第6話

 ユーヴェリウスから採れた粒子に触れた瞬間、あの低く、深い音色が脳内いっぱいに奏でられる。

 それはまるで、ユーヴェリウスに真後ろから抱きしめられたまま、何度も甘い酔いに誘われているような感覚だった。


(今日も、お前のその笑顔と優しげな声に癒された)

(お前と会える時が、俺の唯一の癒しだ。正直、一週に一度しか会えないのはかなりキツい)

(おい、聞こえているんだろう? そろそろ俺と過ごす時間を作ってほしいんだが)


「もぉ〜〜〜〜! あのムッツリ殿下っ! いい加減にしてほしいんだけど!」


 両手ですくっていた粒子を振り落とし、顔を真っ赤にしながら叫び声を上げるトーコ。

 その様子を見て、相棒のゼルが『またか……』というようにブルルッと低く小さな鳴き声を上げた。

 この国では、ユーヴェリウスにしか知られていないトーコの『隠された力』。

 それは、『客から出された想いを読み取ることができる力』だった。

 

 馬車の中で瞑想をしたり、深い眠りについたりする者から出される粒子には特に記録されているものはないのだが、頭の中でいろいろな想いを巡らせる者や他者には聞かれたくないことを吐き出している者の“声”は、実はあの粒子の中に投影されている。

 馬車の中は完全防音されているのだが、トーコが客から採取されたその物に触れてしまうと、それが“声”となり、吐き出された想いを読み込んでしまうのだ。

 しかし、自分の吐き出された想いが店主に筒抜けになっていることが知られてしまうと、信頼関係が崩れ、誰もこの店を利用したがらなくなるだろうし、もしかすると、そのトーコの力を悪用したり、逆に使わせないように命を絶たせようと考えたりする者もいるかもしれない。

 そんな最悪な未来しか見えないため、トーコはその力を誰にも知られないようにひた隠しにしていた。

 ユーヴェリウスが『トーコへの深い愛情』を心に秘めていることを知るまでは。


 約二年前から足繁く通うようになったユーヴェリウスは、最初は疲れ切った心身を休めるために深い眠りについたり、心に抱えた誰にも言えない想いを呟いたりしていた。

 しかし、ある時。

 何故か、トーコに対する感謝と尊敬の念、そしていつもの様子からは考えもつかない、深い愛情を抱いている“声”を聞いてしまったのだ。

 普段の素っ気ない態度と会話を見せるあのユーヴェリウスからは想像もできないくらいの“甘い声”を聞いた瞬間、トーコは腰砕けになり立てなくなってしまった。

 そして、たまたま馬車内に置いてきた忘れ物を取りに来ようと戻ってきたユーヴェリウスにその状態を゙見られてしまい、『隠された力』がバレてしまったというわけだ。


 ――ほう……? 『俺の想い』を盗み見ることができるのか。他者の持っている個人情報、特に王族の機密情報漏洩となると、最悪、国家反逆罪に問われることにもなるが。


 ――い、いえっ! 私にそんな考えは毛頭ございません。この力は、自分の意思で抑えることができないのです。これまでも、お客様が出されたものを読み取っても、それを横流ししたことなどございません。ど、どうかお許しを。


 ――まあ良い。今回のことは特別に不問としてやろう。ただし、これから俺が言うことを守ることが絶対条件だがな。


 ユーヴェリウスから出された条件。それは、以下のようなものだった。


 一つ、

 ユーヴェリウス以外に、『他者が出した想いを読み取る力』を持っていることを他人に知られてはならない。


 一つ、

 読み取った情報の中で国家の危機に関連することが含まれていた場合、即座にユーヴェリウスに報告しなければならない。


 一つ、

 ユーヴェリウスが出した想いは、商品の材料にしたり、売ったりしてはならない。


 一つ、

 ユーヴェリウスが出した想いは廃棄することなく、半永久的に保存しておかなければならない。


 あれだけ大量に採れるユーヴェリウスの粒子を、商品として使えないのはかなりの痛手。

 しかし、この国で商売を続けるためには飲まざるを得ない条件だった。というか、そもそも王族であるユーヴェリウスに逆らうことなどできようか。

 しかも、トーコの『隠された力』を知ってしまったユーヴェリウスは、あの日以来、トーコの店に来る目的が『癒し』ではなく、『トーコへの愛を伝える』ことへと完全に変わってしまったのだった。

 今では、トーコに対して完全に開き直ったような態度を見せるようになったユーヴェリウス。

 面と向かっては横柄でぶっきらぼうな、素っ気ない態度しか見せないくせに、心の中に抱えている想いはトンデモナイ熱量を持っており、さらにそれを『半永久的に保存しておけ』と言うのだ。

 あの英雄とも称される第五王弟殿下がこんなに『ムッツリ』だったとは。誰が、想像できようか。

 というか、何故こんなにもあの方に気に入られているのか、トーコには理解できなかった。

 トーコに対する感謝と尊敬の念については、百歩譲って、この移動癒し屋を利用することで少しでもストレス軽減につながったことへの気持ちだったのかもしれないが、『深い愛情』については見当もつかない。

 何故なら、最初に王都で初めて出会った時の第一印象は最悪だったし、なんならユーヴェリウスと直接会話をしたことなど、ほんのわずかでしかなかったはずだ。


「…………なのに、何で、何で? 何でこんなことになってるのよぉーーーー!?」


 当店一番の太客であるはずのザフィーア王国第五王弟殿下、ユーヴェリウス・エルデンシュタイン・ザフィーア。

 トーコにとっては“出禁”をくだすほどの、最大の悩みの種となっているのだった。


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