第5話

「…………ふぅ」


 あれから、十五分後。

 誰にも聞こえないような小さな声で心の息を吐きながら、晴れやかな表情で馬車を降りてきたユーヴェリウス。

 その様子を見ながら、トーコはうげっとした顔になりながらも、商売人らしくペコリと頭を下げた。


「ご利用ありがとうございました。も・う・来・な・い・で・く・だ・さ・い・ね!」

「おい。客に対して、その態度はどうなんだ? まったく。それより、今日はいつもの商品は売ってないのか?」

「最初のお客様が全て購入していかれましたので、貴方様へお売りする物は何一つ残っておりませんよ」

「……ちっ」

「第五王弟殿下ともあろうお方が、舌打ちされるのはいかがなものかと」

「うるさい。で、他の客からの“収穫“は?」

「特に、これといったモノはございませんでした」

「そうか。まあ良い。それより、『俺のモノ』はすぐに受け取れよ」

「〜〜〜〜! それは、店主の勝手ですっ! 貴方様に指図される覚えは、あ・り・ま・せ・ん!」

「ふっ。また来る」


 そう言うと、ユーヴェリウスは乗ってきた白馬と共に、颯爽と走り去って行ってしまった。

 毎週毎週、トーコが国中のどこを移動しても必ず見つけ出して現れるこの第五王弟殿下。

 この広大なザフィーア王国中を駆け巡るというのに、お供の家来も付けず、たった一人で。


「まったく……。あの方は毎回毎回。出禁だって言ってるのに」


 あっという間に去って行った彼の方角を見ながら、トーコは大きなため息をついた。

 別に、彼が横柄な態度を取るから出禁にしているとか、しつこく『王族専用の癒し屋になれ』と勧誘してくるとか、そういうことが問題なのではない。

 使に、大きな問題があるのだ。


 癒やし効果を゙最大限に発動できるよう特殊な魔法陣を組み込んでいる馬車の中では、利用の方法は全て客の裁量に任せている。

 リクライニングチェアに座りながらじっと瞑想をする者もいれば、十五分というわずかな時間でも深い眠りにつく者もいる。

 その一方で、眠りにはつかず、頭の中でいろいろな考えを巡らせる者もいるし、ブツブツと他者には聞かれたくない内容を口に出して吐き出す者もいる。

 そして、トーコの店を訪れる客の中で、特に上流階級に属する者がこういった使い方をすることが多い気がする。


 誰にも聞かれないところで、張り巡らされた心の枷を整理していくため。

 心に溜まった鬱憤を声に出し、苛立つ気持ちを軽くするため。

 日々の軋轢によって積み重なった陰鬱な想いを、振り払うため。


 頭を占める想いを誰にも聞かれないところで吐き出し、抱えているストレスを発散させる。

 教会の『告解部屋』に似ているところあるが、大きな違いはその告白を聞く者がいないこと。

 馬車の中は完全防音対策も施しているため、外部から完全に遮断されている。そのため、誰にも聞かれたくないないことを、あの馬車の空間で思いっきり吐き出し、ストレスを緩和させることができるのだ。

 おそらく、立場が上の者ほど相手側に弱点を晒さないために鉄壁の仮面を何重にも被り、外へ出さないようにしているのだろう。

 だからこそ、その心の奥底にある鬱々とした思いを存分に出せる『癒し屋』が求められているのだと思われる。


 ユーヴェリウスも、最初はそのようにトーコの店を使っていた。

 だが、ある時を境に、その使い方が大きく変化してしまったのだ。

 それは、トーコの『隠された力』を知ってしまったから。


「嗚呼……。今回の『例のモノ』は、どれくらいなんだろう。もう、流石に勘弁してほしいんだけどぉ……」


 大きなため息をつきながら馬車の真下へ体を潜らせるトーコ。設置した木製の大きな桶には、溢れるほどの採取物が入っていた。

 毎週のようにトーコの店を利用するユーヴェリウスは、他の客と比較しても半端ない量の粒子状の物を出す。

 だがそれは、別にユーヴェリウスが王族だからというわけではない。

 他の王族も実はお忍びでトーコの店を利用したことがあるのだが、ユーヴェリウスほどの量が採れたことは一度もなかった。

 だから、本来であれば、ユーヴェリウスは当店一番の太客。売上を考えれば、一番大事にしたい常連様なのだ。

 なのだが――――――


「うう〜〜。何とか『例のモノ』に触らずにすむ方法はないのかなぁ……」


 目の前にある採取物を眺めながら、頭を抱えるトーコ。

 客が帰った後は、採取した粒子をすぐに商品に加工する作業に入るのだが、最初に行わなければいけない工程が、『トーコが素手で採取物に触れること』なのだ。

 トーコが素手で採取物に触らないと、加工するための強度調整や採取された粒子の『色分け』が出来ないからだ。

 実は、採取された粒子にも種類があり、その分類によって作られる商品が決められていくのだが、それらは全て粒子の色で分けられることになる。

 採取された粒子は、最初は全てクリーム色をしているのだが、トーコが素手でそれをすくうことによって、それぞれの色が現れる仕組みとなっている。

 枕には青や緑、紫といった主に寒色系を、砂時計には赤やオレンジ、黄色といった主に暖色系の粒子が使われる。

 それ以外の色、白や黒、様々な色が混ざり合った粒子は主に石鹸の材料となっていた。

 今日最初に来た客の粒子はほとんどが青色だったため、後で枕用の材質に加工する予定だ。

 だが、ユーヴェリウスから採れた粒子を扱う作業が、実に『やっかい』なのだ。

 

「今日はどうか、比較的“マシ”でありますよ〜に」


 祈るように、ゆっくりとユーヴェリウスから採取された粒子に触れるトーコ。

 その瞬間――――


(トーコ。お前だけだ。愛してる。早く、俺専属の癒し役になれ)


「〜〜〜〜〜〜!?」


 

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