濃度の許容範囲は個人差が大きいのだが、一般的には遺伝、つまり血筋によって決まる場合がほとんどとのこと。

 基本的には魔濃レベルは生まれつきのものであり、修行等でそのレベルを上げられるものではない。加齢によってそのレベルが上下することもない。

 魔濃レベルが高い者ほど王都の中心部に住むことができるため、その者たちは必然的に上流階級に属するようになったとされる。

 そして、トップクラスの魔濃レベルを持っているのが『王族』と称される者たちなのである。

 逆に、魔濃レベルが低い者は、自分の適応度以上の魔濃度領域へ侵入することが出来ないため、自分の魔濃レベルに適応した場所でしか生活することができない。

 一般階級の者は、おいそれと王都へ近づくことすら出来ないのだ。


 ただ、それでは王族をはじめとした上流階級に属する者たちの生活が成り立たなくなる。

 そのため、王族や上流階級の人間を相手にする商人や使用人などは、その環境に属することができるよう、専用の道具を使って適応度を上げている。

 それは『魔濃具』と呼ばれ、頭の形に沿って作られるカチューシャ型の髪飾りなのだが、それを着用することで魔濃レベルが低い者でも、自分の適応度以上の場所で過ごすことが可能になる。

 超えられる『境界域』ごとに、その魔濃具の色も決められ、魔濃度が低い順に、青→黄色→紫→黒となっている。つまり、王都で働くためには、黒色の物を着用する必要がある。

 ちなみに、この場所はザフィーア王国の辺境にあるため、魔濃度が最も低いところに位置している。そのため、ここにいる人々は特に魔濃具を身につける必要はない。

 そしてその魔濃具は、市販で買えるものではなく、厳重な審査を受けなければ使用許可は与えられないものとなっている。

 その管理を一手に引き受けているのが、王国騎士団の『境界域警備管理部』。

 誤って自分の適応度以上のエリアに入らないよう、それぞれの『境界域』で監視を行ったり、魔濃具を悪用されないよう徹底管理・運営を行っているとの話だ。


 ちなみに、魔濃レベルが低い者が自分の適応度以上のエリアへ足を踏み込むとどうなるか。

 前期症状では息苦しさや頭痛が起こり、中期症状になると低緊張症状が出てくるとされる。そして、末期症状、つまり、重症化すると幻覚などの意識症状や昏睡状態に陥り、最悪の場合は心停止となってしまう。

 それを防ぐために、国全体に王国騎士団が配備されているのだ。


 そして、先程トーコの元へ駆け込んできたあの老客。

 天幕テントの外へ出てみると、雨の中、屈強な別の男性に肩を担がれながら、青白い顔で身体を震わせている青年がいた。

 この症状、間違いない。魔濃症だ。


「……レベルにあった魔濃具は、付けていらっしゃったのですよね? 」

「あ、ああ。コイツも俺も、出身はこの地域なんだが、普段は王都近くの町にある防具専門のメンテナンス屋で働いていてるんだ。だから、そこでは常時付けてるよ」

「実は、“まがい物”だったということは?」

「ありえねぇ。俺たちが働いている店は、『王国騎士団御用達』なんだ。だから、魔濃具だって正規版の物さ。それに、今までは何ともなかったんだぜ? なのに、久しぶりの休暇でこっちに帰ってきたら、急にコイツの症状がおかしくなって……何なんだよ。これ……」

「嗚呼、何ということじゃ……。久しぶりに帰ってきてくれた息子が、こんな状態になっておるとは……」


 本当に、突然のことだったのだろう。

 二人の来訪者は、トーコの問いかけに対して動揺の色が見て取れた。


「頼む……癒し屋。わしの大事な一人息子なんじゃ……。このままでは……」

「しかし、私は一介の商人です。治癒術に長けているわけではありません。これは、治癒専門の術師ヒーラーに診てもらうべきでは」

「こんな片田舎で、そんな者などおるわけがないだろう! 今依頼をかけたとて、どんなに早くても丸二日はかかってしまう。頼む、癒し屋! 術師ヒーラーが到着するまで、何とか容態を保てるようにしてくれぬか! 頼む! 頼む…………」

「…………わかりました。気休め程度にしかならないとは思いますが、やれることはやってみます」


 トーコはそう言うと、症状が悪化し始めている青年を馬車内へ運ぶよう依頼した。

 

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